1958年11月に録音された音楽

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1958年11月に録音された音楽

1958年11月は、冷戦、脱植民地化、宇宙開発、王室・皇室報道、音楽市場の変化が重なった月でした。アメリカ航空宇宙局(National Aeronautics and Space Administration)は11月8日、月探査機パイオニア2号(Pioneer 2)を打ち上げましたが、月到達には至りませんでした。ソビエト社会主義共和国連邦(Union of Soviet Socialist Republics)のニキータ・セルゲーエヴィチ・フルシチョフ(Nikita Sergeyevich Khrushchev, 1894–1971)は11月10日に西ベルリン(West Berlin)問題で西側占領国を批判し、11月27日のソビエト社会主義共和国連邦政府覚書によってベルリン危機が深刻化しました。スーダン共和国(Republic of the Sudan)では11月17日、イブラヒム・アブード(Ibrahim Abboud, 1900–1983)率いる軍が政権を掌握しました。11月10日にはハリー・ウィンストン(Harry Winston, 1896–1978)から寄贈されたホープ・ダイヤモンド(Hope Diamond)がスミソニアン協会(Smithsonian Institution)に到着しました。フランス共和国(French Republic)では11月23日・30日にフランス国民議会(Assemblée nationale)選挙が行われ、新共和国連合(Union pour la nouvelle République)が大きく議席を伸ばしました。11月28日にはチャド共和国(Republic of Chad)、コンゴ共和国(Republic of the Congo)、ガボン共和国(Gabonese Republic)、モーリタニア・イスラム共和国(Islamic Republic of Mauritania)がフランス共同体(Communauté française)内の自治共和国となりました。日本では11月27日、皇室会議(Imperial Household Council)により皇太子明仁親王と正田美智子の婚約が承認されました。米国音楽市場では、コンウェイ・トゥイッティ(Conway Twitty, 1933–1993)、キングストン・トリオ(The Kingston Trio)、ザ・テディ・ベアーズ(The Teddy Bears)、ザ・チップマンクス・ウィズ・デヴィッド・セヴィル(The Chipmunks with David Seville)のヒットが、ロックンロール、フォーク、ノベルティ・レコードの商業的拡大を示しました。

この月の確認されている録音:0曲

1958年11月の録音に関する情報のまとめ

1958年11月の録音産業では、ステレオ・ロングプレイ盤、ステレオ再生機器、映画サウンドトラック盤、フォーク系ヒット、ロックンロール、ノベルティ・レコードが並行して市場を広げました。大手レコード会社ではアールシーエー・ビクター(RCA Victor)、キャピトル・レコード(Capitol Records)、コロムビア・レコード(Columbia Records)、エムジーエム・レコード(M-G-M Records)が目立ち、独立系ではリバティ・レコード(Liberty Records)、ドレ・レコード(Doré Records)、オーディオ・フィデリティ・レコード(Audio Fidelity Records)、エベレスト・レコード(Everest Records)がステレオ化とヒット商品化の流れを示しました。とくに当月は、アルバム市場で映画音楽とフォークが強く、シングル市場ではロックンロール、ティーン・ポップ、ノベルティ・レコードが大きく動いた時期でした。

アールシーエー・ビクター

アールシーエー・ビクター(RCA Victor)は、1958年11月にステレオ商品と映画サウンドトラック盤の両面で存在感を示しました。1958年11月3日付『ビルボード』(Billboard)の別冊「オーディション」(Audition)には、アールシーエー・ビクター(RCA Victor)のリビング・ステレオ(Living Stereo)広告が掲載され、ハリー・ベラフォンテ(Harry Belafonte, 1927–2023)の『ベラフォンテ・シングス・ザ・ブルース』(Belafonte Sings the Blues)などがステレオ時代の主要商品として打ち出されました。映画『南太平洋』(South Pacific)サウンドトラック盤も1958年11月のアルバム市場で上位を維持しました。さらに、同月の業界記事では、アールシーエー・ビクター(RCA Victor)によるヴィック・レーベル(Vik label)の整理が報じられ、ステレオ拡販と傘下レーベル再編が同時に進みました。

キャピトル・レコード

キャピトル・レコード(Capitol Records)は、1958年11月にキングストン・トリオ(The Kingston Trio)のヒットと、家庭用ステレオ再生機器の販売展開を同時に進めました。キングストン・トリオ(The Kingston Trio)の『トム・ドゥーリー』(Tom Dooley)は1958年11月17日に米国ポップ・チャート首位となり、フォーク系レコードの大衆市場化を象徴する作品となりました。同月の広告では、キャピトル・ステレオ・フォノグラフ(Capitol Stereo Phonographs)が1959年向け11機種、別体スピーカー、標準レコード再生対応を訴求し、キャピトル・レコード(Capitol Records)が録音物だけでなく家庭用再生環境の販売にも関与していたことを示しました。

コロムビア・レコードとエピック・レコード

コロムビア・レコード(Columbia Records)は、1958年11月にポピュラー、フォーク、カントリー、ジャズ系ロングプレイ盤を広く展開しました。ジョニー・キャッシュ(Johnny Cash, 1932–2003)の『ザ・ファビュラス・ジョニー・キャッシュ』(The Fabulous Johnny Cash)は1958年11月発売作品で、コロムビア・レコード(Columbia Records)移籍後の重要作品となりました。1958年11月3日付『ビルボード』(Billboard)の別冊「オーディション」(Audition)には、ミッチ・ミラー(Mitch Miller, 1911–2010)関連の『モア・シング・アロング・ウィズ・ミッチ』(More Sing Along with Mitch)やデイヴ・ブルーベック・カルテット(Dave Brubeck Quartet)の広告も掲載されました。同じ当月資料では、同系列のエピック・レコード(Epic Records)がステレオラマ(Stereorama)関連商品を掲げ、コロムビア系レーベルによるステレオ市場対応も前面に出されました。

エムジーエム・レコード

エムジーエム・レコード(M-G-M Records)は、1958年11月のシングル市場とアルバム市場の双方で目立つ動きを見せました。コンウェイ・トゥイッティ(Conway Twitty, 1933–1993)の『イッツ・オンリー・メイク・ビリーブ』(It’s Only Make Believe)は1958年11月10日付のビルボード・ホット100(Billboard Hot 100)で首位となり、11月24日にも再び首位に戻りました。1958年11月3日付『ビルボード』(Billboard)の別冊「オーディション」(Audition)には、エムジーエム・レコード(M-G-M Records)の映画『ジジ』(Gigi)サウンドトラック盤も掲載され、映画音楽とポップ・シングルの両面で同社の市場活動が展開されました。

リバティ・レコード

リバティ・レコード(Liberty Records)は、1958年11月にノベルティ・レコードとエキゾチカ系ロングプレイ盤の両面で市場に強い印象を残しました。ザ・チップマンクス・ウィズ・デヴィッド・セヴィル(The Chipmunks with David Seville)の『ザ・チップマンク・ソング(クリスマス・ドント・ビー・レイト)』(The Chipmunk Song (Christmas Don’t Be Late))は、ロス・バグダサリアン(Ross Bagdasarian, 1919–1972)がデヴィッド・セヴィル(David Seville)名義で制作したノベルティ・レコードで、1958年のクリスマス商戦を代表する作品となりました。1958年11月3日付『ビルボード』(Billboard)の別冊「オーディション」(Audition)には、マーティン・デニー(Martin Denny, 1911–2005)の『プリミティヴァ』(Primitiva)もリバティ・レコード(Liberty Records)のロングプレイ盤として掲載され、同社がポップ、エキゾチカ、ノベルティを横断して商品展開していたことを示しました。

ドレ・レコード

ドレ・レコード(Doré Records)は、1958年11月に独立系レーベルの大ヒット例として注目されました。ザ・テディ・ベアーズ(The Teddy Bears)の『トゥ・ノウ・ヒム・イズ・トゥ・ラヴ・ヒム』(To Know Him Is to Love Him)は、フィル・スペクター(Phil Spector, 1939–2021)が関与した初期ヒットで、1958年11月中に米国チャート上位へ進みました。ドレ・レコード(Doré Records)は大手レコード会社ではありませんでしたが、同作の成功により、1958年末のポップ市場における独立系レーベルの存在感を示しました。

オーディオ・フィデリティ・レコード

オーディオ・フィデリティ・レコード(Audio Fidelity Records)は、1958年11月のステレオ・レコード商品化を象徴する独立系レーベルでした。1958年11月3日付『ビルボード』(Billboard)の別冊「オーディション」(Audition)では、12インチのオーディオ・フィデリティ・ステレオディスク(Audio Fidelity Stereodisc)が6.95ドルで宣伝され、新しい4色ブックタイプ・ジャケット、ステレオ音響の説明、ポリエチレン・ケースが訴求されました。オーディオ・フィデリティ・レコード(Audio Fidelity Records)は、録音内容だけでなく、ステレオ盤の包装、解説、保存性まで含めて高忠実度商品の価値を強調しました。

エベレスト・レコード

エベレスト・レコード(Everest Records)は、1958年11月にステレオ時代の新興レーベルとして登場感を強めました。1958年11月3日付『ビルボード』(Billboard)の別冊「オーディション」(Audition)では、エベレスト・レコード(Everest Records)がステレオフォニック・アルバム、ステレオフォニック・テープ、カートリッジ、オープンリール、ロングプレイ盤、高忠実度シングル盤を掲げていました。同広告には、製品がベロック・レコーディング社(Belock Recording Co.)によるもので、デッカ・ディストリビューティング・コーポレーション(Decca Distributing Corporation)により配給されることも示され、同社が1958年11月時点で複数フォーマットによるステレオ時代の商品展開を前面に出していたことが分かります。