1956年12月に録音された音楽
1956年12月は、冷戦、脱植民地化、国際連合体制、公民権運動、ロックンロール文化が重なった月でした。12月2日、フィデル・カストロ(Fidel Castro, 1926–2016)らはヨット「グランマ(Granma)」でキューバ東部に上陸し、フルヘンシオ・バティスタ(Fulgencio Batista, 1901–1973)政権への武装闘争を本格化させました。12月6日、メルボルン1956オリンピック競技大会(Melbourne 1956 Olympic Games)では、ハンガリー代表とソビエト連邦代表の水球戦が行われ、ハンガリー動乱(Hungarian Revolution of 1956)の余波が国際スポーツに表れました。12月12日、国際連合総会(United Nations General Assembly)はハンガリー情勢に関する国際連合総会決議1131(XI)(United Nations General Assembly Resolution 1131 (XI))を採択しました。12月18日、日本は国際連合(United Nations)に加盟しました。12月20日、モンゴメリー・バス・ボイコット(Montgomery Bus Boycott)は公共バスの人種隔離撤廃へ向けて終結しました。12月22日、スエズ危機(Suez Crisis)ではイギリス軍とフランス軍がエジプト領から撤退し、第一次国際連合緊急軍(First United Nations Emergency Force)が停戦監視と撤退監督の役割を担いました。音楽文化では12月4日、サン・レコード(Sun Records)で後年『ミリオン・ダラー・カルテット(Million Dollar Quartet)』と呼ばれる即興録音が行われました。
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1956年12月の録音に関する情報のまとめ
1956年12月の録音関連産業では、年末商戦の拡大、ロックンロールとリズム・アンド・ブルースの市場化、独立系レーベルの流通網拡大、映画・舞台・テレビとレコード産業の接続が同時に進みました。サン・レコード(Sun Records)では、1956年12月4日にエルヴィス・プレスリー(Elvis Presley, 1935–1977)、ジェリー・リー・ルイス(Jerry Lee Lewis, 1935–2022)、カール・パーキンス(Carl Perkins, 1932–1998)、ジョニー・キャッシュ(Johnny Cash, 1932–2003)が同じスタジオに集まりました。アールシーエー・ビクター(RCA Victor)はブロードウェイ・ミュージカル『Happy Hunting』のオリジナル・キャスト盤を迅速に録音・商品化し、デッカ・レコード(Decca Records)はアール・グラント(Earl Grant, 1931–1970)との契約直後に新録音へ進みました。エピック・レコード(Epic Records)、エレクトラ・レコード(Elektra Records)、ケイデンス・レコード(Cadence Records)、ドット・レコード(Dot Records)などの動きからは、1950年代後半のレコード産業が録音制作だけでなく、マスター買収、流通網整備、映画スター起用、国際販売を含む事業へ広がっていたことが読み取れます。
サン・レコード
サン・レコード(Sun Records)では、1956年12月4日、テネシー州メンフィスのサン・レコード・スタジオ(Sun Record Studios)で、エルヴィス・プレスリー(Elvis Presley, 1935–1977)、ジェリー・リー・ルイス(Jerry Lee Lewis, 1935–2022)、カール・パーキンス(Carl Perkins, 1932–1998)、ジョニー・キャッシュ(Johnny Cash, 1932–2003)が同席した即興セッションが録音されました。この録音は後年『ミリオン・ダラー・カルテット(Million Dollar Quartet)』として整理され、ロックンロール初期の主要人物が同じスタジオ空間に集まった録音事例となりました。
- https://sunrecords.com/million-dollar-quartet-dec-4-1956/
- https://www.elvis.com.au/presley/the-million-dollar-quartet-december-4-1956.shtml
アールシーエー・ビクター
アールシーエー・ビクター(RCA Victor)は、1956年12月にエルヴィス・プレスリー(Elvis Presley, 1935–1977)関連商品とハリー・ベラフォンテ(Harry Belafonte, 1927–2023)関連商品の販売力を背景に、年末市場で大きな存在感を示していました。バラエティ(Variety)1956年12月号は、同社がブロードウェイ・ミュージカル『Happy Hunting』のオリジナル・キャスト・アルバムを、1956年12月6日の開幕から3日後にニューヨークのウェブスター・ホール(Webster Hall)で録音し、録音後72時間で市場へ急送したと報じました。同アルバムには、エセル・マーマン(Ethel Merman, 1908–1984)、フェルナンド・ラマス(Fernando Lamas, 1915–1982)、ヴァージニア・ギブソン(Virginia Gibson, 1925–2013)らが参加しました。
- https://archive.org/stream/variety205-1956-12/variety205-1956-12_djvu.txt
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1956/Billboard%201956-12-29.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1956/CB-1956-12-29.pdf
コロムビア・レコード
コロムビア・レコード(Columbia Records)は、1956年12月の業界紙で、シングル盤販売の好調さが報じられました。ビルボード(Billboard)1956年12月29日号では、ガイ・ミッチェル(Guy Mitchell, 1927–1999)の「Singing the Blues」、ジョニー・レイ(Johnnie Ray, 1927–1990)の「Just Walking in the Rain」、フランキー・レイン(Frankie Laine, 1913–2007)関連作品などが、同社のシングル販売を支える作品として扱われました。バラエティ(Variety)1956年12月号では、同社が『Li’l Abner』と『Bells Are Ringing』のオリジナル・ブロードウェイ・キャスト盤シーズンを開始したことも報じられています。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1956/Billboard%201956-12-29.pdf
- https://archive.org/stream/variety205-1956-12/variety205-1956-12_djvu.txt
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1956/CB-1956-12-29.pdf
キャピトル・レコード
キャピトル・レコード(Capitol Records)は、1956年12月のアルバム市場で、フランク・シナトラ(Frank Sinatra, 1915–1998)の『This Is Sinatra!』などを通じて存在感を示しました。ビルボード(Billboard)1956年12月8日号および同月の業界紙資料では、同社のアルバム商品が年末市場で継続的に扱われています。バラエティ(Variety)1956年12月号は、ライル・セイヤー(Lyle Thayer, 生没年不明)がキャピトル・レコード(Capitol Records)の管理補佐職に移ったことを報じており、契約交渉やショー関連契約に関わる社内体制の動きも同月の企業活動に含まれます。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1956/Billboard%201956-12-08.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1956/Billboard%201956-12-15.pdf
- https://archive.org/stream/variety205-1956-12/variety205-1956-12_djvu.txt
デッカ・レコード
デッカ・レコード(Decca Records)は、1956年12月に制作、既存録音の二次利用、商標保護を並行して進めました。バラエティ(Variety)1956年12月号は、アール・グラント(Earl Grant, 1931–1970)がデッカ・レコード(Decca Records)と新契約を結び、同社が「Goodnight My Love」と「My Consolation」の発売へ向けて直ちにスタジオ録音へ進めたと報じました。同じ号では、ビル・ヘイリー(Bill Haley, 1925–1981)のデッカ・レコード(Decca Records)録音「Rock Around the Clock」が映画で繰り返し使用されていたことも扱われています。さらに、デッカ・レコード(Decca Records)がメッカ・レコード(Mecca Records)を商標侵害で提訴したことも報じられました。
- https://archive.org/stream/variety205-1956-12/variety205-1956-12_djvu.txt
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1956/CB-1956-12-29.pdf
エピック・レコード
エピック・レコード(Epic Records)は、1956年12月に独立制作マスターの買収を進めました。バラエティ(Variety)1956年12月号は、コロムビア・レコード(Columbia Records)の系列レーベルであるエピック・レコード(Epic Records)が、デトロイトのフォーチュン・レコード(Fortune Records)からアンドレ・ウィリアムズ(Andre Williams, 1936–2019)の「Bacon Fat」を購入したと報じました。同じ12月号では、トミー・プリスコ(Tommy Prisco, 生没年不明)がエピック・レコード(Epic Records)と契約し、アーティスト・アンド・レパートリー部門が初回セッションを準備していることも報じられています。
- https://archive.org/stream/variety205-1956-12/variety205-1956-12_djvu.txt
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1956/Billboard%201956-12-29.pdf
エレクトラ・レコード
エレクトラ・レコード(Elektra Records)は、1956年12月に販売網を拡大しました。バラエティ(Variety)1956年12月号は、同社がフィラデルフィアおよびペンシルベニア州東部を担当するレスコ(Lesco)、ワシントン、メリーランド州、バージニア州、ウェストバージニア州を担当するシュワルツ・ブラザーズ(Schwartz Bros.)、コネチカット州を担当するアライド(Allied)を新たな流通先として加えたと報じました。同記事では、エレクトラ・レコード(Elektra Records)が1957年の長時間盤生産を24枚に抑える方針も示されています。
ケイデンス・レコード
ケイデンス・レコード(Cadence Records)は、1956年12月に国内外の流通網を再編・拡張しました。バラエティ(Variety)1956年12月号は、同社がヒューストンおよびニューオーリンズの販売地域で流通体制を組み替え、キング・レコード(King Records)の支店流通網を利用することになったと報じました。さらに同月号では、ケイデンス・レコード(Cadence Records)がブラジル市場へ進出するため、ポリドール(Polydor)名義で流通を行うジーメンス・デ・ブラジル(Siemens De Brazil)と提携すること、ロンドン・レコード(London Records)との既存の国際流通契約は南米とカナダを除いて維持されることも報じられています。
ドット・レコード
ドット・レコード(Dot Records)は、1956年12月時点で独立系レーベルから大手に近い規模へ急成長していました。バラエティ(Variety)1956年12月号は、同社が1956会計年度に1,400万枚規模のレコード販売を見込み、1957年には生産量の倍増と100枚のアルバム発売を目標にしていたと報じました。同記事では、チャールトン・ヘストン(Charlton Heston, 1923–2008)とタブ・ハンター(Tab Hunter, 1931–2018)が同社の「Celebrity Series」に契約済みであり、チャールトン・ヘストン(Charlton Heston, 1923–2008)は聖書朗読、タブ・ハンター(Tab Hunter, 1931–2018)は歌手として紹介される予定だったことも報じられています。
- https://archive.org/stream/variety205-1956-12/variety205-1956-12_djvu.txt
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1956/Billboard%201956-12-29.pdf
ヴィー・ジェイ・レコード
ヴィー・ジェイ・レコード(Vee-Jay Records)は、1956年末にリズム・アンド・ブルース、ブルース、ゴスペルの独立系レーベルとして販売・広告活動を続けました。ジミー・リード(Jimmy Reed, 1925–1976)のVee-Jay 226「Honey, Don’t Let Me Go」/「You’ve Got Me Dizzy」は、1956年10月3日の録音から同年11月発売へ進み、キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1956年12月号でも販売状況や広告が扱われました。1956年の同社シングルでは、スワン・シルヴァートーンズ(The Swan Silvertones)のVee-Jay 232「The Lord’s Prayer」/「Great Day in December」も同年内の高い番号の発売例として位置づけられます。
- https://campber.people.clemson.edu/veejay.html
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1956/CB-1956-12-15.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1956/CB-1956-12-29.pdf
メトロノーム・レコード
メトロノーム・レコード(Metronome Records)は、1956年12月に国際的なジャズ・カタログ流通を進めました。バラエティ(Variety)1956年12月号は、同社がドイツで10名規模の自動車営業部隊を展開し、管理・宣伝部門も拡大したと報じました。また、同社はプレスティッジ(Prestige)とアトランティック(Atlantic)のジャズ・カタログを国際的に扱い、イギリスのニクサ(Nixa)やオーストラリアのフェスティバル(Festival)などをライセンシーとしていました。アメリカ合衆国内では、同社のディスクがマーキュリー(Mercury)、エマーシー(EmArcy)、キャピトル・レコード(Capitol Records)、アールシーエー・ビクター(RCA Victor)、プレスティッジ(Prestige)、ケイデンス・レコード(Cadence Records)などから発売されていたと報じられています。
コーラル・レコード
コーラル・レコード(Coral Records)は、1956年12月に編曲者ルー・クアドリング(Lew Quadling, 生没年不明)と2年契約を結び、本人名義の楽団による一連の録音を予定していました。バラエティ(Variety)1956年12月号は、ルー・クアドリング(Lew Quadling, 生没年不明)がローレンス・ウェルク(Lawrence Welk, 1903–1992)の編曲者として知られ、初回として4面を録音する予定だったと報じました。
リバティ・レコード
リバティ・レコード(Liberty Records)は、1956年12月時点で独立系レーベルとして急成長していました。バラエティ(Variety)1956年12月号は、同社の成功によりサイ・ワロンカー(Si Waronker, 1915–2005)が20世紀フォックス(20th Century-Fox)でのオーケストラ管理職を離れることになったと報じました。また、同じ号では、ケイデンス・レコード(Cadence Records)を離れるボビー・ディータール(Bobby Dieterle, 生没年不明)が、1957年1月にリバティ・レコード(Liberty Records)へ移り、販売・制作部門を担当する予定だったことも報じられています。
エムジーエム・レコード
エムジーエム・レコード(MGM Records)は、1956年12月に国際見本市を通じたアルバム宣伝活動を進めていました。バラエティ(Variety)1956年12月号は、同社がアメリカ合衆国商務省国際見本市局と連携し、世界各地の見本市で同社アルバムを展示する計画を進めていたと報じました。すでにトルコ、アフガニスタン、スウェーデン、ダマスカス、ギリシャ、ユーゴスラビアなどで見本市が開催済みとされ、レコード会社が海外市場に向けてアルバムを展示・宣伝する動きが示されました。
パリ・レコード
パリ・レコード(Paris Records)は、1956年12月に新設された独立系レーベルです。バラエティ(Variety)1956年12月号は、作曲家でありピルグリム・レコード(Pilgrim Records)を運営していたジャック・ゴールド(Jack Gold, 生没年不明)が、新たにパリ・レコード(Paris Records)を設立したと報じました。同記事では、パリ・レコード(Paris Records)がピルグリム・レコード(Pilgrim Records)と同じ流通網を使い、フォー・エスクワイアズ(The Four Esquires)、ジー・クレフス(The G-Clefs)、ローズマリー・ジューン(Rosemary June, 生没年不明)、メル・オー・ドッツ(The Mel-O-Dots)を契約したことが報じられています。
ジョイ・レコード
ジョイ・レコード(Joy Records)は、1956年12月に新設された独立系レーベルです。バラエティ(Variety)1956年12月号は、ノースカロライナ州ダーラムの放送局WSRCの所有者ジョン・C・グリーン・ジュニア(John C. Greene Jr., 生没年不明)が、ジョイ・レコード(Joy Records)を立ち上げたと報じました。同社の本拠はダーラムに置かれる一方、制作・録音活動は、ゼネラル・マネージャーのウェス・マクウェイン(Wes McWain, 生没年不明)が率いるニューヨーク支部で行うとされています。
