1959年8月に録音された音楽

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1959年8月に録音された音楽

1959年8月は、冷戦下の首脳外交、宇宙開発、自然災害、国際同盟再編、アメリカ合衆国(United States of America)の州拡大が重なった月です。3日、ドワイト・デイヴィッド・アイゼンハワー(Dwight David Eisenhower, 1890–1969)は、ニキータ・セルゲーエヴィチ・フルシチョフ(Nikita Sergeyevich Khrushchev, 1894–1971)との相互訪問を発表し、アメリカ合衆国(United States of America)とソビエト社会主義共和国連邦(Union of Soviet Socialist Republics)の緊張緩和が国際政治の焦点となりました。7日、アメリカ航空宇宙局(National Aeronautics and Space Administration)はエクスプローラー6号(Explorer 6)を打ち上げ、14日に人工衛星から地球を撮影しました。台湾では7日夜から八七水災(August 7 Flood)が発生し、同時代資料では669人死亡、377人行方不明とされています。17日にはヘブゲン湖地震(Hebgen Lake earthquake)が起こり、アメリカ地質調査所(United States Geological Survey)はマグニチュード7.3、死者28人としています。19日にはバグダッド条約(Baghdad Pact)が中央条約機構(Central Treaty Organisation)へ改組され、21日にはハワイ州(State of Hawaii)がアメリカ合衆国(United States of America)50番目の州となりました。音楽文化では、17日にマイルス・デイヴィス(Miles Davis, 1926–1991)の『カインド・オブ・ブルー(Kind of Blue)』がコロムビア・レコード(Columbia Records)から発売されました。

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1959年8月の録音に関する情報のまとめ

1959年8月の録音関連市場では、ステレオ盤、拡張再生盤、子ども向けレコード、低価格盤、放送局向け録音、アルバム販売施策が並行して展開されました。コロムビア・レコード(Columbia Records)は7インチ33⅓回転ステレオ盤「ステレオ・セブン(Stereo Seven)」を導入し、アールシーエー・ヴィクター・レコード(RCA Victor Records)は抗静電ステレオ長時間レコードと子ども向けブルーバード(Bluebird)商品群を前面に出しました。マーキュリー・レコード(Mercury Records)、ロンドン・レコード(London Records)、ユナイテッド・アーティスツ・レコード(United Artists Records)などは長時間レコードの販売強化を進め、セサック・レコーディングス(SESAC Recordings)は放送局向け録音を制作しました。1959年8月の録音関連動向は、ヒット・シングルの流通だけでなく、フォーマット、配給網、用途別録音商品の拡張が進んだ月として位置づけられます。

コロムビア・レコード

1959年8月3日付『ザ・ミュージック・リポーター(The Music Reporter)』は、コロムビア・レコード(Columbia Records)による「ステレオ・セブン(Stereo Seven)」の導入を報じました。これは7インチ、33⅓回転、ステレオのディスクで、45回転シングルに近い再生時間を持ち、各盤に2曲を収め、価格は98セントとされました。1959年8月10日付の同誌では、ランバート=ヘンドリックス=ロス・トリオ(Lambert-Hendricks-Ross Trio)との契約も報じられました。さらに17日には、マイルス・デイヴィス(Miles Davis, 1926–1991)の『カインド・オブ・ブルー(Kind of Blue)』がコロムビア・レコード(Columbia Records)から発売されました。

アールシーエー・ヴィクター・レコード

1959年8月3日付『ザ・ミュージック・リポーター(The Music Reporter)』は、アールシーエー・ヴィクター・レコード(RCA Victor Records)が今後の全ステレオ長時間レコードに抗静電成分を含め、「ミラクル・サーフェス(Miracle Surface)」盤として8月発売の「ニュー・ゴールデン・エイジ・オブ・サウンド(The New Golden Age of Sound)」ステレオ長時間レコードから採用すると報じました。1959年8月21日付同誌では、ブルーバード(Bluebird)秋季子ども向けレコード・プログラムとして7枚の長時間レコードと5枚のシングルを8月出荷予定としたことも報じられました。同号は、ザ・ブラウンズ(The Browns)の「スリー・ベルズ(The Three Bells)」と、ジミー・ドリフトウッド(Jimmie Driftwood, 1907–1998)の「ソルジャーズ・ジョイ(Soldier’s Joy)」に関連する拡張再生盤の発売も伝えています。

ドット・レコード

1959年8月3日付『ザ・ミュージック・リポーター(The Music Reporter)』は、ドット・レコード(Dot Records)がタイタン・レコード(Titan Records)から発売されたザ・ストレンジャーズ(The Strangers)「キャタピラー・クロール(Caterpillar Crawl)」の全国独占配給者になったと報じました。地方または小規模レーベルの音源を全国流通へ乗せる配給活動として、同月のドット・レコード(Dot Records)の動きは重要です。1959年9月7日付同誌のドット・レコード(Dot Records)広告にも、Titan 1701「Caterpillar Crawl」が同社の「ホット・パレード(Hot Parade)」内に掲載されました。

キング・レコード

1959年8月3日付『ザ・ミュージック・リポーター(The Music Reporter)』は、コージー・コール(Cozy Cole, 1909–1981)がキング・レコード(King Records)と長期独占契約を結んだと報じました。同記事では、最初のシングルが8月に発売予定で、続いて長時間レコードも予定されていると説明されています。1959年9月7日付同誌には、コージー・コール(Cozy Cole, 1909–1981)のキング・レコード(King Records)盤「ブロップ・アップ(Blop Up)」と「ブロップ・ダウン(Blop Down)」のプロモーション記事も掲載されました。

マーキュリー・レコード

1959年8月3日付『ザ・ミュージック・リポーター(The Music Reporter)』は、マーキュリー・レコード(Mercury Records)が8月1日にステレオ盤とモノーラル盤を含む33枚のアルバムを発売予定としていたと報じました。同記事では、12枚の新作長時間レコードが両方式で用意され、パティ・ペイジ(Patti Page, 1927–2013)、サラ・ヴォーン(Sarah Vaughan, 1924–1990)、ラルフ・マーテリー(Ralph Marterie, 1914–1978)などのアルバムが含まれると説明されています。同号のマーキュリー・レコード(Mercury Records)広告では、フィル・フィリップス(Phil Phillips, 1926–2020)「シー・オブ・ラヴ(Sea of Love)」、ディナ・ワシントン(Dinah Washington, 1924–1963)「ホワット・ア・ディファレンス・ア・デイ・メイクス(What a Diff’rence a Day Makes)」、ブルック・ベントン(Brook Benton, 1931–1988)「サンキュー・プリティ・ベイビー(Thank You Pretty Baby)」などの販売促進も展開されました。

リバティ・レコード

1959年8月3日付『ザ・ミュージック・リポーター(The Music Reporter)』は、リバティ・レコード(Liberty Records)が子会社ドルトン・レーベル(Dolton label)の配給を6つの主要市場で変更したと報じました。同記事は、急速に動くシングルへのサービスを効率化するための措置として説明しています。ドルトン・レーベル(Dolton label)は、リバティ・レコード(Liberty Records)傘下のシングル市場対応を担う系列レーベルとして、同月に独立した配給再編の対象となりました。

ロンドン・レコード

1959年8月3日付『ザ・ミュージック・リポーター(The Music Reporter)』は、ロンドン・レコード(London Records)の6月の総売上が前年同月比でほぼ100%増加したと報じました。同記事では、テレフンケン・レコード(Telefunken Records)のアメリカ合衆国(United States of America)向け初回出荷と、リッチモンド・レコード(Richmond Records)の新譜群が増加を支えた要素として説明されています。価格はテレフンケン・レコード(Telefunken Records)についてモノーラル1.98ドル、ステレオ2.98ドルとされ、リッチモンド・レコード(Richmond Records)も同様の低価格帯で扱われました。

キャピトル・レコード

1959年9月7日付『ザ・ミュージック・リポーター(The Music Reporter)』は、キャピトル・レコード(Capitol Records)が1959年8月31日にポピュラー・アルバム15枚、クラシック・アルバム7枚の合計22枚を発売したと報じました。ポピュラー・アルバムは「キャピトル・カレイドスコープ(Capitol Kaleidoscope)」を掲げ、ほぼすべてがモノーラルとステレオの両方で用意されました。記事では、ナット・キング・コール(Nat King Cole, 1919–1965)、ジャッキー・グリーソン(Jackie Gleason, 1916–1987)、レス・バクスター(Les Baxter, 1922–1996)、グレン・グレイ(Glen Gray, 1906–1963)、ダコタ・ステイトン(Dakota Staton, 1930–2007)、ガイ・ロンバード(Guy Lombardo, 1902–1977)、スタン・フリーバーグ(Stan Freberg, 1926–2015)らの作品が挙げられています。

ディズニーランド・レコード

1959年8月17日付『ザ・ミュージック・リポーター(The Music Reporter)』は、ディズニーランド・レコード(Disneyland Records)が全国販売会議でクリスマス商戦向け商品群を提示したと報じました。同記事では、45回転盤「6ビッグ・ディズニーランド・チューンズ(6 Big Disneyland Tunes)」、子ども向け長時間レコード12枚の「ウォルト・ディズニー・チルドレンズ・エルピー・フェスティヴァル(Walt Disney Children’s LP Festival)」、ステレオ/モノーラル長時間レコードと絵本的要素を組み合わせた「ウォルト・ディズニー・ミュージック・ミューラルズ(Walt Disney Music Murals)」が説明されています。ディズニーランド・レコード(Disneyland Records)は、サウンドトラック音源と子ども向け録音商品を年末商戦に向けて展開しました。

セサック・レコーディングス

1959年8月17日付『ザ・ミュージック・リポーター(The Music Reporter)』は、アニタ・カー・シンガーズ(The Anita Kerr Singers)がナッシュビルのブラッドリー・スタジオ(Bradley Studios)で、セサック・レコーディングス(SESAC Recordings)向けのクリスマス音楽長時間レコードを録音したと報じました。同記事では、「ザ・トゥエルヴ・デイズ・オブ・クリスマス(The Twelve Days of Christmas)」「デック・ザ・ホールズ(Deck the Halls)」「ザ・コヴェントリー・キャロル(The Coventry Carol)」などのキャロルと、セサック(SESAC)カタログ由来のオリジナル曲を含むと説明されています。1959年8月21日付同誌では、チコ・ハミルトン・クインテット(The Chico Hamilton Quintet)のハリウッド録音、アニタ・カー・カルテット(The Anita Kerr Quartet)の初ソロ録音、ジョーダネアーズ(The Jordanaires)、ステイツメン(The Statesmen)、チャック・ワゴン・ギャング(The Chuck Wagon Gang)の録音も報じられました。

ユナイテッド・アーティスツ・レコード

1959年8月17日付『ザ・ミュージック・リポーター(The Music Reporter)』は、ユナイテッド・アーティスツ・レコード(United Artists Records)が8月–9月の新譜を対象に、配給業者向けアルバム・ボーナス計画を実施すると報じました。同記事では、新譜アルバム25枚の購入につき5枚を無償提供する仕組みで、約20枚のアルバムが対象とされています。1959年9月7日付同誌では、この計画が9月30日まで延長され、対象が23枚のアルバムに広がったことも報じられました。ユナイテッド・アーティスツ・レコード(United Artists Records)は、ポピュラー、ジャズ、フォーク、クラシックを含む長時間レコード新譜の販売拡大を進めました。

アトコ・レコード

1959年8月の『ビルボード(Billboard)』週間チャートでは、アトランティック・レコード(Atlantic Records)系列のアトコ・レコード(Atco Records)から発売されたドリフターズ(The Drifters)「ゼア・ゴーズ・マイ・ベイビー(There Goes My Baby)」が上位に入りました。1959年9月7日付『ザ・ミュージック・リポーター(The Music Reporter)』のチャート欄にも、Atco 2025として同作が掲載されています。同作は、1959年8月のポップ市場でリズム・アンド・ブルース系ボーカル・グループ録音が広く受容された例です。