1956年9月に録音された音楽
1956年9月は、冷戦下の国際秩序、脱植民地化、情報技術、通信、若者文化が同時に動いた月でした。スエズ運河危機(Suez Crisis)では、ジョン・フォスター・ダレス(John Foster Dulles, 1888–1959)が9月9日–18日にスエズ運河利用者協会(Suez Canal Users Association)構想を進め、9月21日の第二スエズ運河会議(Second Suez Canal Conference)声明へつながりました。パキスタン・イスラム共和国(Islamic Republic of Pakistan)では、9月12日にフセイン・シャヒード・スフラワルディ(Huseyn Shaheed Suhrawardy, 1892–1963)が首相に就任しました。アメリカ合衆国(United States of America)では、テネシー州クリントン高校(Clinton High School)の人種統合をめぐり9月初旬に州兵が出動し、公立学校統合をめぐる社会的緊張が可視化されました。エルヴィス・プレスリー(Elvis Presley, 1935–1977)は9月9日にエド・サリヴァン・ショー(The Ed Sullivan Show)へ初出演し、テレビとロックンロールの結びつきを強めました。インターナショナル・ビジネス・マシーンズ社(International Business Machines Corporation)は9月14日にアイビーエム305ランダム・アクセス・メソッド・オブ・アカウンティング・アンド・コントロール(IBM 305 Random Access Method of Accounting and Control)を発表し、磁気ディスク記憶装置の商用利用を示しました。9月25日には第1大西洋横断電話ケーブル(Transatlantic No. 1)が開通し、大西洋間の常設電話通信が始まりました。9月27日にはグレートブリテン及び北アイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)がオーストラリア連邦(Commonwealth of Australia)のマラリンガ核実験場(Maralinga nuclear test site)でバッファロー作戦(Operation Buffalo)の核実験を開始しました。
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1956年9月の録音に関する情報のまとめ
1956年9月の米国レコード市場では、ロックンロール、リズム・アンド・ブルース、ポピュラー・ヴォーカル、映画サウンドトラック、ジャズ、ゴスペルが同じ業界紙上で並行して扱われていました。メジャー会社は映画音楽や長時間演奏盤を大きく展開し、独立系レーベルはリズム・アンド・ブルース、ロックンロール、ゴスペルのシングルを積極的に広告していました。ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1956年9月29日号には、レコード会社の新譜広告、レビュー、販売促進、製造受託、配給網に関する記事がまとまって掲載され、1956年秋の録音産業がジャンルと販売経路の両面で拡大していたことを示しています。
RCAヴィクター
アールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)は、エルヴィス・プレスリー(Elvis Presley, 1935–1977)の『ラヴ・ミー・テンダー(Love Me Tender)』/『エニウェイ・ユー・ウォント・ミー(Anyway You Want Me)』を20/47-6643として大きく広告していました。同広告には発売前注文数として「856,327 orders」と記され、同社が映画主題歌とロックンロール人気を結びつけた大型商品として同盤を扱っていたことが分かります。アールシーエー・ヴィクター・カスタム・レコード・セールス(RCA Victor Custom Record Sales)は、独立レーベル向けプレス受託、録音技術、東部・中西部・西部の3拠点、配送・倉庫体制を宣伝し、自社レーベルだけでなく独立系録音産業の製造基盤としても存在感を示していました。
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コロムビア・レコード
コロムビア・レコード(Columbia Records)は、9月18日にニューヨークのパーク・シェラトン・グランド・ボールルーム(Park Sheraton Grand Ballroom)で、約400人のレコード、テレビ、劇場、ラジオ関係者を招いた新タレント紹介の催しを開きました。同催しでは、ワイルド・ビル・デイヴィソン(Wild Bill Davison, 1906–1989)、アイリーン・ロジャーズ(Eileen Rodgers, 1930–2003)、ザ・コリンズ・キッズ(The Collins Kids)、レイ・コニフ(Ray Conniff, 1916–2002)、ジョニー・マティス(Johnny Mathis)、ボイド・レイバーン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Boyd Raeburn and His Orchestra)などが紹介されました。司会は同社社長ゴダード・リーバーソン(Goddard Lieberson, 1911–1977)が務め、コロムビア・レコード(Columbia Records)は新しい録音人材とカタログ展開を業界向けに強く打ち出しました。
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デッカ・レコード
デッカ・レコード(Decca Records)は、アルバム市場で映画『エディ・デューチン物語(The Eddy Duchin Story)』の映画スコア盤Decca DL 8289を展開していました。同盤はザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1956年9月29日号のアルバム・チャート上位に置かれ、映画音楽アルバムが同社の重要商品として扱われていたことを示しています。デッカ・ディストリビューティング社(Decca Distributing Corp.)では、シドニー・N・ゴールドバーグ(Sydney N. Goldberg, 生没年不明)がスタンリー・L・グッドマン(Stanley L. Goodman, 生没年不明)を販売促進管理者に任命し、販売促進体制の整備も進められていました。
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キャピトル・レコード
キャピトル・レコード(Capitol Records)は、映画『上流社会(High Society)』の映画サウンドトラック盤Capitol W 750、フランク・シナトラ(Frank Sinatra, 1915–1998)の『ソングス・フォー・スウィンギン・ラヴァーズ!(Songs for Swingin’ Lovers!)』Capitol W 653、スタン・ケントン(Stan Kenton, 1911–1979)の『キューバン・ファイア!(Cuban Fire!)』Capitol T 731などをアルバム市場に送り出していました。ジーン・ヴィンセント・アンド・ヒズ・ブルー・キャップス(Gene Vincent and His Blue Caps)のロックンロール盤も同号で扱われ、同社は映画音楽、ジャズ、ポピュラー、ロックンロールを並行して展開していました。
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ヴィー・ジェイ・レコード社
ヴィー・ジェイ・レコード社(Vee-Jay Records, Inc.)は、ザ・デルズ(The Dells)による『オー・ホワット・ア・ナイト(Oh What a Night)』/『ジョー・ジョー(Jo-Jo)』をVee-Jay 204として広告していました。同盤はリズム・アンド・ブルース系チャートや地域報告にも現れ、シカゴ拠点の独立系レーベルが1956年9月時点で全国市場へ伸長していたことを示しています。同記事内では、ジミー・リード(Jimmy Reed, 1925–1976)やソニー・ティル・アンド・ジ・オリオールズ(Sonny Til and The Orioles)関連の動きも掲載され、ヴィー・ジェイ・レコード社(Vee-Jay Records, Inc.)のリズム・アンド・ブルース部門の活発さがうかがえます。
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アトコ・レコード
アトコ・レコード(Atco Records)は、新譜リストを広告し、フランキー・マーシャル(Frankie Marshall, 生没年不明)のAtco 6076、ザ・ロイヤル・ジョーカーズ(The Royal Jokers)のAtco 6077、ザ・プロフェッツ(The Prophets)のAtco 6078、グレン・リーヴス(Glenn Reeves, 生没年不明)のAtco 6080などを掲載していました。リズム・アンド・ブルース関連欄では、ザ・コースターズ(The Coasters)のAtco 1673も扱われ、同レーベルはアトランティック系の独立レーベル市場でポップ、リズム・アンド・ブルース、ロックンロール寄りの新譜供給を進めていました。
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フューチュラミック・レコード
ワシントンD.C.では、デイヴィッド・クラフト(David Kraft, 生没年不明)がフューチュラミック・ミュージック・パブリッシング(Futuramic Music Publishing)を母体として、フューチュラミック・レコード(Futuramic Records)を設立しました。最初の発売はトニー・パスターズ・オーケストラ(Tony Pastor’s Orchestra)による4曲入りEPで、『ストレンジ・ビギン(Strange Beguine)』『ルンバ・タンゴ(Rumba-Tango)』『ジャージー・バウンス(Jersey Bounce)』『サンデー・イン・サヴァンナ(Sunday in Savannah)』が含まれていました。1956年9月の業界紙上では、地域拠点の新興レーベルがEP商品で市場参入した例として現れています。
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ABCパラマウント・レコード
ABCパラマウント・レコード(ABC-Paramount Records)は、ベット・アン・スティール(Bette Ann Steele, 生没年不明)のABC-Paramount 9744『ア・ペニーズ・ワース・オブ・ミュージック(A Penny’s Worth of Music)』/『イズ・ディス・ザ・ウェイ?(Is This the Way?)』を新人ポピュラー・ヴォーカル作品として展開していました。フレッド・フォスター(Fred Foster, 1931–2019)は同社の東海岸担当販売管理者に任命され、同社は新譜展開と販売体制の強化を並行して進めていました。
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エムジーエム・レコード
エムジーエム・レコード(MGM Records)は、コニー・フランシス(Connie Francis, 1937–2025)のMGM 12335『エヴリワン・ニーズ・サムワン(Everyone Needs Someone)』/『マイ・セイラー・ボーイ(My Sailor Boy)』を広告・レビューで展開していました。ザ・クローヴァーリーフス(The Cloverleafs)のMGM 12337もレビューされ、同社広告欄には複数の新譜がまとめて掲載されていました。コニー・フランシス(Connie Francis, 1937–2025)は、1956年9月時点でエムジーエム・レコード(MGM Records)が市場へ送り出していた若手ヴォーカリストの一人でした。
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アトランティック・レコード
アトランティック・レコード(Atlantic Records)は、ザ・クローヴァーズ(The Clovers)の新譜を大きく広告し、独自録音の優位性を訴える形で宣伝していました。リズム・アンド・ブルース欄では、ザ・ドリフターズ(The Drifters)のAtlantic 1101、ビッグ・ジョー・ターナー(Big Joe Turner, 1911–1985)のAtlantic 1100、クライド・マクファター(Clyde McPhatter, 1932–1972)のAtlantic 1106なども扱われ、同社は1956年9月時点でリズム・アンド・ブルース市場に複数作品を投入していました。
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サヴォイ・レコード
サヴォイ・レコード(Savoy Records)は、ビッグ・メイベル(Big Maybelle, 1924–1972)のSavoy 1500『ミーン・トゥ・ミー(Mean to Me)』/『テル・ミー・フー(Tell Me Who)』をリズム・アンド・ブルース市場へ出していました。同盤はレビュー欄で強く扱われ、同社が女性リズム・アンド・ブルース歌手の新譜を1956年9月時点で重要商品として押し出していたことを示しています。
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モダン・レコード
モダン・レコード(Modern Records)は、ヤング・ジェシー(Young Jessie, 1936–2020)のModern 1002『ドント・ハプン・ノー・モア(Don’t Happen No More)』/『ヒット、ギット・アンド・スプリット(Hit, Git and Split)』をリズム・アンド・ブルース・レビュー欄で展開していました。同盤は速いビートの作品として紹介され、同社は1956年9月時点で西海岸系リズム・アンド・ブルースとロックンロール寄りの新譜を市場へ出していました。
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デューク・レコード社
デューク・レコード社(Duke Records, Inc.)は、ポール・ペリーマン(Paul Perryman, 生没年不明)のDuke 158『ジャスト・トゥ・ホールド・マイ・ハンド(Just to Hold My Hand)』/『アイム・クライング・ノー(I’m Crying No)』を広告していました。同広告は同盤を両面ヒット候補として強調し、同社が1956年9月時点でリズム・アンド・ブルース/ロックンロール系シングルを積極的に宣伝していたことを示しています。
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ピーコック・レコード社
ピーコック・レコード社(Peacock Records, Inc.)は、レヴァランド・クレオファス・ロビンソン・アンド・ヒズ・シスター・ジョセフィン・ジェイムズ(Rev. Cleophus Robinson and his sister, Josephine James)のPeacock 1762『プレイ・フォー・ミー(Pray for Me)』/『ホエン・アイ・クロス・オーヴァー(When I Cross Over)』、ザ・サザン・ワンダーズ(The Southern Wonders)のPeacock 1750『マイ・ジーザス・イズ・オール(My Jesus Is All)』/『アイ・ワズ・ア・シナー(I Was a Sinner)』を広告していました。デューク・レコード社(Duke Records, Inc.)と同じヒューストン系の広告展開として、ゴスペル録音の新譜活動が前面に出ていました。
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ナッシュボロ・レコード社
ナッシュボロ・レコード社(Nashboro Record Co., Inc.)は、エクセロ・レコード(Excello Records)のジョニー・ブラッグ・アンド・ザ・マリゴールズ(Johnny Bragg & The Marigolds)によるExcello 2091『イッツ・ユー・ダーリン、イッツ・ユー(It’s You Darling, It’s You)』/『ジューク・ボックス・ロックンロール(Juke Box Rock N Roll)』を広告していました。同広告には、メンフィスのプラスティック・プロダクツ(Plastic Products)からも出荷される旨が記され、ナッシュヴィル拠点の同社が製造・出荷面で外部施設を用いた販売網を組んでいたことが分かります。
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コブラ・レコード社
コブラ・レコード社(Cobra Record Corp.)は、オーティス・ラッシュ(Otis Rush, 1934–2018)のCobra 5000『アイ・キャント・クイット・ユー・ベイビー(I Can’t Quit You Baby)』を広告し、アトランタ、シカゴ、ダラス、セントルイス、ナッシュヴィル、メンフィスでの反応を示していました。同盤は、1956年9月時点の業界紙上で、地域別の市場反応を伴うシカゴ・ブルース系新譜として扱われていました。
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