1958年10月に録音された音楽

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1958年10月に録音された音楽

1958年10月は、冷戦期の科学技術、脱植民地化、制度再編、宗教、文学、児童文化が交差した月です。1日、アメリカ航空宇宙局(National Aeronautics and Space Administration)が業務を開始し、アメリカ合衆国の宇宙開発体制が再編されました。2日、ギニア共和国(Republic of Guinea)がフランス共和国(French Republic)から独立しました。4日にはフランス共和国憲法(Constitution of 4 October 1958)が施行され、フランス第五共和政(French Fifth Republic)が成立しました。9日、ピウス十二世(Pius XII, 1876–1958)が死去し、28日にはヨハネ二十三世(John XXIII, 1881–1963)がローマ教皇に選出されました。13日にはマイケル・ボンド(Michael Bond, 1926–2017)の『くまのパディントン(A Bear Called Paddington)』が刊行されました。23日にはボリス・レオニードヴィチ・パステルナーク(Boris Leonidovich Pasternak, 1890–1960)のノーベル文学賞(Nobel Prize in Literature)受賞が発表され、文学と政治をめぐる国際的緊張が表面化しました。

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1958年10月の録音に関する情報のまとめ

1958年10月の録音産業では、ステレオ盤の販売拡大、年末商戦向けの長時間再生盤、ロックンロール、ドゥーワップ、フォーク、国際的ポップスの流通が同時に進みました。アメリカ合衆国市場では、エムジーエム・レコード(MGM Records)がシングル上位を占め、キャピトル・レコード(Capitol Records)のフォーク系録音、デッカ・レコード(Decca Records)の国際的ヒット、アールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)のステレオ・シングルとエルヴィス・プレスリー(Elvis Presley, 1935–1977)盤が目立ちました。独立系レーベルでも、ラヴ・レコード(Love Records)、クラス・レコード(Class Records)、エンド・レコード(End Records)、ドーレ・レコード(Dore Records)が全国チャート上で大きな存在感を示しました。

アールシーエー・ヴィクター

アールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)は、1958年10月にステレオ45回転シングルと主力歌手の新盤を並行して展開しました。1958年10月6日付『ビルボード(Billboard)』には、ペリー・コモ(Perry Como, 1912–2001)の「Mandolins in the Moonlight / Love Makes the World Go Round」をステレオ・シングルとして訴求する広告が掲載されました。1958年10月21日には、エルヴィス・プレスリー(Elvis Presley, 1935–1977)の「One Night / I Got Stung」がアールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)から発売され、1958年10月27日付『ビルボード(Billboard)』にも同盤の広告が掲載されました。

コロムビア・レコード

コロムビア・レコード(Columbia Records)は、1958年10月の年末商戦に向けて、ステレオ長時間再生盤、モノラル長時間再生盤、拡張再生盤、ステレオ・テープを組み合わせた商品展開を進めました。1958年10月27日付『ビルボード(Billboard)』には、同社が12点のステレオ・セット、3点のモノラル盤、5点の拡張再生盤、7点のステレオ・テープを投入する動きが掲載されました。1958年10月のコロムビア・レコード(Columbia Records)は、ステレオ時代のカタログ拡充と年末販売を軸に展開しました。

エムジーエム・レコード

エムジーエム・レコード(MGM Records)は、1958年10月のアメリカ合衆国シングル市場で上位を占めました。1958年10月27日付ビルボード・ホット100(Billboard Hot 100)では、トミー・エドワーズ(Tommy Edwards, 1922–1969)の「It’s All in the Game」が1位を維持し、コンウェイ・トゥイッティ(Conway Twitty, 1933–1993)の「It’s Only Make Believe」が2位へ上昇しました。エムジーエム・レコード(MGM Records)は、ポップ・バラードとロックンロール寄りのシングルを同時に上位へ送り込みました。

キャピトル・レコード

キャピトル・レコード(Capitol Records)は、ザ・キングストン・トリオ(The Kingston Trio)の「Tom Dooley」によって、1958年10月にフォーク系録音の商業的拡大を示しました。1958年10月20日付ビルボード・ホット100(Billboard Hot 100)で同曲は8位に入り、1958年10月27日付では3位へ上昇しました。ザ・キングストン・トリオ(The Kingston Trio)の録音は、1950年代末のアメリカ合衆国におけるフォーク系レコード市場の拡大を代表する動きになりました。

デッカ・レコード

デッカ・レコード(Decca Records)は、1958年10月も国際的ポップスとダンス・アレンジ録音の双方で存在感を保ちました。ドメニコ・モドゥーニョ(Domenico Modugno, 1928–1994)の「Nel blu, dipinto di blu」は同年夏から続く国際的ヒットとなり、トミー・ドーシー・オーケストラ・スターリング・ウォーレン・コヴィントン(Tommy Dorsey Orchestra Starring Warren Covington)の「Tea for Two Cha Cha」も1958年10月27日付ビルボード・ホット100(Billboard Hot 100)で上位に残りました。デッカ・レコード(Decca Records)は、欧州発のヒット曲とアメリカ合衆国のダンス向け録音を並行して流通させました。

マーキュリー・レコード

マーキュリー・レコード(Mercury Records)は、ビッグ・ボッパー(The Big Bopper, 1930–1959)の「Chantilly Lace」によって、1958年10月のロックンロール市場で上位を維持しました。1958年10月20日付ビルボード・ホット100(Billboard Hot 100)では同曲が10位に入り、1958年10月27日付でも上位圏に残りました。マーキュリー・レコード(Mercury Records)は、1958年秋のロックンロール系シングル市場で重要な商品を持っていました。

ラヴ・レコード

ラヴ・レコード(Love Records)は、コージー・コール(Cozy Cole, 1909–1981)の「Topsy II」によって、1958年10月のシングル市場で大きく上昇しました。1958年10月20日付ビルボード・ホット100(Billboard Hot 100)では同曲が3位に入り、1958年10月27日付でも4位を保ちました。ドラムを中心とするインストゥルメンタル録音がポップ・チャート上位に入った点で、ラヴ・レコード(Love Records)の同盤は1958年10月の特徴的なヒットでした。

キャデンス・レコード

キャデンス・レコード(Cadence Records)は、エヴァリー・ブラザーズ(The Everly Brothers)の録音で1958年10月もシングル市場上位を維持しました。1958年10月27日付ビルボード・ホット100(Billboard Hot 100)では「Bird Dog」が7位に入りました。1958年10月には「Problems / Love of My Life」もキャデンス・レコード(Cadence Records)から発売され、エヴァリー・ブラザーズ(The Everly Brothers)は既存ヒットと新盤の双方で同月の市場に登場しました。

クラス・レコード

クラス・レコード(Class Records)は、ボビー・デイ(Bobby Day, 1930–1990)の「Rockin’ Robin」によって、1958年10月のロックンロール市場で上位を保ちました。1958年10月27日付ビルボード・ホット100(Billboard Hot 100)では同曲が5位に入りました。クラス・レコード(Class Records)の同曲は、独立系レーベルの録音が全国的なポップ市場へ広がった事例になりました。

エンド・レコード

エンド・レコード(End Records)は、リトル・アンソニー・アンド・ジ・インペリアルズ(Little Anthony and the Imperials)の「Tears on My Pillow」によって、1958年10月のドゥーワップ系シングル市場で上位を維持しました。1958年10月27日付ビルボード・ホット100(Billboard Hot 100)では同曲が6位に入りました。エンド・レコード(End Records)は、ニューヨーク系ドゥーワップ録音の全国的流通を支えるレーベルとして同月のチャートに現れました。

ドット・レコード

ドット・レコード(Dot Records)は、ロビン・ルーク(Robin Luke)の「Susie Darlin’」で1958年10月のティーン・ポップ市場に存在感を示しました。1958年10月27日付ビルボード・ホット100(Billboard Hot 100)では同曲が9位に入りました。同曲はハワイで録音された後、ドット・レコード(Dot Records)からアメリカ合衆国本土市場向けに再発売され、1958年秋の全国的ヒットになりました。

ドーレ・レコード

ドーレ・レコード(Dore Records)は、ザ・テディ・ベアーズ(The Teddy Bears)の「To Know Him Is to Love Him」によって、1958年10月後半から全国チャートで上昇しました。1958年10月27日付ビルボード・ホット100(Billboard Hot 100)では同曲が上位圏へ進みました。ザ・テディ・ベアーズ(The Teddy Bears)の同盤は、フィル・スペクター(Phil Spector, 1939–2021)が関わった初期ヒットとして、1958年末のポップ市場へつながる録音になりました。