1957年6月に録音された音楽

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1957年6月に録音された音楽

1957年6月は、冷戦下の政治変動、核開発、宇宙・ミサイル技術、司法判断、感染症、自然災害が重なった月でした。カナダでは6月10日の連邦総選挙で、ジョン・ジョージ・ディーフェンベーカー(John George Diefenbaker, 1895–1979)率いるカナダ進歩保守党(Progressive Conservative Party of Canada)が勝利し、ルイ・スティーヴン・サンローラン(Louis Stephen St. Laurent, 1882–1973)のカナダ自由党(Liberal Party of Canada)政権からの交代が始まりました。ソビエト連邦(Union of Soviet Socialist Republics)では、ニキータ・セルゲーエヴィチ・フルシチョフ(Nikita Sergeyevich Khrushchev, 1894–1971)が党内反対派との権力闘争を進めました。アメリカ合衆国(United States of America)では6月11日にコンベアXSM-65Aアトラス(Convair XSM-65A Atlas)の初飛行が行われ、短時間で破壊されたものの大陸間弾道ミサイル開発の節目となりました。イギリス(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)はグラップル作戦(Operation Grapple)による核実験を太平洋地域で継続しました。6月24日にはロス対合衆国事件(Roth v. United States, 354 U.S. 476)で、合衆国最高裁判所(Supreme Court of the United States)がわいせつ表現と憲法上の保護範囲について判断を示しました。A(H2N2)亜型インフルエンザウイルス(Influenza A virus subtype H2N2)の流行は国際的に拡大し、6月27日にはハリケーン・オードリー(Hurricane Audrey)がアメリカ合衆国南部に大きな被害をもたらしました。

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1957年6月の録音に関する情報のまとめ

1957年6月の録音関連では、長時間盤、45回転盤、映画連動盤、ステレオ録音技術、ジャズ長時間盤、リズム・アンド・ブルース新譜をめぐる企業活動が並行して進みました。同時代業界紙『ビルボード(The Billboard)』1957年6月24日号では、ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ビクター(RCA Victor)によるステレオ長時間盤計画、ヴィック・レコード(Vik Records)やドット・レコード(Dot Records, Inc.)の制作・販売体制拡充、マーキュリー・レコード(Mercury Records)の長時間盤販促、リバティ・レコード(Liberty Records, Inc.)の新録音計画が扱われました。録音日付き資料では、アトランティック・レコーディング・コーポレーション(Atlantic Recording Corporation)とリバーサイド・レコード(Riverside Records)の1957年6月録音が具体的に残されています。

アールシーエー・ビクター

ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ビクター(RCA Victor)は、1957年6月時点でステレオ長時間盤の実用化に向けた動きを進めていました。『ビルボード(The Billboard)』1957年6月24日号では、同社がウェストレックス・コーポレーション(Westrex Corporation)と共同で研究していた互換性のあるステレオ長時間盤を年内に業界向けに実演する見通しと報じられています。同号には、エルヴィス・プレスリー(Elvis Presley, 1935–1977)の映画『ラヴィング・ユー(Loving You)』関連盤として、RCA Victor 47-7000、RCA Victor LPM-1515、RCA Victor EPA 2-1515の宣伝も掲載されました。

ヴィック・レコード

ヴィック・レコード(Vik Records)は、1957年6月時点でシングル部門とアルバム部門を分け、新規契約を通じて制作体制を拡充していました。『ビルボード(The Billboard)』1957年6月24日号では、アルバム側の契約者としてジュリー・ウィルソン(Julie Wilson, 1924–2015)、ニール・ウルフ(Neil Wolfe, 生没年不明)、ウィングド・ヴィクトリー・コーラス(Winged Victory Chorus)、ボビー・デュコフ(Bobby Dukoff, 生没年不明)、チャック・ウェイン(Chuck Wayne, 1923–1997)が挙げられ、シングル側ではブルック・ベントン(Brook Benton, 1931–1988)らの契約が報じられました。アールシーエー・ビクター(RCA Victor)系のレーベルとして、ポピュラー、ジャズ、ヴォーカル作品を含む商品展開を広げていたことが分かります。

コロムビア・レコード

コロムビア・レコード(Columbia Records)は、1957年6月にポピュラー・シングルとジャズ長時間盤の双方で販売活動を展開していました。『ビルボード(The Billboard)』1957年6月24日号には、ジョニー・レイ(Johnnie Ray, 1927–1990)の「ストリート・オブ・メモリーズ(Street of Memories)」と、レイ・コニフ(Ray Conniff, 1916–2002)参加の「ビルド・ユア・ラヴ(Build Your Love)」を組み合わせたColumbia 4-40942の広告が掲載されています。同号の長時間盤評では、カウント・ベイシー・オーケストラ(Count Basie Orchestra)のColumbia CL 997「ワン・オクロック・ジャンプ(One O’Clock Jump)」が、1942年–1950年のコロムビア音源をまとめた盤として扱われました。

デッカ・レコード

デッカ・レコード(Decca Records, Inc.)は、1957年6月にシングル新譜、映画音楽関連盤、店頭販売用品を含む販売活動を行っていました。『ビルボード(The Billboard)』1957年6月24日号には、ビクター・ヤング・アンド・ヒズ・オーケストラ(Victor Young and His Orchestra)の「アラウンド・ザ・ワールド(Around the World)」Decca 30262、ミルズ・ブラザーズ(The Mills Brothers)の「クイーン・オブ・ザ・シニア・プロム(Queen of the Senior Prom)」Decca 30299、レッド・フォーリー(Red Foley, 1910–1968)のDecca 30334、ブレンダ・リー(Brenda Lee)の「ダイナマイト(Dynamite)」Decca 30333などの広告が掲載されています。同号には、デッカ・レコード(Decca Records, Inc.)がレコード収納用品、ワイヤーラック、保管用封筒、レコードケース、デッカトーン針などを店頭供給する動きも載っています。

キャピトル・レコード

キャピトル・レコード(Capitol Records, Inc.)は、1957年6月の長時間盤市場で強い存在感を示していました。『ビルボード(The Billboard)』1957年6月24日号の長時間盤チャートには、ナット・キング・コール(Nat King Cole, 1919–1965)の「ラヴ・イズ・ザ・シング(Love Is the Thing)」Capitol W 824、テネシー・アーニー・フォード(Tennessee Ernie Ford, 1919–1991)の「ハイムズ(Hymns)」Capitol T 736、トミー・サンズ(Tommy Sands)の「ステディ・デイト・ウィズ・トミー・サンズ(Steady Date with Tommy Sands)」Capitol T 848、フランク・シナトラ(Frank Sinatra, 1915–1998)の「ア・スウィンギン・アフェア!(A Swingin’ Affair!)」Capitol W 803などが掲載されています。同号では、サルヴァトーレ・“トゥッティ”・カマラータ(Salvatore “Tutti” Camarata, 1913–2005)が同社系の音楽出版社であるビーコンズフィールド・ミュージック(Beechwood Music Corporation)に関わる動きも報じられています。

マーキュリー・レコード

マーキュリー・レコード(Mercury Records)は、1957年6月に長時間盤の価格訴求とシングル販売を並行して進めていました。『ビルボード(The Billboard)』1957年6月24日号では、「ワールド・イン・ハイファイ(World in Hi-Fi)」と題した長時間盤販促により、30点の長時間盤を2.98ドルで販売する施策が報じられています。同号のチャートには、パティ・ペイジ(Patti Page, 1927–2013)の「オールド・ケープ・コッド(Old Cape Cod)」Mercury 71101、プラターズ(The Platters)の「ヒーズ・マイン(He’s Mine)」Mercury 71032、ラスティ・ドレイパー(Rusty Draper, 1923–2003)の「フレイト・トレイン(Freight Train)」Mercury 71102などが掲載されています。ビリー・エクスタイン(Billy Eckstine, 1914–1993)のマーキュリー・レコード(Mercury Records)での最初のシングル発売予定も同号で報じられました。

ドット・レコード

ドット・レコード(Dot Records, Inc.)は、1957年6月にニューヨーク拠点の活動を強め、楽曲、マスター、タレント、オリジナル・キャスト・スコアの獲得を進めていました。『ビルボード(The Billboard)』1957年6月24日号では、ランディ・ウッド(Randy Wood, 1917–2011)が社長として説明し、ヘンリー・オノラティ(Henry Onorati, 生没年不明)が東部配給、販売促進、商品化などに関わることが記されています。同号のチャートには、パット・ブーン(Pat Boone)の「ラヴ・レターズ・イン・ザ・サンド(Love Letters in the Sand)」Dot 15570、ゲイル・ストーム(Gale Storm, 1922–2009)の「ダーク・ムーン(Dark Moon)」Dot 15558、デル・ヴァイキングス(The Del-Vikings)の「ウィスパリング・ベルズ(Whispering Bells)」Dot 15592などが掲載されています。

ヴァーヴ・レコード

ヴァーヴ・レコード(Verve Records)は、1957年6月にリッキー・ネルソン(Ricky Nelson, 1940–1985)のシングルでポップ市場に大きく露出していました。『ビルボード(The Billboard)』1957年6月24日号のポップ・チャートには、「ア・ティーンエイジャーズ・ロマンス(A Teenager’s Romance)」と「アイム・ウォーキン(I’m Walkin’)」を収めたVerve 10047が上位に掲載されています。同号広告でも同盤は大きく扱われ、若年層向けのポップ・ヒットとして宣伝されました。

アトランティック・レコーディング・コーポレーション

アトランティック・レコーディング・コーポレーション(Atlantic Recording Corporation)は、1957年6月にニューヨークとロサンゼルスで多数の録音を行いました。6月3日にはジェリー・グラント(Jerry Grant, 生没年不明)、6月5日にはジミー・ブリードラヴ(Jimmy Breedlove, 1930–2012)、6月7日にはジョージ・ワイン(George Wein, 1925–2021)らの録音が行われ、6月10日と6月17日にはミルト・ジャクソン(Milt Jackson, 1923–1999)セクステットのニューヨーク録音が記録されています。6月12日にはデレク・スミス・トリオ(Derek Smith Trio)、リンダ・ホプキンス(Linda Hopkins, 1924–2017)、アトコ・レコード(Atco Records)のコースターズ(The Coasters)の同日セッションがあり、6月18日にはロサンゼルスでヤング・ジェシー(Young Jessie, 1936–2020)の録音、6月20日にはアイヴォリー・ジョー・ハンター(Ivory Joe Hunter, 1914–1974)とレイ・エリス・オーケストラ(Ray Ellis’ Orchestra)、6月27日・6月30日にはサイ・ウォルター(Cy Walter, 1915–1968)の録音、6月30日にはクライド・マクファター(Clyde McPhatter, 1932–1972)の録音が行われました。

リバーサイド・レコード

リバーサイド・レコード(Riverside Records)では、1957年6月にソニー・ロリンズ(Sonny Rollins)とセロニアス・モンク(Thelonious Monk, 1917–1982)の重要な録音が行われました。6月11日–12日にはニューヨークのリーヴス・サウンド・スタジオ(Reeves Sound Studios)で、ソニー・ロリンズ(Sonny Rollins)カルテットによる「ジャスト・イン・タイム(Just in Time)」「トゥート、トゥート、トゥーツィー(Toot, Toot, Tootsie)」「ディアリー・ビラヴド(Dearly Beloved)」「エヴリ・タイム・ウィ・セイ・グッドバイ(Every Time We Say Goodbye)」などが録音されました。6月19日にも同スタジオでソニー・ロリンズ(Sonny Rollins)カルテットの追加録音があり、「ザ・ラスト・タイム・アイ・ソー・パリ(The Last Time I Saw Paris)」「ホワット・イズ・ゼア・トゥ・セイ(What Is There to Say)」「ファンキー・ホテル・ブルース(Funky Hotel Blues)」が記録されています。6月25日–26日には、セロニアス・モンク(Thelonious Monk, 1917–1982)セプテットによる「モンクス・ミュージック(Monk’s Music)」関連セッションが行われ、ジョン・コルトレーン(John Coltrane, 1926–1967)、コールマン・ホーキンス(Coleman Hawkins, 1904–1969)、アート・ブレイキー(Art Blakey, 1919–1990)らが参加しました。

リバティ・レコード

リバティ・レコード(Liberty Records, Inc.)は、1957年6月に少年ディキシーランド・バンドの録音計画を進めていました。『ビルボード(The Billboard)』1957年6月24日号では、12歳のメンバーから成るスモール・フライ・イン・ハイファイ(Small Fry in Hi-Fi)と契約したことが報じられています。同記事では、同グループが6月20日にレイ・ボルジャー(Ray Bolger, 1904–1987)のテレビ番組に出演するため東部へ向かい、6月25日に最初の長時間盤の録音を開始する予定であることが記されています。

ベツレヘム・レコード

ベツレヘム・レコード(Bethlehem Records)は、1957年6月に組織再編と販売施策を進めていました。『ビルボード(The Billboard)』1957年6月24日号では、ガス・ウィルディ(Gus Wildi, 生没年不明)が社長として言及され、レッド・クライド(Red Clyde, 生没年不明)とジョー・クイン(Joe Quinn, 生没年不明)が退いたことが記されています。同号では、同社の「チョップ・スーイ(Chop Suey)」販売プログラムが配給業者を通じて小売店にも広がっていたことも報じられました。

プレスティッジ・レコード

プレスティッジ・レコード(Prestige Records, Inc.)は、1957年6月に配給体制の変更とジャズ長時間盤の販売を進めていました。『ビルボード(The Billboard)』1957年6月24日号では、南カリフォルニアの配給体制をカリフォルニア・レコード・ディストリビューターズ(California Record Distributors)からセントラル・レコード・セールス(Central Record Sales)へ変更したことが報じられています。同号には、マイルス・デイヴィス・オールスターズ(Miles Davis All-Stars)の「ウォーキン(Walkin’)」Prestige 7076を含むマイルス・デイヴィス(Miles Davis, 1926–1991)関連アルバムの広告、およびレッド・ガーランド(Red Garland, 1923–1984)の「レッド・ガーランズ・ピアノ(Red Garland’s Piano)」Prestige LP 7086の評も掲載されています。

エレクトラ・レコード

エレクトラ・レコード(Elektra Records)は、1957年6月にジャズ長時間盤を市場に出していました。『ビルボード(The Billboard)』1957年6月24日号の新譜評では、テディ・チャールズ(Teddy Charles, 1928–2012)の「ヴァイブ・ラント(Vibe-Rant)」Elektra 136が取り上げられています。ヴァイブ奏者としてのテディ・チャールズ(Teddy Charles, 1928–2012)の演奏を中心にした作品として扱われ、エレクトラ・レコード(Elektra Records)がフォーク系だけでなくジャズ長時間盤にも関与していたことを示しています。

サヴォイ・レコード

サヴォイ・レコード(Savoy Record Co., Inc.)は、1957年6月にリズム・アンド・ブルース新譜と地域配給の動きを進めていました。『ビルボード(The Billboard)』1957年6月24日号のリズム・アンド・ブルース新譜評では、クラレンス・“バッド・ボーイ”・パーマー(Clarence “Bad Boy” Palmer, 生没年不明)のSavoy 1515と、ナッピー・ブラウン(Nappy Brown, 1929–2008)のSavoy 1514が取り上げられています。同号の業界消息欄では、サヴォイ・レコード(Savoy Record Co., Inc.)がフロリダ地域の取扱いをマイアミビーチのトゥルートーン・ディストリビューターズ(Trutone Distributors)に任せることも報じられました。

レミントン・レコード

レミントン・レコード(Remington Records)は、1957年6月に映画俳優イヴォンヌ・デ・カーロ(Yvonne De Carlo, 1922–2007)の録音デビュー盤を準備していました。『ビルボード(The Billboard)』1957年6月24日号では、同社がイヴォンヌ・デ・カーロ(Yvonne De Carlo, 1922–2007)によるブルース曲のアルバムを、ワーナー・ブラザース(Warner Bros.)映画『バンド・オブ・エンジェルズ(Band of Angels)』の公開時期に合わせて発売する計画と報じられています。映画出演者の話題性と録音商品を結びつける販売計画として位置づけられます。