1955年9月に録音された音楽

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1955年9月に録音された音楽

1955年9月は、冷戦下の外交、植民地問題、軍事技術、災害、人権問題、映画文化が同時に動いた月です。ロンドン三者会議(Tripartite London Conference)を背景に、9月6日–7日にはイスタンブール・ポグロム(Istanbul Pogrom)が起き、ギリシャ系住民などが被害を受けました。9月8日–14日にはコンラート・アデナウアー(Konrad Adenauer, 1876–1967)がモスクワを訪問し、ドイツ連邦共和国(Federal Republic of Germany)とソビエト社会主義共和国連邦(Union of Soviet Socialist Republics)の外交関係樹立とドイツ人捕虜帰還が焦点となりました。アルゼンチンでは9月16日からの解放革命(Revolución Libertadora)により、フアン・ドミンゴ・ペロン(Juan Domingo Perón, 1895–1974)の政権が崩壊しました。アメリカ合衆国では、エメット・ティル(Emmett Till, 1941–1955)殺害事件の裁判が9月に行われ、9月23日に白人被告2人が無罪評決を受けました。軍事技術では9月16日、ソビエト海軍(Soviet Navy)の潜水艦B-67からR-11FM(R-11FM)弾道ミサイルが発射されました。大西洋ではハリケーン・ジャネット(Hurricane Janet)がカリブ海からユカタン半島方面へ進み、9月26日に偵察機喪失を含む大きな被害を残しました。9月30日にはジェームズ・ディーン(James Dean, 1931–1955)がカリフォルニア州で死去し、1950年代アメリカ合衆国映画文化を象徴する存在となりました。

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1955年9月の録音に関する情報のまとめ

1955年9月の録音産業では、ロックンロール、リズム・アンド・ブルース、映画・テレビ連動の長時間盤、メールオーダー販売、ダンス・バンド商品の再訴求が並行して進みました。スペシャルティ・レコード(Specialty Records)ではリトル・リチャード(Little Richard, 1932–2020)の重要録音が行われ、アトランティック・レコード(Atlantic Records)ではルース・ブラウン(Ruth Brown, 1928–2006)とクライド・マクファター(Clyde McPhatter, 1932–1972)の録音活動が業界誌に掲載されました。長時間盤市場では、コロムビア・レコード(Columbia Records)、アールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)、キャピトル・レコード(Capitol Records)、マーキュリー・レコード(Mercury Records)、ウェストミンスター・レコード(Westminster Records)、ヴォックス・レコード(Vox Records)などが、販売経路、クラブ制度、映画・テレビ連動商品をめぐって活動を広げました。

スペシャルティ・レコード

スペシャルティ・レコード(Specialty Records)は、1955年9月14日にニューオーリンズのジェイ・アンド・エム・スタジオ(J&M Studio)で、リトル・リチャード(Little Richard, 1932–2020)の「トゥッティ・フルッティ」(Tutti Frutti)を録音しました。同曲は、リズム・アンド・ブルース、ブギウギ、ゴスペルの要素を強い発声と推進力のある演奏で結びつけ、1950年代ロックンロールの録音史上重要な位置を占める作品となりました。

アトランティック・レコード

アトランティック・レコード(Atlantic Records)は、1955年9月時点の業界誌で、ルース・ブラウン(Ruth Brown, 1928–2006)とクライド・マクファター(Clyde McPhatter, 1932–1972)の合同録音に関連するスタジオ活動を紹介されました。1955年9月24日号のザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)は、アトランティック・レコード(Atlantic Records)のスタジオで両者が録音セッションの休憩中に、ジェリー・ウェクスラー(Jerry Wexler, 1917–2008)とアーメット・アーティガン(Ahmet Ertegun, 1923–2006)と写る記事を掲載しました。該当盤Atlantic 1077の録音日は、後年資料では1955年8月29日とされています。

コロムビア・レコード

コロムビア・レコード(Columbia Records)は、1955年9月に販売制度と録音機器連動の両面で活動を広げました。バラエティ(Variety)1955年9月号は、コロムビア・レコード(Columbia Records)のコロムビア・レコード・クラブ(Columbia Record Club)をめぐって、同社幹部とロングアイランド・レコード販売業者協会(Long Island Record Dealers Association)側が議論したことを報じました。また同月号は、コロムビア・レコード(Columbia Records)がクライスラー社(Chrysler Corporation)の1956年型自動車ライン向けレコード・プレーヤーに関連し、専用レコードの供給に関与していたことも伝えています。業界欄では、サミー・ケイ(Sammy Kaye, 1910–1987)がコロムビア・レコード(Columbia Records)向けに『セレナーデ・フォー・ドリーミー・ダンシング』(Serenade for Dreamy Dancing)とされるアルバムを録音中であることも報じられました。

アールシーエー・ヴィクター

アールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)は、1955年9月にクーポン販売、パーソナル・ミュージック・サービス(Personal Music Service)、ダンス・テンポ盤の発売計画を進めました。バラエティ(Variety)1955年9月号は、コロムビア・レコード・クラブ(Columbia Record Club)と並べて、アールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)のクーポン販売計画を、既存のレコード販売店構造に影響を与える新しい販売方式として扱いました。同記事では、同社が小都市の家電販売店を通じてレコード販売の出口を広げるパーソナル・ミュージック・サービス(Personal Music Service)を進めていたことも示されています。別記事では、同社が複数のハウス・オーケストラによるダンス・テンポ盤の定期発売を準備し、レーベルX(Label X)でフランキー・レスター(Frankie Lester, 生没年不明)が初回録音を行ったことも報じられました。

キャピトル・レコード

キャピトル・レコード(Capitol Records)は、1955年9月にテレビ放送と連動した長時間盤の制作・販売活動を展開しました。バラエティ(Variety)1955年9月号は、ジュディ・ガーランド(Judy Garland, 1922–1969)のキャピトル・レコード(Capitol Records)での最初のアルバムが、1955年9月24日のシービーエス(CBS)テレビ特別番組で歌うスタンダード曲を含み、放送時に販売店へ届くよう準備されたと報じました。『ミス・ショウ・ビジネス』(Miss Show Business)はCapitol W-676として1955年9月26日に発売され、録音は1955年8月25日・8月29日・8月30日・9月1日に行われました。

マーキュリー・レコード/ウィング

マーキュリー・レコード(Mercury Records)と、その系列レーベルであるウィング(Wing)は、1955年9月にダンス・バンド商品を中心とする販促活動を進めました。バラエティ(Variety)1955年9月号は、主要レコード会社がダンス・バンド商品を再び積極的に押し出していると報じ、その中でマーキュリー・レコード(Mercury Records)がダンス・アルバムの特別パッケージを進め、ウィング(Wing)も同系統の販促を行うと説明しています。同記事では、マーキュリー・レコード(Mercury Records)がナショナル・ボールルーム協会(National Ballroom Association)やブッキング・オフィスと連携し、ダンスホールへの需要回復を狙った販促を進めていたことも報じられました。

ウェストミンスター・レコード/ヴォックス・レコード

ウェストミンスター・レコード(Westminster Records)とヴォックス・レコード(Vox Records)は、1955年9月17日号のザ・ビルボード(The Billboard)で、メールオーダー事業に関与するレーベルとして取り上げられました。クラシック系・専門音楽系レーベルが、従来の小売店販売に加えて通信販売的な経路へ接近していたことを示す動きです。

エピック・レコード

エピック・レコード(Epic Records)は、1955年9月にアーティスト対応部門と映画連動アルバム制作を進めました。バラエティ(Variety)1955年9月号の業界欄は、ハーブ・リーベック(Herb Liebeck, 生没年不明)がエピック・レコード(Epic Records)のアーティスト・リレーションズ部門を率いると伝えています。さらに同号は、リリアン・ロス(Lillian Roth, 1910–1980)が、映画『明日泣く』(I’ll Cry Tomorrow)との連動アルバムのためにエピック・レコード(Epic Records)に起用されたことを報じました。

エムジーエム・レコード

エムジーエム・レコード(MGM Records)は、1955年9月に映画音楽連動とアルバム発売計画を進めました。バラエティ(Variety)1955年9月号は、メトロ・ゴールドウィン・メイヤー(Metro-Goldwyn-Mayer)の映画『いつも上天気』(It’s Always Fair Weather)のサウンドトラック盤が販促準備中であると伝えています。また同号の業界欄では、ジョニ・ジェームズ(Joni James, 1930–2022)の第4作アルバムがエムジーエム・レコード(MGM Records)から1955年10月7日発売予定とされました。