1958年9月に録音された音楽
1958年9月は、冷戦下の科学技術競争、教育政策、公民権、消費信用、災害、脱植民地化が重なった月でした。1日–13日にはスイス連邦ジュネーヴで、国際連合(United Nations)主催の第2回国際連合原子力平和利用国際会議(2nd United Nations International Conference on the Peaceful Uses of Atomic Energy)が開かれ、原子力の民生利用が国際的に議論されました。2日にはアメリカ合衆国で国防教育法(National Defense Education Act of 1958)が承認され、理数・外国語教育への連邦支援が強まりました。12日にはアメリカ合衆国最高裁判所(Supreme Court of the United States)がクーパー対アーロン事件(Cooper v. Aaron)で学校人種統合延期を認めず、同日、テキサス・インスツルメンツ・インコーポレイテッド(Texas Instruments Incorporated)ではジャック・セント・クレア・キルビー(Jack St. Clair Kilby, 1923–2005)が最初の動作する集積回路を示しました。9月にはバンク・オブ・アメリカ(Bank of America)がカリフォルニア州フレズノでバンクアメリカード(BankAmericard)を導入し、近代的な汎用クレジットカード事業が始まりました。20日にはマーティン・ルーサー・キング・ジュニア(Martin Luther King, Jr., 1929–1968)がニューヨーク市ハーレムで刺傷されましたが、一命を取り留めました。26日–28日には日本で狩野川台風(Typhoon Ida)が大きな被害をもたらしました。28日にはフランス共和国(French Republic)の新憲法案が国民投票で承認され、フランス第五共和政(French Fifth Republic)への移行が決まりましたが、フランス領ギニア(French Guinea)は同案を拒否し、独立への道を選びました。
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1958年9月の録音に関する情報のまとめ
1958年9月の録音産業では、ステレオ盤の普及、放送局向けステレオ・ディスク供給、国際配給契約、新レーベルの立ち上げ、LP販促、ジュークボックスのステレオ対応が同時に進みました。ビルボード誌(The Billboard)、バラエティ誌(Variety)、キャッシュ・ボックス誌(The Cash Box)には、レコード会社の録音・製造・配給・宣伝・再生機器をめぐる動きが並び、ステレオ化が家庭用レコード、放送局向け供給、店舗向けコイン式フォノグラフの各領域へ広がっていたことが示されています。国際流通では、アメリカ合衆国のレーベルがヨーロッパ配給網や海外製造体制を整える動きが目立ち、独立系レーベルも新系列レーベルや企画性の高いアルバムを通じて市場への露出を広げました。
コロムビア・レコード
コロムビア・レコード(Columbia Records)は、1958年9月のバラエティ誌(Variety)で、放送局向けステレオ・ディスク供給計画を準備している企業として報じられました。この計画は、当面はコロムビア・レコード(Columbia Records)が直接管理し、周波数変調放送局と従来のモノラル供給サービス加入局へステレオ・ディスクを供給するものとされました。同じ1958年9月のバラエティ誌(Variety)では、同社が新LP販促のため約100,000ドルを投じ、ニューヨーク・タイムズ紙(The New York Times)の日曜版に24ページの補遺広告を出し、その再印刷500,000部を小売店向けに配布する計画も報じられています。
マーキュリー・レコード
マーキュリー・レコード・コーポレーション(Mercury Record Corporation)は、1958年9月にステレオ新譜と国際配給の両面で動きを見せました。ビルボード誌(The Billboard)1958年9月8日号では、同社のステレオ新譜がポピュラー音楽とクラシック音楽を組み合わせた構成で紹介されました。ビルボード誌(The Billboard)1958年9月29日号では、マーキュリー・レコード・コーポレーション(Mercury Record Corporation)がロンドンのイーエムアイ・レコード社(EMI Records Ltd.)と、英国諸島および37か国でマーキュリー製品を配給する契約を結んだことが報じられました。さらに同号では、ベルギーのディスコ=プレス(Disco-Press)との相互ライセンス契約更新と、ベルギーのレコード販売店を対象にしたステレオ実演も扱われています。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1958/
- https://worldradiohistory.com/Billboard-Magazine.htm
キャピトル・レコード
キャピトル・レコード・インコーポレイテッド(Capitol Records, Inc.)は、1958年9月に録音・製造体制の強化を進めました。ビルボード誌(The Billboard)1958年9月29日号では、同社が録音運営、カスタム・サービス、録音部門を統括する新たな役職を設け、ハリウッドとニューヨークの録音関連部門を再編したことが報じられています。この人事は、ステレオ・ディスクの製造負荷、クラシック新譜、キャピトル・レコード・クラブ(Capitol Record Club)の拡大に対応するものとして説明されました。同号では、キャピトル・レコード・インコーポレイテッド(Capitol Records, Inc.)が『ザ・ミュージック・マン(The Music Man)』のアルバム・カバーをめぐり、レミントン・レコード・インコーポレイテッド(Remington Records, Inc.)などに対して訴訟を起こしたことも報じられています。
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アールシーエー・ヴィクター
ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)のアールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)は、1958年9月時点で10月発売向けのLP展開を準備していました。ビルボード誌(The Billboard)1958年9月29日号では、10月発売分としてポピュラー15点、クラシック8点、既発アルバムを含む特別6点の計29点のLPが予定されていたことが報じられています。この中には、ステレオを前面に出した『ボブ・アンド・レイ・スロー・ア・ステレオ・スペクタキュラー(Bob and Ray Throw a Stereo Spectacular)』も含まれていました。同号では、アールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)がビング・クロスビー(Bing Crosby, 1903–1977)とローズマリー・クルーニー(Rosemary Clooney, 1928–2002)を組み合わせたアルバム『ファンシー・ミーティング・ユー・ヒア(Fancy Meeting You Here)』を録音し、11月発売予定としていたことも報じられています。バラエティ誌(Variety)1958年9月号では、ダニー・ケイ(Danny Kaye, 1911–1987)主演映画『ミー・アンド・ザ・カーネル(Me and the Colonel)』のサウンドトラック盤をアールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)が発売する動きも扱われました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1958/
- https://worldradiohistory.com/Billboard-Magazine.htm
- https://archive.org/details/variety212-1958-09
エムジーエム・レコード
ロウズ・インコーポレイテッド(Loew’s Incorporated)のエムジーエム・レコード(MGM Records)は、1958年9月に大規模な秋季アルバム展開を行いました。ビルボード誌(The Billboard)1958年9月29日号は、同社が親レーベルと3つの系列レーベルを含む「Fall Album Festival」として51セットを発表したと報じています。バラエティ誌(Variety)1958年9月号では、エムジーエム・レコード(MGM Records)が新たにメトロ・レコード(Metro Records)を設け、既存のエムジーエム・レコード(MGM Records)本体のアーティスト負荷を分散し、ディスクジョッキーへの露出を広げる方針だったことが報じられました。同記事では、キューブ・レコード(Cub Records)、メトロ・ジャズ(Metro Jazz)、ライオン(Lion)など、同社の系列展開も説明されています。ビルボード・ホット100(Billboard Hot 100)1958年9月29日付では、トミー・エドワーズ(Tommy Edwards, 1922–1969)のエムジーエム・レコード(MGM Records)盤「イッツ・オール・イン・ザ・ゲーム(It’s All in the Game)」が1位となりました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/50s/1958/
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- https://www.billboard.com/charts/hot-100/1958-09-29/
- https://archive.org/details/variety212-1958-09
コルピックス・レコード
コルピックス・レコード(Colpix Records)は、1958年9月にコロムビア・ピクチャーズ社(Columbia Pictures Corporation)のレコード子会社として最初の商品群を発表しました。ビルボード誌(The Billboard)1958年9月29日号によれば、同社は9月25日に記者向け発表を行い、10月発売分として4枚のアルバムと1枚のシングルを示しました。同社の方針は、大量の月例LP発売ではなく、発売点数を絞り、各商品にテレビ、映画、ラジオを使った個別の販促を行うものでした。初回商品の中心には、原子力潜水艦ノーチラス(USS Nautilus, SSN-571)の北極海航行に関わる録音を収めた『ザ・ノーチラス(The Nautilus)』が含まれており、録音商品と同時代ニュースを結びつける企画性が示されました。
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ヴァンガード・レコーディング・ソサエティ
ヴァンガード・レコーディング・ソサエティ・インコーポレイテッド(Vanguard Recording Society, Inc.)は、1958年9月時点でステレオとモノラルを並行させたデモ盤販売を進めました。ビルボード誌(The Billboard)1958年9月29日号は、同社の10月発売分として、ウィーン国立歌劇場管弦楽団(Vienna State Opera Orchestra)によるフランツ・リスト(Franz Liszt, 1811–1886)の『ハンガリー狂詩曲(Hungarian Rhapsodies)』4曲を収めたデモ盤が、ステレオ盤とモノラル盤の両方で発売される予定だったと報じています。同記事では、この盤が『シェヘラザード(Scheherazade)』のステレオ・サンプラーに続く商品として位置づけられ、同社が完全作品をデモ盤として継続的に出す方針も示されました。
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オーディオ・フィデリティ・レコード
オーディオ・フィデリティ・レコード(Audio Fidelity Records)は、1958年9月にステレオ・ディスクの公開実演を積極的に行いました。ビルボード誌(The Billboard)1958年9月29日号では、同社が9月27日にニューヨーク市のタウン・ホール(The Town Hall)で「Stereodisc」の公開実演を6回行ったことが報じられています。同号では、翌週のニューヨーク・ハイ・ファイ・ショー(New York High-Fidelity Music Show)で、特設スタジオを使った連続的なライブ・ステレオ録音セッションを一般公開する予定だったことも報じられました。ステレオ盤は商品であると同時に、録音過程を見せる販促対象としても扱われていました。
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エービーシー=パラマウント・レコード
エービーシー=パラマウント・レコード(ABC-Paramount Records)は、1958年9月にヨーロッパ配給網とレパートリー獲得を重視しました。ビルボード誌(The Billboard)1958年9月29日号では、アメリカン・ブロードキャスティング=パラマウント・シアターズ社(American Broadcasting-Paramount Theatres, Inc.)系のエービーシー=パラマウント・レコード(ABC-Paramount Records)の幹部が、10月15日にヨーロッパへ向かい、既存契約と更新について現地配給業者と協議する予定だったことが報じられています。訪問先には英国、フランス、イタリア、ドイツ、オランダ、スウェーデンが含まれ、アメリカ国内向けに優れたヨーロッパ・レパートリーを獲得する調査も目的とされました。同号では、同社の国内営業幹部も全米配給業者を巡回する予定であり、海外と国内の配給整備が同時に進められていました。
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デッカ・レコード
デッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)は、1958年9月にも国際的なポピュラー楽曲のアメリカ市場展開で存在感を示しました。キャッシュ・ボックス誌(The Cash Box)1958年9月27日号は、ドメニコ・モドゥーニョ(Domenico Modugno, 1928–1994)のデッカ30747(Decca 30747)「Stay Here With Me」/「Io」を「Disk of the Week」として紹介し、「Nel Blu Dipinto Di Blu」に続く商品として扱いました。ビルボード誌(The Billboard)1958年9月29日号のアルバム・チャートでも、ドメニコ・モドゥーニョ(Domenico Modugno, 1928–1994)の『Volare (Nel Blu Dipinto Di Blu)』はデッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)の盤として掲載されています。イタリア語圏の歌は、1958年9月のアメリカ合衆国ポピュラー音楽市場でも主要な商品として流通しました。
- https://archive.org/details/cashbox20unse_0
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ジーエヌピー・レコード
ジーエヌピー・レコード(GNP Records)は、1958年9月にクラブでの実演録音を商品化する動きを見せました。ビルボード誌(The Billboard)1958年9月29日号によれば、同レーベルは、フランシス・フェイ(Frances Faye, 1912–1991)がインペリアル・レコード(Imperial Records)と契約する前に、ナイトクラブのインターリュード(The Interlude)で行った実演を録音したアルバムを急ぎ発売する方針でした。アルバム名は『コート・イン・ジ・アクト(Caught in the Act)』とされ、同レーベルは実演会場を録音場所として用いる方針を継続しました。
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デーモン・レコード
デーモン・レコード(Demon Records)は、1958年9月に西海岸の独立系レーベルとして新たな系列レーベルを立ち上げました。ビルボード誌(The Billboard)1958年9月29日号では、デーモン・レコード(Demon Records)がヴァラー・レコード(Valor Records)を新設し、親レーベルと同じ配給業者を使う方針だったことが報じられています。初回発売には「The Strip Walk」/「Loco」が含まれ、独立系レーベルが小規模な新レーベルを追加して市場露出を広げる動きが表れました。
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フィエスタ・レコード
フィエスタ・レコード(Fiesta Records)は、1958年9月にヨーロッパでの配給・製造体制を整える動きを示しました。ビルボード誌(The Billboard)1958年9月29日号では、同社の幹部がハンブルク、パリ、ミラノ、ロンドンを訪問し、フィエスタ・レコード(Fiesta Records)の配給と製造に関する取り決めを進めるためヨーロッパ出張に出たことが報じられています。国際市場向けの供給体制を作る動きとして、同月の国際配給拡大の流れに位置づけられます。
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ワーナー・ブラザーズ・レコード
ワーナー・ブラザーズ・レコード(Warner Bros. Records)は、1958年9月に販売・宣伝体制を拡充しました。ビルボード誌(The Billboard)1958年9月29日号では、ニューヨーク支店の販売責任者、東部地区宣伝責任者、西部地区宣伝責任者が加わったことが報じられています。1958年にレコード事業へ参入したワーナー・ブラザーズ・レコード(Warner Bros. Records)は、支店販売と地域宣伝を重視しながら市場展開を進めました。
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カップ・レコード
カップ・レコード(Kapp Records)は、1958年9月のバラエティ誌(Variety)で、録音運営と企画運営の体制を強化していた企業として扱われました。同記事では、同社が単発ヒットに依存する小規模レーベルではなく、大手に近い運営を目指す方針を掲げていたことが説明されています。録音作業の担当体制も再編され、カップ・レコード(Kapp Records)は「小さな大手」として継続的なレコード会社運営を志向しました。
シーコ・レコード
シーコ・レコード(Seeco Records)は、1958年9月に機械的使用料をめぐる訴訟への対応を迫られました。バラエティ誌(Variety)1958年9月号では、1909年著作権法(Copyright Act of 1909)のもとで、レコード会社が出版社に対して、製造枚数に基づいて使用料を支払うべきか、実際の販売枚数に基づいて支払うべきかが争点になっていたことが報じられています。記事では、製造枚数基準が採用されれば、プロモーション盤、ディスクジョッキー用盤、批評家向け盤にも使用料負担が及ぶ可能性があるとされ、レコード会社の宣伝・配布慣行に関わる問題として扱われました。
ザ・ワーリッツァー・カンパニー
ザ・ワーリッツァー・カンパニー(The Wurlitzer Company)は、1958年9月にステレオ対応ジュークボックスを業務用市場へ訴求しました。ビルボード誌(The Billboard)1958年9月29日号のミュージック・マシン欄では、ニューヨーク州の販売業者が新型ワーリッツァー・ステレオフォニック・ジュークボックスの実演を予定していたことが報じられています。同号には、ザ・ワーリッツァー・カンパニー(The Wurlitzer Company)が「compatible stereophonic sound system」をうたい、店舗向けコイン式フォノグラフの新しい収益機会としてステレオ音響を訴求する広告も掲載されています。家庭用LPだけでなく、ジュークボックス市場でもステレオ化が販売上の焦点になりました。
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