1957年5月に録音された音楽

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1957年5月に録音された音楽

1957年5月は、冷戦下の同盟再編と核開発、大衆文化の国際化が並行して進みました。5月2日、アメリカ合衆国(United States of America)ではジョセフ・レイモンド・マッカーシー(Joseph Raymond McCarthy, 1908–1957)が死去し、反共調査で象徴化された時代が一つの区切りを迎えました。同日、南アフリカ連邦(Union of South Africa)は「南アフリカの呼び声(Die Stem van Suid-Afrika / The Call of South Africa)」を公式国歌としました。5月8日、ベトナム共和国(Republic of Viet-Nam)のゴ・ディン・ジエム(Ngô Đình Diệm, 1901–1963)がアメリカ合衆国(United States of America)を訪問し、ドワイト・デイヴィッド・アイゼンハワー(Dwight David Eisenhower, 1890–1969)政権との共同声明で支援関係を示しました。5月15日、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)はグラップル作戦(Operation Grapple)で熱核兵器実験を行いました。5月16日、ポール=アンリ・スパーク(Paul-Henri Spaak, 1899–1972)が北大西洋条約機構(North Atlantic Treaty Organization)事務総長に就任しました。5月24日、台北市(Taipei)では五二四事件(May 24 Incident)が発生し、アメリカ合衆国(United States of America)と中華民国(Republic of China)の関係に緊張を生じさせました。5月30日、レアル・マドリード・クルブ・デ・フトボル(Real Madrid Club de Fútbol)はヨーロピアン・チャンピオン・クラブズ・カップ(European Champion Clubs’ Cup)決勝でアソチアツィオーネ・カルチョ・フィオレンティーナ(Associazione Calcio Fiorentina)を破り、同大会連覇を達成しました。

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1957年5月の録音に関する情報のまとめ

1957年5月の録音関連では、ロックンロールのシングル市場、映画音楽・テレビ音楽の長時間レコード化、ショー音楽の録音物販売が並行して進みました。アールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)ではエルヴィス・プレスリー(Elvis Presley, 1935–1977)の映画関連録音が行われ、ブランズウィック・レコード(Brunswick Records)、アトコ・レコード(Atco Records)、サン・レコード(Sun Records)ではロックンロール系シングルの販売が拡大しました。キャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)、コロムビア・レコード(Columbia Records)、ヴァーヴ・レコード(Verve Records)、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)では、長時間レコードや映画・テレビ音楽の市場展開が目立ちました。

アールシーエー・ヴィクター

アールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)は、1957年5月にエルヴィス・プレスリー(Elvis Presley, 1935–1977)の映画『監獄ロック(Jailhouse Rock)』関連録音を進めました。1957年5月3日にはハリウッドのラジオ・レコーダーズ(Radio Recorders)で録音が行われ、5月9日にはメトロ=ゴールドウィン=メイヤー(Metro-Goldwyn-Mayer)サウンドステージで「ドント・リーヴ・ミー・ナウ(Don’t Leave Me Now)」の追加録音が行われました。これらの録音は、同年公開映画と連動するアールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)の重要なロックンロール関連制作となりました。

キャピトル・レコード

キャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)は、1957年5月6日にフランク・シナトラ(Frank Sinatra, 1915–1998)の長時間レコード『ア・スウィンギン・アフェア!(A Swingin’ Affair!)』を発売しました。同作はネルソン・リドル(Nelson Riddle, 1921–1985)の編曲によるスウィング系ヴォーカル・アルバムで、録音は1956年11月にキャピトル・スタジオA(Capitol Studio A)で行われました。1957年5月のキャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)は、成熟した長時間レコード市場に向けて、フランク・シナトラ(Frank Sinatra, 1915–1998)のアルバム作品を主要商品として展開していました。

コロムビア・レコード

コロムビア・レコード(Columbia Records)は、テレビ・ミュージカル『シンデレラ(Cinderella)』のオリジナル・テレビジョン・キャスト録音を1957年春に発売し、同年5月にも批評・販売面で存在感を示しました。同作はリチャード・ロジャーズ(Richard Rodgers, 1902–1979)とオスカー・ハマースタイン2世(Oscar Hammerstein II, 1895–1960)によるテレビ向けミュージカルで、ジュリー・アンドリュース(Julie Andrews)を中心とする出演者の録音物としてまとめられました。コロムビア・レコード(Columbia Records)は、テレビ放送から派生する音楽作品を長時間レコード市場に接続しました。

ヴァーヴ・レコード

ヴァーヴ・レコード(Verve Records)は、映画『パリの恋人(Funny Face)』のオリジナル・サウンドトラック録音を映画公開と連動して展開しました。同録音はフレッド・アステア(Fred Astaire, 1899–1987)、オードリー・ヘプバーン(Audrey Hepburn, 1929–1993)、ケイ・トンプソン(Kay Thompson, 1909–1998)を中心とする映画音楽盤で、1957年5月の『ザ・ニューヨーカー(The New Yorker)』でも批評対象となりました。ヴァーヴ・レコード(Verve Records)は、ジャズ系・ポピュラー系のカタログに加えて、映画音楽の長時間レコード展開も進めていました。

デッカ・レコード社

デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)は、1957年5月の長時間レコード市場で映画『八十日間世界一周(Around the World in 80 Days)』のサウンドトラック盤を展開していました。同作はヴィクター・ヤング(Victor Young, 1900–1956)の音楽による映画音楽盤で、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)から12インチ長時間レコード Decca DL 9046 として発売されました。映画音楽と長時間レコードを結びつける販売展開は、1957年のアルバム市場で重要な位置を占めました。

ブランズウィック・レコード

ブランズウィック・レコード(Brunswick Records)は、1957年5月27日にザ・クリケッツ(The Crickets)の「ザットル・ビー・ザ・デイ(That’ll Be the Day)」を発売しました。同録音はバディ・ホリー(Buddy Holly, 1936–1959)を中心とするザ・クリケッツ(The Crickets)の代表的録音で、1957年2月25日にニューメキシコ州クローヴィス(Clovis, New Mexico)のノーマン・ペティ(Norman Petty, 1927–1984)のスタジオで録音されました。ブランズウィック・レコード(Brunswick Records)は、この発売によって1957年後半のロックンロール市場に大きく関与しました。

アトコ・レコード

アトコ・レコード(Atco Records)は、1957年5月にザ・コースターズ(The Coasters)の「ヤング・ブラッド(Young Blood)」/「サーチン(Searchin’)」をシングル Atco 6087 として展開していました。『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』1957年5月18日号では同盤が取り上げられ、リズム・アンド・ブルースとロックンロールの境界を越える市場性が示されました。ザ・コースターズ(The Coasters)の録音は1957年2月15日に行われ、1957年5月にはアトコ・レコード(Atco Records)の主要シングルとして流通しました。

サン・レコード

サン・レコード(Sun Records)は、ジェリー・リー・ルイス(Jerry Lee Lewis, 1935–2022)の「ホール・ロッタ・シェイキン・ゴーイン・オン(Whole Lotta Shakin’ Goin’ On)」を1957年春に発売し、1957年5月には同盤の流通が広がりました。同録音は1957年2月にテネシー州メンフィス(Memphis, Tennessee)のサン・スタジオ(Sun Studio)で録音され、1957年4月にサン・レコード(Sun Records)から発売されました。1957年5月のサン・レコード(Sun Records)は、ジェリー・リー・ルイス(Jerry Lee Lewis, 1935–2022)を中心にロックンロール市場で存在感を強めました。