1958年5月に録音された音楽

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1958年5月に録音された音楽

1958年5月は、冷戦下の安全保障、脱植民地化、宇宙開発、大衆文化が同時に動いた月でした。1958年5月1日、アルトゥーロ・フロンディシ(Arturo Frondizi, 1908–1995)がアルゼンチン共和国(Argentine Republic)大統領に就任しました。1958年5月12日、アメリカ合衆国(United States of America)とカナダ(Canada)は北アメリカ防空司令部(North American Air Defense Command)の協定を正式化しました。1958年5月13日、ベネズエラ共和国(Republic of Venezuela)のカラカス(Caracas)で、リチャード・ミルハウス・ニクソン(Richard Milhous Nixon, 1913–1994)副大統領一行の車列が襲撃されました。同日、フランス第四共和政(French Fourth Republic)ではアルジェ(Algiers)での政治危機が始まり、シャルル・ド・ゴール(Charles de Gaulle, 1890–1970)の政権復帰へ向かう転機となりました。1958年5月15日、ソビエト社会主義共和国連邦(Union of Soviet Socialist Republics)はスプートニク3号(Sputnik 3)を打ち上げました。1958年5月2日–18日のカンヌ国際映画祭(Festival de Cannes)では『鶴は翔んでゆく(The Cranes Are Flying)』がパルム・ドール(Palme d’Or)を受賞し、1958年5月28日には欧州チャンピオン・クラブズ・カップ(European Champion Clubs’ Cup)決勝でレアル・マドリード・クルブ・デ・フットボル(Real Madrid Club de Fútbol)がアッソチアツィオーネ・カルチョ・ミラン(Associazione Calcio Milan)を3–2で破りました。

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1958年5月の録音に関する情報のまとめ

1958年5月の録音産業では、モノラル長時間再生盤を中心とした販売体制に、ステレオ・ディスク発売準備、45回転エクステンデッド・プレイ盤の販促、映画会社系レコード事業の拡大、レコード製造工場の再編が重なりました。『ビルボード(Billboard)』1958年5月の各号では、アールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)、コロムビア・レコード社(Columbia Records, Inc.)、キャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)、マーキュリー・レコード・コーポレーション(Mercury Record Corporation)などの活動が報じられました。録音作品では、キャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)のペギー・リー(Peggy Lee, 1920–2002)による「フィーヴァー(Fever)」、フランク・シナトラ(Frank Sinatra, 1915–1998)による『フランク・シナトラ・シングズ・フォー・オンリー・ザ・ロンリー(Frank Sinatra Sings for Only the Lonely)』関連セッションが1958年5月の重要な動きに含まれます。

アールシーエー・ヴィクター

ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ社(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)は、1958年5月、45回転エクステンデッド・プレイ盤「ゴールド・スタンダード(Gold Standard)」シリーズを、プロクター・アンド・ギャンブル社(The Procter & Gamble Company)の販促企画と結びつけて展開しました。1958年5月12日号の『ビルボード(Billboard)』では、同社を含む主要レコード会社のステレオ・ディスク対応が報じられました。1958年5月19日号では、同社の制作部門に関する人事も扱われ、当月のアールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)は、新しい盤種、販促、制作組織の面で市場対応を進めていました。

コロムビア・レコード

コロムビア・レコード社(Columbia Records, Inc.)は、1958年5月、長時間再生盤とハーモニー(Harmony)系商品を含む計22点規模のアルバム・パッケージを市場に出しました。1958年5月5日号の『ビルボード(Billboard)』では、ゴダード・リーバーソン(Goddard Lieberson, 1911–1977)が制作した『ブリガドゥーン(Brigadoon)』の録音が、同社のミュージカル録音路線の一部として扱われました。同社は、ミュージカル録音、既存アルバム販売、低価格系列商品を組み合わせて、1958年5月のアルバム市場に臨みました。

キャピトル・レコード

キャピトル・レコード社(Capitol Records, Inc.)は、1958年5月、17点のアルバム・パッケージを市場に出しました。1958年5月12日号の『ビルボード(Billboard)』では、同社が8月向けのステレオ・ディスクを準備していることが報じられました。1958年5月19日、ペギー・リー(Peggy Lee, 1920–2002)はキャピトル・スタジオ(Capitol Studios)で「フィーヴァー(Fever)」を録音しました。1958年5月29日には、フランク・シナトラ(Frank Sinatra, 1915–1998)がキャピトル・スタジオ(Capitol Studios)で『フランク・シナトラ・シングズ・フォー・オンリー・ザ・ロンリー(Frank Sinatra Sings for Only the Lonely)』の主要セッションを行いました。同作はネルソン・リドル(Nelson Riddle, 1921–1985)の編曲を中心とするアルバムとして制作されました。

デッカ・レコード

デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)は、1958年5月、ステレオ・ディスク市場へ向かう主要会社の一つとして業界誌に取り上げられました。同月、同社はインディアナ州リッチモンド(Richmond, Indiana)のレコード・プレス工場をマーキュリー・レコード・コーポレーション(Mercury Record Corporation)へ売却しました。この工場売却は、1950年代後半の長時間再生盤市場拡大とステレオ盤準備期における、レコード製造・供給体制の再編として位置づけられます。

マーキュリー・レコード・コーポレーション

マーキュリー・レコード・コーポレーション(Mercury Record Corporation)は、1958年5月、デッカ・レコード社(Decca Records, Inc.)からインディアナ州リッチモンド(Richmond, Indiana)のレコード・プレス工場を購入しました。同工場は、スター・ピアノ社(Starr Piano Co.)のジェネット・レコード(Gennett Records)と結びついたリッチモンドのレコード製造史を持つ施設でした。マーキュリー・レコード・コーポレーション(Mercury Record Corporation)による同工場の取得は、同社のレコード製造能力と供給体制の強化に関わる動きでした。

ケイデンス・レコード

ケイデンス・レコード(Cadence Records)は、1958年5月のシングル市場で、エヴァリー・ブラザーズ(The Everly Brothers)による「オール・アイ・ハヴ・トゥ・ドゥ・イズ・ドリーム(All I Have to Do Is Dream)」を大きく上昇させました。同作はCadence 1348として発売され、1958年5月12日号の『ビルボード(Billboard)』で首位級のヒットとして扱われ、1958年5月19日号でも主要チャートの上位に位置しました。録音は1958年3月6日にナッシュビル(Nashville)で行われ、1958年5月には発売後の市場反応が同社の重要な動きとなりました。

ステファニー・レコード

ステファニー・レコード(Stepheny Records)は、1958年5月、ジャズ系アルバムを投入する新興レーベルとして業界誌に登場しました。同社は長時間再生盤を中心に、ジャズ商品を市場に送り出しました。1958年5月の同社の動きは、大手レコード会社だけでなく、小規模レーベルも長時間再生盤とステレオ化を視野に入れた商品展開を進めていたことを示しています。