1957年4月に録音された音楽
1957年4月は、冷戦下の国際交通、脱植民地化、計算機技術、公衆衛生、映画文化が同時に動いた月です。エジプト共和国(Republic of Egypt)は4月24日付で、スエズ運河(Suez Canal)の運用に関する宣言を国際連合(United Nations)へ送付し、スエズ危機(Suez Crisis)後の海上交通と国際経済の再調整が進みました。インド共和国(Republic of India)では、4月5日にイー・エム・エス・ナンブーディリパード(E. M. S. Namboodiripad, 1909–1998)がケーララ州(Kerala State)の首相に就任しました。シンガポール(Singapore)では、ロンドンで開かれたシンガポール憲法会議(Singapore Constitutional Conference)の報告が4月30日にシンガポール立法議会(Singapore Legislative Assembly)で審議され、内政自治への制度設計が進みました。科学技術では、インターナショナル・ビジネス・マシーンズ・コーポレーション(International Business Machines Corporation)のアイビーエム数式翻訳システム(IBM Mathematical Formula Translating System, Fortran)が1957年に登場し、最初のコンパイラがアイビーエム704(IBM 704)利用者向けに提供されました。公衆衛生では、インフルエンザA(H2N2)ウイルス(influenza A (H2N2) virus)が香港(Hong Kong)で4月に報告され、1957–1958年インフルエンザ・パンデミック(1957–1958 Pandemic)へ拡大しました。文化面では、シドニー・ルメット(Sidney Lumet, 1924–2011)監督、レジナルド・ローズ(Reginald Rose, 1920–2002)脚本の映画『十二人の怒れる男』(12 Angry Men)がアメリカ合衆国(United States of America)で公開されました。
この月の確認されている録音:0曲
1957年4月の録音に関する情報のまとめ
1957年4月の録音関連産業では、長時間盤、シングル盤、映画サウンドトラック、児童向けアルバム、ジャズ・アルバム、ステレオ・テープ、受託プレス、再生機器販売、地域販売網の拡大が並行して確認できます。キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1957年4月号群では、アールシーエー・ビクター・レコード部門(RCA Victor Record Division)、キャピトル・レコード(Capitol Records)、マーキュリー・レコード(Mercury Records)、デッカ・レコード(Decca Records)、エレクトラ・レコード(Elektra Records)などの大手・中堅各社に加え、ゴーン・レコード・コーポレーション(Gone Records Corporation)やアロー・レコード(Arrow Records)など独立系レーベルの新規展開も扱われています。当月の資料で確認できる動きは、個別録音日の確定よりも、発売、販促、契約、録音計画、販売体制、ステレオ対応の企業活動として現れています。
アールシーエー・ビクター・レコード部門
1957年4月13日号のキャッシュ・ボックス(The Cash Box)は、アールシーエー・ビクター・レコード部門(RCA Victor Record Division)がミュージカル『ニュー・ガール・イン・タウン』(New Girl in Town)のシングル盤と、後続のオリジナル・キャスト・アルバムを販促していたことを示しています。同号は、同部門でアルバム部門、シングル部門、カスタム・レコード管理部門に関わる3方向の組織変更があったことも報じており、1957年4月の同社は舞台音楽アルバムの展開と社内制作・販売体制の再編を同時に進めていました。さらに、アールシーエー・ビクター(RCA Victor)のシングルでは、エルヴィス・プレスリー(Elvis Presley, 1935–1977)の「All Shook Up」が同月の主要チャート上で大きく扱われています。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1957/CB-1957-04-13.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1957/CB-1957-04-20.pdf
コロンビア・フォノグラフス
1957年4月13日号のキャッシュ・ボックス(The Cash Box)は、コロンビア・フォノグラフス(Columbia Phonographs)が販売部隊を拡充し、販売調整担当者と地区販売担当者を任命したことを報じています。この動きは録音セッションではなく、家庭用再生機器と販売網に関わる企業活動ですが、レコード消費の基盤となる再生環境の拡大として、録音関連産業の動向に含められます。同号では、コロンビア・レコード(Columbia Records)の広告・レコード紹介も確認できますが、コロンビア・フォノグラフス(Columbia Phonographs)の項目は特に販売組織の変更を示すものです。
キャピトル・レコード
1957年4月13日号のキャッシュ・ボックス(The Cash Box)は、キャピトル・レコード(Capitol Records)が25点の新しい高忠実度アルバムを発売したことを報じています。4月の販促計画は、ポピュラー・アルバム11点、クラシック・アルバム6点、「キャピトル・オブ・ザ・ワールド」(Capitol of the World)8点で構成され、イングランド(England)、ロンドン(London)、メキシコ・シティ(Mexico City)、ブエノスアイレス(Buenos Aires)、タヒチ(Tahiti)、ウィーン(Vienna)などで録音された作品も含まれていました。同号は、キャピトル・レコード(Capitol Records)がディスクジョッキー向けに、2枚の12インチ試聴盤を含むプレビュー・キットや店頭展示物を用意していたことも示しており、長時間盤をラジオ番組編成と小売店頭へ結びつける販促が確認できます。
アトランティック・レコード
1957年4月13日号のキャッシュ・ボックス(The Cash Box)は、アトランティック・レコード(Atlantic Records)のリズム・アンド・ブルース系シングルが販売面で伸びていることを伝えています。同号では、アイヴォリー・ジョー・ハンター(Ivory Joe Hunter, 1914–1974)の「Empty Arms」、ビッグ・ジョー・ターナー(Big Joe Turner, 1911–1985)の「Red Sails in the Sunset」、チャック・ウィリス(Chuck Willis, 1926–1958)の「C. C. Rider」、クライド・マクファター(Clyde McPhatter, 1932–1972)の「Just Hold My Hand」が挙げられています。ラヴァーン・ベイカー(LaVern Baker, 1929–1997)やルース・ブラウン(Ruth Brown, 1928–2006)の作品も同月のリズム・アンド・ブルース関連欄で確認でき、アトランティック・レコード(Atlantic Records)が1957年4月のリズム・アンド・ブルース市場で強い存在感を示していたことが分かります。
ゴーン・レコード・コーポレーション
1957年4月13日号のキャッシュ・ボックス(The Cash Box)は、ジョージ・ゴールドナー(George Goldner, 1918–1970)がゴーン・レコード・コーポレーション(Gone Records Corporation)と音楽出版社リアル・ゴーン・ミュージック・インコーポレーテッド(Real Gone Music, Inc.)を設立したことを報じています。同記事では、最初の発売用に2つのマスターが確保され、ザ・ダブズ(The Dubs)の「Don’t Ask Me to Be Lonely」と、ジミー・ストーン(Jimmy Stone, 生没年不明)の「Mine」が新レーベル初期盤として示されています。ゴーン・レコード・コーポレーション(Gone Records Corporation)は、既存マスター取得と新しい作家・歌手の発掘を組み合わせて、1957年4月に独立系レーベルとしての運営を開始しました。
アロー・レコード
1957年4月13日号のキャッシュ・ボックス(The Cash Box)は、アロー・レコード(Arrow Records)がニューヨーク事務所を開設し、ハーブ・ゼイン(Herb Zane, 生没年不明)をニューヨーク代表兼アーティスト・アンド・レパートリー担当者に任命したことを報じています。アロー・レコード(Arrow Records)は当初、リズム・アンド・ブルース分野に集中し、その後ポピュラー分野のセッションも進める方針でした。同記事では、新体制下の最初のセッションが2週間以内に行われ、即時発売につなげられる予定だったことが確認できます。
マーキュリー・レコード
1957年4月20日号のキャッシュ・ボックス(The Cash Box)は、マーキュリー・レコード(Mercury Records)がヨーロッパ市場向けの録音・発売計画を拡大したことを報じています。アムステルダム(Amsterdam)での会議とシカゴ(Chicago)での会議を経て、同社はクラシックとジャズ分野の特別録音企画を加速し、ヨーロッパ13か国の提携先へリリースを増やす計画を決めました。ハル・ムーニー(Hal Mooney, 1911–1995)はニューヨークでアーティスト・アンド・レパートリー業務に専念し、ピート・ルゴロ(Pete Rugolo, 1915–2011)は西海岸で特別録音企画、とくにジャズ録音を扱う体制となりました。同記事では、パティ・ペイジ(Patti Page, 1927–2013)、サラ・ヴォーン(Sarah Vaughan, 1924–1990)、ビリー・エクスタイン(Billy Eckstine, 1914–1993)らの録音計画も示されています。
デッカ・レコード
1957年4月20日号のキャッシュ・ボックス(The Cash Box)は、デッカ・レコード(Decca Records)が4月3日–5日にニューヨークのパーク・シェラトン・ホテル(Park Sheraton Hotel)で地区責任者会議を開き、今後の会社計画を協議したことを報じています。同号では、ノーマン・ケイ(Norman Kaye, 生没年不明)の初ソロ・シングル「Blue Jean Betty」/「Snake Charmer」、ワーナー・マック(Warner Mack, 1935–2022)の専属契約と初回発売予定「Is It Wrong」/「Baby Squeeze Me」、ルディ・ハンセン(Rudy Hansen, 生没年不明)の契約とナッシュヴィル(Nashville)での録音も確認できます。デッカ・レコード(Decca Records)は、ポピュラー、カントリー寄りの歌手契約、地区販売会議を通じて、1957年4月に制作と販売の両面を動かしていました。
エレクトラ・レコード
1957年4月20日号のキャッシュ・ボックス(The Cash Box)は、エレクトラ・レコード(Elektra Records)の1957年3月31日締め四半期売上が同社史上最高で、1956年第4四半期比30%増だったと報じています。同記事は、同社が新譜をモノラルとステレオの両方式で録音しており、ステレオ・テープ版を「エレクトラテープ(Elektratape)」としてリヴィングストン・オーディオ・プロダクツ(Livingston Audio Products)が製造していたことも示しています。1957年4月時点のエレクトラ・レコード(Elektra Records)は、フォーク、ポピュラー、ジャズを含むサンプラー発売準備と、ステレオ・テープ市場への対応を同時に進めていました。
メトロ・ゴールドウィン・メイヤー・レコード
1957年4月20日号のキャッシュ・ボックス(The Cash Box)は、メトロ・ゴールドウィン・メイヤー・レコード(MGM Records)が映画『This Could Be the Night』のサウンドトラック・アルバムを急ぎ市場投入すると報じています。同アルバムには映画中の歌曲と音楽が収められ、「This Could Be the Night」「Trumpet Boogie」「I Got It Bad and That Ain’t Good」「Mambo Cambo」「Blue Moon」「I’m Gonna Live ’Till I Die」「When the Saints Go Marching In, March」などが挙げられています。映画音楽と長時間盤を結びつける同社のサウンドトラック商品化が、当月の資料上で確認できます。
ルーレット・ラマ・ジー・ティコ各レーベル
1957年4月20日号のキャッシュ・ボックス(The Cash Box)は、ルーレット・レコード(Roulette Records)、ラマ・レコード(Rama Records)、ジー・レコード(Gee Records)、ティコ・レコード(Tico Records)が西海岸代理人としてジュールズ・ロッシュ・アソシエイツ(Jules Losch Associates)を任命したことを報じています。同代理人はハリウッド(Hollywood)に新事務所を設け、録音用楽曲の取得、新人契約、映画音楽の獲得、11の西部州における流通・販促連絡を担当する予定でした。この動きは録音セッションの記録ではありませんが、独立系レーベル群が西海岸の制作・出版・映画音楽市場へ接近した企業活動として確認できます。
ディズニーランド・レコード
1957年4月20日号のキャッシュ・ボックス(The Cash Box)は、ディズニーランド・レコード(Disneyland Records)が児童向けの新シリーズ「ストーリー・テラー」(Story Teller)を開始し、第1作として『シンデレラ』(Cinderella)を発売したことを報じています。同作は、クリフ・エドワーズ(Cliff Edwards, 1895–1971)がジミニー・クリケット(Jiminy Cricket)として物語を語り、映画『シンデレラ』(Cinderella)のサウンドトラック由来の音楽を背景に使う構成でした。20分超の内容で、10インチ長時間盤1枚または45回転拡張再生盤2枚の形で提供され、児童向けレコード市場における物語アルバムの商品化が確認できます。
ロンドン・レコード
1957年4月13日号のキャッシュ・ボックス(The Cash Box)は、ロンドン・レコード(London Records)がエルネスト・アンセルメ(Ernest Ansermet, 1883–1969)の録音歴25年を記念する消費者向け特別企画を始めたことを報じています。同企画では、エルネスト・アンセルメ(Ernest Ansermet, 1883–1969)がスイス・ロマンド管弦楽団(L’Orchestre de la Suisse Romande)を指揮した新作長時間盤の購入者に、限定盤「Special Anniversary Record」を特別価格で購入できる証明券を付ける仕組みが示されています。クラシック録音の長期カタログ化と販促を結びつけた動きとして、1957年4月の録音関連企業活動に含められます。
ヴァーヴ・レコード
1957年4月27日号のキャッシュ・ボックス(The Cash Box)は、ノーマン・グランツ(Norman Granz, 1918–2001)が率いるヴァーヴ・レコード(Verve Records)について、大規模な年商見通しと新作計画を報じています。同号の見出しでは、ヴァーヴ・レコード(Verve Records)が1957年に大きな事業規模へ達する見込みであることが示され、ニューポート・ジャズ・フェスティバル(Newport Jazz Festival)関連音源を5枚組アルバムとして発売する計画も確認できます。ジャズ録音をコンサート、フェスティバル、アルバム・ボックスの商品化へ接続する動きとして、同社は1957年4月の重要な録音関連企業に含められます。
