1956年7月に録音された音楽

この記事は約10分で読めます。
スポンサーリンク

1956年7月に録音された音楽

1956年7月は、冷戦下の軍事偵察、自然災害、政変、海難、国際危機、科学行政、国家象徴をめぐる動きが重なった月です。1日、日本では中央気象台(Central Meteorological Observatory)が運輸省(Ministry of Transport)の外局である気象庁(Japan Meteorological Agency)に昇格しました。4日、アメリカ合衆国(United States of America)の中央情報局(Central Intelligence Agency)が運用したロッキードU-2偵察機(Lockheed U-2 reconnaissance aircraft)が、ソビエト社会主義共和国連邦(Union of Soviet Socialist Republics)のモスクワ(Moscow)とレニングラード(Leningrad)上空への初飛行を行いました。9日、ギリシャ王国(Kingdom of Greece)のエーゲ海(Aegean Sea)でアモルゴス島沖地震(1956 Amorgos earthquake)が発生し、津波被害が広がりました。18日、ハンガリー人民共和国(Hungarian People’s Republic)ではマーチャーシュ・ラーコシ(Mátyás Rákosi, 1892–1971)がハンガリー勤労者党(Hungarian Working People’s Party)第一書記を退き、エルネー・ゲレー(Ernő Gerő, 1898–1980)が後任となりました。25日夜、アンドリア・ドーリア(SS Andrea Doria)とストックホルム(MS Stockholm)がナンタケット沖で衝突し、アンドリア・ドーリア(SS Andrea Doria)は翌26日に沈没しました。26日、エジプト共和国(Republic of Egypt)のガマール・アブドゥル・ナーセル(Gamal Abdel Nasser, 1918–1970)がスエズ海洋運河万国会社(Compagnie universelle du canal maritime de Suez)の国有化を発表し、スエズ危機(Suez Crisis)へつながる国際対立が本格化しました。30日、アメリカ合衆国(United States of America)ではドワイト・デイヴィッド・アイゼンハワー(Dwight David Eisenhower, 1890–1969)が公法84-851(Public Law 84-851)を承認し、イン・ゴッド・ウィー・トラスト(In God We Trust)が国家標語となりました。

この月の確認されている録音:0曲

1956年7月の録音に関する情報のまとめ

1956年7月の録音産業では、ロックンロール、リズム・アンド・ブルース、カントリー、ジャズ、ロング・プレイ盤、高忠実度再生機器の市場が並行して拡大していました。ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)ではエルヴィス・プレスリー(Elvis Presley, 1935–1977)の重要シングル録音が行われ、コロムビア・レコード(Columbia Records)ではニューポート・ジャズ・フェスティバル(Newport Jazz Festival)の歴史的ライブ録音が残されました。デッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)ではバディ・ホリー(Buddy Holly, 1936–1959)の初期録音が行われ、サン・レコード(Sun Records)、キング・レコード(King Records)、ヴィージェイ・レコード(Vee-Jay Records)、チェス・レコード(Chess Records)系のチェッカー・レコード(Checker Records)は、シングル盤の発売・広告・チャート上の動きによって1956年夏のポピュラー音楽市場を支えました。

アールシーエー・ヴィクター

ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)では、1956年7月2日にエルヴィス・プレスリー(Elvis Presley, 1935–1977)がニューヨークのアールシーエー・スタジオ(RCA Studios)で「ハウンド・ドッグ(Hound Dog)」「ドント・ビー・クルーエル(Don’t Be Cruel)」「エニー・ウェイ・ユー・ウォント・ミー(Any Way You Want Me (That’s How I Will Be))」を録音しました。「ハウンド・ドッグ(Hound Dog)」は1956年7月13日に発売され、アールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)におけるエルヴィス・プレスリー(Elvis Presley, 1935–1977)の初期ロックンロール録音を代表する作品となりました。1956年7月の同社は、録音済みシングルの発売とあわせて、高忠実度再生機器の販売展開も進めていました。

コロムビア・レコード

コロムビア・レコード(Columbia Records)は、1956年7月7日のニューポート・ジャズ・フェスティバル(Newport Jazz Festival)で、ザ・デューク・エリントン・オーケストラ(The Duke Ellington Orchestra)の演奏を録音しました。ポール・ゴンサルヴェス(Paul Gonsalves, 1920–1974)の長いソロで知られる「ディミニュエンド・アンド・クレッシェンド・イン・ブルー(Diminuendo and Crescendo in Blue)」を含むこの公演は、デューク・エリントン(Duke Ellington, 1899–1974)の1950年代の再評価を象徴する録音となりました。1956年7月14日のビルボード(The Billboard)では、コロムビア・レコード(Columbia Records)が1957年型の大規模な蓄音機ラインを発表しており、録音商品と再生機器を結びつける販売体制も強化されていました。

デッカ・レコード

デッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)では、1956年7月22日にバディ・ホリー(Buddy Holly, 1936–1959)がナッシュビルのブラッドリーズ・バーン(Bradley’s Barn)で「ザットル・ビー・ザ・デイ(That’ll Be the Day)」を初録音しました。このデッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)向け録音は、後年のザ・クリケッツ(The Crickets)版に先立つ初期録音です。1956年7月28日のビルボード(The Billboard)では、同社が秋季向けに52点のロング・プレイ盤を進めており、録音済み素材の商品化とアルバム市場の拡大も進んでいました。

サン・レコード

サン・レコード(Sun Records)では、ジョニー・キャッシュ(Johnny Cash, 1932–2003)の「アイ・ウォーク・ザ・ライン(I Walk the Line)」が1956年7月のカントリー市場で大きな存在感を示していました。同曲はカントリー・チャートで1位となり、ポップ市場でも上位に入りました。1956年7月のサン・レコード(Sun Records)は、ロカビリーとカントリーを接続する独立系レーベルとして、ジョニー・キャッシュ(Johnny Cash, 1932–2003)のシングルを中心に販売面で拡大していました。

キング・レコード

キング・レコード(King Records)では、リトル・ウィリー・ジョン(Little Willie John, 1937–1968)の「フィーヴァー(Fever)」が1956年7月のリズム・アンド・ブルース市場で大きく扱われました。キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1956年7月21日号には、King 4935として「フィーヴァー(Fever)」と「レター・フロム・マイ・ダーリング(Letter from My Darling)」の広告が掲載されました。同月末には、ビル・ドゲット(Bill Doggett, 1916–1996)の「ホンキー・トンク(Honky Tonk)」も市場で強い動きを示し、キング・レコード(King Records)のリズム・アンド・ブルース系カタログは1956年夏に拡大していました。

ヴィージェイ・レコード

ヴィージェイ・レコード(Vee-Jay Records)では、ザ・スパニエルズ(The Spaniels)のVee-Jay 202が1956年7月発売として確認されています。同盤は「ベイビー・カム・アロング・ウィズ・ミー(Baby Come Along with Me)」と「シンス・アイ・フェル・フォー・ユー(Since I Fell for You)」を収め、キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1956年7月28日号でレビューと広告の対象になりました。同じ号では、ジミー・リード(Jimmy Reed, 1925–1976)のVee-Jay 203も扱われ、ヴィージェイ・レコード(Vee-Jay Records)は1956年7月にリズム・アンド・ブルース系シングルの販売を継続していました。

チェス・レコードとチェッカー・レコード

チェス・レコード(Chess Records)系のチェッカー・レコード(Checker Records)では、ボ・ディドリー(Bo Diddley, 1928–2008)の「フー・ドゥ・ユー・ラヴ?(Who Do You Love?)」が1956年7月の広告に掲載されました。ビルボード(The Billboard)1956年7月21日号には、チェス・レコード(Chess Records)およびチェッカー・レコード(Checker Records)の広告として同曲が示されており、同社系レーベルがロックンロールとリズム・アンド・ブルースの境界領域で作品を展開していたことが分かります。1956年7月の同社系レーベルは、シカゴ発の独立系レーベルとして、リズム・アンド・ブルース市場に加えて新興ロックンロール市場にも食い込んでいました。