1959年12月に録音された音楽

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1959年12月に録音された音楽

1959年12月は、冷戦下の国際協調、脱植民地化、災害、地域スポーツ、労働問題、放送・音楽産業の監視強化が重なった月です。1日、ワシントンで南極条約(Antarctic Treaty)が署名され、南極地域の平和利用と科学調査の自由を定める国際枠組みが作られました。2日にはフランス共和国(French Republic)のマルパッセ・ダム(Malpasset Dam)が決壊し、423人とされる死者を出しました。ドワイト・デイヴィッド・アイゼンハワー(Dwight David Eisenhower, 1890–1969)は11か国親善訪問を行い、9日–14日にインド共和国(Republic of India)を訪問しました。12日–17日にはバンコク(Bangkok)で第1回東南アジア半島競技大会(1st Southeast Asian Peninsular Games)が開かれました。13日にはキプロス(Cyprus)で大統領選挙が行われ、マカリオス3世(Makarios III, 1913–1977)が当選しました。日本では三井鉱山株式会社三池炭鉱で1,278人への解雇通知が出され、三池争議が大規模化しました。アメリカ合衆国(United States of America)ではペイオラ問題(payola)をめぐり、放送局、ディスクジョッキー、録音会社への社会的監視が強まりました。

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1959年12月の録音に関する情報のまとめ

1959年12月の録音産業では、年末販売、放送番組向け選曲、ディスクジョッキー投票、シングル盤と長時間盤の市場展開が大きな比重を占めました。ミュージカルのオリジナル・キャスト盤、ポップスのシングル、カントリー、ジャズ、冬季・クリスマス向け音源が並行して動き、コロムビア・レコード(Columbia Records)、アールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)、キャピトル・レコード・インコーポレイテッド(Capitol Records, Inc.)、デッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)、マーキュリー・レコード(Mercury Records)、アトコ・レコード(Atco Records)、アトランティック・レコード(Atlantic Records)、エムジーエム・レコード(M-G-M Records)、ドット・レコード(Dot Records)、エービーシー=パラマウント・レコード(ABC-Paramount Records)、カナディアン=アメリカン・レコード・インコーポレイテッド(Canadian-American Records, Inc.)、トップ・ランク・インターナショナル(Top Rank International)などが年末市場に向けて活動しました。

コロムビア・レコード

コロムビア・レコード(Columbia Records)は、1959年12月にミュージカル、ポップス、カントリー、ジャズの複数領域で存在感を示しました。ザ・サウンド・オブ・ミュージック(The Sound of Music)のオリジナル・キャスト盤は小売店で強い反応を得ており、メアリー・マーティン(Mary Martin, 1913–1990)の「The Sound of Music」(Columbia 41642)も同月のシングルとして取り上げられました。

同月のヒット市場では、ガイ・ミッチェル(Guy Mitchell, 1927–1999)の「Heartaches by the Number」(Columbia 41476)と、マーティ・ロビンス(Marty Robbins, 1925–1982)の「El Paso」(Columbia 41511)が上位に入りました。デイヴ・ブルーベック・カルテット(The Dave Brubeck Quartet)のアルバム『タイム・アウト(Time Out)』も1959年12月14日に発売され、同社のジャズ長時間盤展開を代表する作品となりました。

アールシーエー・ヴィクター

アールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)は、1959年12月に冬季・クリスマス期の放送用音源、ポップス、カントリーの各分野で動きました。ペリー・コモ(Perry Como, 1912–2001)の「Home for the Holidays」、ペリー・コモ(Perry Como, 1912–2001)による「The Lord’s Prayer」/「Ave Maria」(RCA Victor 47-7650)、ボストン・ポップス・オーケストラ(Boston Pops Orchestra)の「Sleigh Ride」などが冬季番組向け音源として扱われました。

シングル市場では、デラ・リース(Della Reese, 1931–2017)の「Don’t You Know」(RCA Victor 47-7591)と「Not One Minute More」、ザ・ブラウンズ(The Browns)の「Scarlet Ribbons」(RCA Victor 47-7614)、ジム・リーヴス(Jim Reeves, 1923–1964)の「He’ll Have to Go」(RCA Victor 7643)などが展開されました。ポップスとカントリーの双方で、同社の年末市場向け商品が並びました。

キャピトル・レコード・インコーポレイテッド

キャピトル・レコード・インコーポレイテッド(Capitol Records, Inc.)は、1959年12月のディスクジョッキー投票、アルバム販売、冬季番組用音源で強い位置を占めました。フランク・シナトラ(Frank Sinatra, 1915–1998)は男性歌手部門で高く評価され、アルバム『カム・ダンス・ウィズ・ミー!(Come Dance with Me!)』も主要作品として扱われました。

アルバム市場では、キングストン・トリオ(The Kingston Trio)の『ヒア・ウィー・ゴー・アゲイン(Here We Go Again)』が上位に入りました。冬季番組用音源では、ナット・キング・コール(Nat King Cole, 1919–1965)や、レス・ポール(Les Paul, 1915–2009)とメアリー・フォード(Mary Ford, 1924–1977)の録音も扱われ、同社の年末向けカタログ活用が進みました。

デッカ・レコード・インコーポレイテッド/コーラル・レコード

デッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)とコーラル・レコード(Coral Records)は、1959年12月に冬季番組用音源、ポップス、カントリーで動きました。冬季番組用音源では、ビング・クロスビー(Bing Crosby, 1903–1977)、ルイ・アームストロング(Louis Armstrong, 1901–1971)、サミー・デイヴィス・ジュニア(Sammy Davis Jr., 1925–1990)、ボビー・ヘルムズ(Bobby Helms, 1933–1997)らの録音が扱われました。

ポップスでは、ウォーレン・コヴィントン(Warren Covington, 1921–1999)の「Bourbon Street Beat」(Decca 9-31010)が広告・チャート資料に登場しました。カントリーでは、ウェブ・ピアース(Webb Pierce, 1921–1991)の「I Ain’t Never」(Decca 30923)が年末市場に残り、デッカ・レコード・インコーポレイテッド(Decca Records, Inc.)のカントリー部門の継続的な強さを示しました。

マーキュリー・レコード

マーキュリー・レコード(Mercury Records)は、1959年12月末のシングル市場で複数の上位盤を送り出しました。ブルック・ベントン(Brook Benton, 1931–1988)の「So Many Ways」(Mercury 71512)と、ジョニー・プレストン(Johnny Preston, 1939–2011)の「Running Bear」(Mercury 71474)が上位に入り、ポップス市場での同社の存在感を高めました。

カントリーでは、ジョージ・ジョーンズ(George Jones, 1931–2013)の「Big Harlan Taylor」(Mercury 71514)が動きました。長時間盤では、ザ・プラターズ(The Platters)の『Encore of Golden Hits』(Mercury MG 20472)が広告展開され、ヒット・シングルだけでなく、既存人気グループのアルバム販売も年末商戦に組み込まれました。

アトコ・レコード/アトランティック・レコード

アトコ・レコード(Atco Records)とアトランティック・レコード(Atlantic Records)は、1959年12月にポップスと放送用音源の両面で動きました。ボビー・ダーリン(Bobby Darin, 1936–1973)の「Mack the Knife」(Atco 6147)は、1959年末時点でも主要ヒットとして市場に残りました。

冬季番組用音源では、ベティ・ジョンソン(Betty Johnson, 1929–2022)の「Winter in Miami」がアトランティック・レコード(Atlantic Records)盤として扱われました。アトコ・レコード(Atco Records)によるボビー・ダーリン(Bobby Darin, 1936–1973)のヒットと、アトランティック・レコード(Atlantic Records)の番組向け音源は、同系レーベルの年末市場における異なる役割を示しました。

エムジーエム・レコード

エムジーエム・レコード(M-G-M Records)は、1959年12月にコニー・フランシス(Connie Francis, 1937–2024)を中心に年末市場へ展開しました。コニー・フランシス(Connie Francis, 1937–2024)の「Among My Souvenirs」/「God Bless America」(M-G-M K12841)は、ディスクジョッキー投票特集の広告に掲載されました。

「Among My Souvenirs」(M-G-M 12841)は1959年12月末のチャートでも上位に入り、エムジーエム・レコード(M-G-M Records)の女性ポップ歌手路線を代表する年末ヒットとなりました。コニー・フランシス(Connie Francis, 1937–2024)は同社のポップス部門を支える主要アーティストとして扱われました。

ドット・レコード

ドット・レコード(Dot Records)は、1959年12月にパット・ブーン(Pat Boone)関連商品を中心に広告展開しました。ディスクジョッキー投票特集では、パット・ブーン(Pat Boone)のシングル、長時間盤、EPをまとめて扱う広告が掲載され、同社が年末市場でパット・ブーン(Pat Boone)を主力商品として位置づけていたことを示しました。

ドット・レコード(Dot Records)は、1950年代後半のアメリカ合衆国(United States of America)ポップス市場で、テレビ、映画、家庭向け音楽需要と結びつくアーティスト展開を進めました。1959年12月の広告は、その年末商戦における同社の販売姿勢を示しています。

エービーシー=パラマウント・レコード

エービーシー=パラマウント・レコード(ABC-Paramount Records)は、1959年12月に業界紙上で年末広告を展開しました。ディスクジョッキー投票特集には、エービーシー=パラマウント・レコード(ABC-Paramount Records)の年末謝意広告が掲載され、放送関係者とレコード業界に向けた同レーベルの存在感を示しました。

エービーシー=パラマウント・レコード(ABC-Paramount Records)は、アム=パー・レコード社(Am-Par Record Corporation)系のレーベルとして、1950年代後半のアメリカ合衆国(United States of America)ポップス市場で活動しました。1959年12月の広告は、個別作品の宣伝というより、年末の業界関係者向け広報として位置づけられます。

カナディアン=アメリカン・レコード・インコーポレイテッド

カナディアン=アメリカン・レコード・インコーポレイテッド(Canadian-American Records, Inc.)は、1959年12月にジョニー・アンド・ザ・ハリケーンズ(Johnny and the Hurricanes)を軸に広告展開しました。ディスクジョッキー投票特集では、「Red River Rock」などを含む同社広告が掲載されました。

ジョニー・アンド・ザ・ハリケーンズ(Johnny and the Hurricanes)は、インストゥルメンタル・ロックの分野で1959年末の市場に残り、カナディアン=アメリカン・レコード・インコーポレイテッド(Canadian-American Records, Inc.)は独立系レーベルとして業界紙上に存在感を示しました。大手レーベル中心の年末市場に、独立系ヒットが並行して加わっていたことを示す事例です。

トップ・ランク・インターナショナル

トップ・ランク・インターナショナル(Top Rank International)は、1959年12月にシングル盤の広告を展開しました。ディスクジョッキー投票特集では、「What in the World’s Come Over You」/「Baby Baby」(Top Rank RA-2028)を含む広告が掲載されました。

トップ・ランク・インターナショナル(Top Rank International)は、1959年末のアメリカ合衆国(United States of America)市場で、新興・独立系レーベルの一つとして業界紙に登場しました。大手会社の長時間盤・定番歌手の広告と並んで、シングル盤を中心に市場へ働きかける動きが見られました。