1957年11月に録音された音楽
1957年11月は、冷戦下の宇宙開発、核兵器開発、安全保障、社会秩序、文化産業の動きが集中した月です。1日、アメリカ合衆国ミシガン州でマキナック橋(Mackinac Bridge)が開通し、同州のロウアー半島とアッパー半島が道路で結ばれました。3日、ソビエト社会主義共和国連邦(Union of Soviet Socialist Republics)はスプートニク2号(Sputnik 2)を打ち上げ、犬のライカ(Laika)を地球周回軌道に送りました。8日、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)はクリスマス島(Christmas Island)でグラップルX作戦(Operation Grapple X)の核実験を実施しました。14日、アメリカ合衆国ニューヨーク州でアパラチン会議(Apalachin Meeting)が摘発され、組織犯罪への捜査体制に大きな影響を与えました。14日–16日にはモスクワで社会主義国共産党・労働者党代表者会議(Conference of Representatives of Communist and Workers’ Parties of Socialist Countries)、16日–19日には国際共産党・労働者党会議(International Meeting of Communist and Workers Parties)が開かれ、冷戦下の共産主義陣営の方針が示されました。25日にはドワイト・デイヴィッド・アイゼンハワー(Dwight David Eisenhower, 1890–1969)が軽度の脳卒中を発症し、アメリカ合衆国の政権運営にも注目が集まりました。文化産業では、映画会社系レーベルであるユナイテッド・アーティスツ・レコード(United Artists Records)の始動が同時代業界紙に現れ、映画とレコード事業の結びつきがより明確になりました。
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1957年11月の録音に関する情報のまとめ
1957年11月の録音関連資料では、録音そのものの個別セッションよりも、レコード会社による販売網、会員制販売、映画連動型レーベル運営、録音拠点整備の動きが目立ちます。ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)は、ブック・オブ・ザ・マンス・クラブ社(Book-of-the-Month Club, Inc.)と組んだクラシック長時間レコードの会員制販売を打ち出し、同時期にナッシュヴィルの録音拠点も業界向けに訴求していました。キャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)もレコード・クラブ販売を進め、ユナイテッド・アーティスツ・レコード(United Artists Records)は映画音楽と新録音物を結びつける新レーベルとして登場しました。さらに、独立系レーベルのヴイ・アイ・ピー・レコード(V.I.P. Records)は国外配給網を示し、録音物の市場が北米内だけでなく海外流通を前提に拡張していたことが分かります。演奏家側では、同年6月にアメリカ音楽家連盟ローカル47(American Federation of Musicians Local 47)をめぐる対立が報じられており、映画・放送・録音の再使用料、雇用保護、基金制度をめぐる問題が、1957年の録音産業を支える労働環境の重要な背景になっていました。
アールシーエー・ヴィクター
ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)は、1957年11月にブック・オブ・ザ・マンス・クラブ社(Book-of-the-Month Club, Inc.)との提携を通じて、ザ・アールシーエー・ヴィクター・ソサエティ・オブ・グレート・ミュージック(The RCA Victor Society of Great Music – Presented by The Book of the Month Club)を発表しました。ザ・ビルボード(The Billboard)1957年11月11日号では、同計画がクラシック長時間レコードを対象にした会員制販売として報じられ、ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1957年11月23日号でも同趣旨の展開が確認できます。また、アメリカ合衆国議会図書館(Library of Congress)のアールシーエー・スタジオ・ビー(RCA Studio B)資料では、ザ・ビルボード(The Billboard)1957年11月11日号にナッシュヴィルのアールシーエー・ヴィクター・スタジオ(RCA Victor Studio)の広告が掲載されたことが示されており、同社が販売制度と録音拠点の両面で事業を拡張していたことが分かります。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1957/Billboard%201957-11-11.CV02.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1957/CB-1957-11-23.pdf
- https://tile.loc.gov/storage-services/master/pnp/habshaer/tn/tn0400/tn0437/data/tn0437data.pdf
キャピトル・レコード
キャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)は、1957年11月にキャピトル・レコード・クラブ(Capitol Record Club)をめぐる販売施策を進めました。ザ・ビルボード(The Billboard)1957年11月11日号では、同社が通信販売型の会員制度を利用してレコード販売を拡大しようとする動きが報じられています。これは個別録音日を示す情報ではありませんが、録音済みレパートリーを小売店販売だけに依存せず、会員制・郵送販売を通じて展開しようとする1950年代後半の大手レコード会社の販売戦略を示す動きです。
ユナイテッド・アーティスツ・レコード
ユナイテッド・アーティスツ映画会社(United Artists Corporation)のレコード部門であるユナイテッド・アーティスツ・レコード(United Artists Records)は、1957年11月の同時代業界紙で最初期の活動が確認できます。ザ・ビルボード(The Billboard)1957年11月11日号では、同レーベルの最初期の契約と、映画レジェンド・オブ・ザ・ロスト(Legend of the Lost)と連動するレコード発売計画が報じられました。ザ・キャッシュ・ボックス(The Cash Box)1957年11月23日号にも、同レーベルの発足直後の宣伝写真と告知が掲載されており、映画会社が自社作品の主題歌・サウンドトラックとレコード販売を結びつける事業体制を整えつつあったことが分かります。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1957/Billboard%201957-11-11.CV02.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/50s/1957/CB-1957-11-23.pdf
- https://www.7tt77.co.uk/UNITED_ARTISTS.html
ヴイ・アイ・ピー・レコード
ヴイ・アイ・ピー・レコード(V.I.P. Records)は、1957年11月25日号のザ・ビルボード(The Billboard)で、新しい独立系レーベルとして国外配給契約を設定したことが報じられました。同記事では、国外配給先としてダブリュー・アンド・ジー・レコード・ディストリビューターズ(W.&G. Record Distributors)、ポリネシアン・ディストリビューターズ(Polynesian Distributors)、アンヴェール・ラジオ(Anver-Radio)、シーコ・ディストリビューターズ(Seeco Distributors)、クオリティ・レコード(Quality Records)が確認できます。国内では、東部の宣伝にディック・ウィンターズ(Dick Winters, 生没年不明)、西海岸の特別宣伝にサム・ラハイ(Sam Lahaie, 生没年不明)が起用され、サン・ランド・ミュージック(Sun Land Music)とユニヴァーサル・ディストリビューターズ(Universal Distributors)との関係も報じられました。1957年11月時点で確認できる活動は録音セッションではなく、独立系レーベルが北米外の市場を含む配給網を構築しようとした動きです。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1957/Billboard%201957-11-25a.pdf
- https://archive.org/details/bub_gb_yR0EAAAAMBAJ
- https://archive.org/stream/bub_gb_yR0EAAAAMBAJ/bub_gb_yR0EAAAAMBAJ_djvu.txt
アメリカ音楽家連盟ローカル47
アメリカ音楽家連盟ローカル47(American Federation of Musicians Local 47)をめぐる対立は、1957年の録音産業における演奏家側の重要な背景です。ザ・ビルボード(The Billboard)1957年6月24日号は、ミュージシャンズ・ディフェンス・ファンド(Musicians’ Defense Fund)を率いるセシル・リード(Cecil Read, 生没年不明)が、1957年6月23日にハリウッド・パラディアム(Hollywood Palladium)で西海岸の音楽家を集めた大規模集会を呼びかけたことを報じました。同記事では、アメリカ音楽家連盟ローカル47(American Federation of Musicians Local 47)の役員3人が、会長エリオット・ダニエル(Eliot Daniel, 生没年未確認)と方針面で分裂したことも伝えられています。争点は、アメリカ音楽家連盟(American Federation of Musicians)本部、音楽演奏基金(Music Performance Fund)、映画・放送・録音に関わる演奏家の雇用機会と残余権利をめぐる問題でした。これは1957年11月のレコード会社別活動ではありませんが、同年の録音産業を取り巻く労働・権利環境を示す重要な動きです。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1957/Billboard%201957-06-24.pdf
- https://archive.org/stream/bub_gb_yR0EAAAAMBAJ/bub_gb_yR0EAAAAMBAJ_djvu.txt
