1959年3月に録音された音楽

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1959年3月に録音された音楽

1959年3月は、冷戦下の政治変動、宇宙開発、消費文化、舞台芸術が同時に動いた月です。2日、シドニー・オペラ・ハウス(Sydney Opera House)の建設開始式が行われ、ジョーン・ウツソン(Jørn Utzon, 1918–2008)の設計が実工事段階に入りました。3日、アメリカ航空宇宙局(National Aeronautics and Space Administration)のパイオニア4号(Pioneer 4)が打ち上げられ、4日に月へ最接近しました。9日、マテル社(Mattel, Inc.)のバービー(Barbie)がニューヨークのアメリカ国際玩具見本市(American International Toy Fair)で公開されました。10日、ラサでチベット蜂起(1959 Tibetan Uprising)が始まり、第十四世ダライ・ラマ・テンジン・ギャツォ(Tenzin Gyatso)は同月17日にラサを離れ、インドへ向かいました。11日、ロレイン・ハンズベリー(Lorraine Hansberry, 1930–1965)の『ア・レーズン・イン・ザ・サン(A Raisin in the Sun)』がブロードウェイで開幕しました。18日、ドワイト・デイヴィッド・アイゼンハワー(Dwight David Eisenhower, 1890–1969)はハワイ州編入法(Hawaii Admission Act)に署名しました。24日にはイラク共和国(Republic of Iraq)がバグダード・パクト(Baghdad Pact)からの離脱を表明しました。

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1959年3月の録音に関する情報のまとめ

1959年3月の録音史では、ニューヨーク、ロサンゼルス、ハッケンサック、ワシントン、パリを中心に、ジャズ、ポピュラー歌謡、リズム・アンド・ブルース、テレビ音楽関連の録音が集中しました。コロムビア・レコード(Columbia Records)ではマイルス・デイヴィス(Miles Davis, 1926–1991)の『カインド・オブ・ブルー(Kind of Blue)』の最初のセッションが行われ、アトランティック・レコード(Atlantic Records)とアトコ・レコード(Atco Records)ではボビー・ダーリン(Bobby Darin, 1936–1973)、ザ・コースターズ(The Coasters)、ジョン・コルトレーン・カルテット(John Coltrane Quartet)の録音が続きました。ブルーノート・レコード(Blue Note Records)、リバーサイド・レコード(Riverside Records)、プレスティッジ・レコード(Prestige Records)、コンテンポラリー・レコード(Contemporary Records)、ヴァーヴ・レコード(Verve Records)、マーキュリー・レコード(Mercury Records)、キャピトル・レコード(Capitol Records)、ワールド・パシフィック・レコード(World Pacific Records)でも、当月日付のセッションが行われています。

コロムビア・レコード

コロムビア・レコード(Columbia Records)では、1959年3月2日、ニューヨーク市のコロムビア30丁目スタジオ(Columbia 30th Street Studio)で、マイルス・デイヴィス(Miles Davis, 1926–1991)の『カインド・オブ・ブルー(Kind of Blue)』の最初の録音セッションが行われました。この日に「ソー・ホワット(So What)」「フレディ・フリーローダー(Freddie Freeloader)」「ブルー・イン・グリーン(Blue in Green)」が録音され、ジョン・コルトレーン(John Coltrane, 1926–1967)、ジュリアン・“キャノンボール”・アダレイ(Julian “Cannonball” Adderley, 1928–1975)、ビル・エヴァンス(Bill Evans, 1929–1980)、ウィントン・ケリー(Wynton Kelly, 1931–1971)、ポール・チェンバース(Paul Chambers, 1935–1969)、ジミー・コブ(Jimmy Cobb, 1929–2020)が参加しました。同作の残りの主要録音は1959年4月に行われ、1959年8月に発売されました。

エムジーエム・レコード

エムジーエム・レコード(MGM Records)では、1959年3月3日、3月4日、3月11日、ニューヨーク市のメトロポリタン録音スタジオ(Metropolitan Recording Studio)で、ビリー・ホリデイ・ウィズ・レイ・エリス・アンド・ヒズ・オーケストラ(Billie Holiday with Ray Ellis and His Orchestra)の録音が行われました。ビリー・ホリデイ(Billie Holiday, 1915–1959)とレイ・エリス(Ray Ellis, 1923–2008)によるこの時期の録音は、ビリー・ホリデイ(Billie Holiday, 1915–1959)の晩年録音であり、のちに『ラスト・レコーディング(Last Recording)』としてまとめられました。

アトランティック・レコード/アトコ・レコード

アトランティック・レコード(Atlantic Records)と傘下のアトコ・レコード(Atco Records)では、1959年3月5日、ボビー・ダーリン(Bobby Darin, 1936–1973)がニューヨーク市のアトランティック・スタジオ(Atlantic Studio)で「ドリーム・ラヴァー(Dream Lover)」と「ブルムース(Bullmoose)」を録音しました。3月26日には、ザ・コースターズ(The Coasters)が「アロング・ケイム・ジョーンズ(Along Came Jones)」と「ザット・イズ・ロック・アンド・ロール(That Is Rock & Roll)」を録音し、同日、ジョン・コルトレーン・カルテット(John Coltrane Quartet)もアトランティック・スタジオ(Atlantic Studios)で「ジャイアント・ステップス(Giant Steps)」「ナイーマ(Naima)」「ライク・ソニー(Like Sonny)」の初期テイクを録音しました。同月には、ルース・ブラウン(Ruth Brown, 1928–2006)、ラヴァーン・ベイカー(LaVern Baker, 1929–1997)、クリス・コナー(Chris Connor, 1927–2009)の録音も行われました。

ブルーノート・レコード

ブルーノート・レコード(Blue Note Records)では、1959年3月29日、ニュージャージー州ハッケンサックのヴァン・ゲルダー・スタジオ(Van Gelder Studio)で、ソニー・クラーク・クインテット(Sonny Clark Quintet)の録音が行われました。参加者はドナルド・バード(Donald Byrd, 1932–2013)、ハンク・モブレー(Hank Mobley, 1930–1986)、ソニー・クラーク(Sonny Clark, 1931–1963)、ポール・チェンバース(Paul Chambers, 1935–1969)、アート・ブレイキー(Art Blakey, 1919–1990)で、「ブルース・ブルー(Blues Blue)」「ロイヤル・フラッシュ(Royal Flush)」「ジュンカ(Junka)」「マイ・コンセプション(My Conception)」などが録音されました。同日にはポール・チェンバース(Paul Chambers, 1935–1969)とアート・ブレイキー(Art Blakey, 1919–1990)によるデュオ録音も行われました。

リバーサイド・レコード/オフビート

リバーサイド・レコード(Riverside Records)では、1959年3月10日、ニューヨーク市のリーヴス・サウンド・スタジオ(Reeves Sound Studios)でウィントン・ケリー・トリオ(Wynton Kelly Trio)が録音を行いました。このセッションは『ケリー・ブルー(Kelly Blue)』に関わる録音です。3月23日と3月27日にはナット・アダレイ・セクステット(Nat Adderley Sextet)が同スタジオで録音を行い、『マッチ・ブラス(Much Brass)』に関わる録音群となりました。オフビート(Offbeat)では、1959年3月、ワシントンのエッジウッド録音スタジオ(Edgewood Recording Studio)で、チャーリー・バード・ウィズ・ヒズ・ショーボート・トリオ・アンド・メンバーズ・オブ・ザ・ナショナル・シンフォニー・ウィンズ(Charlie Byrd With His Showboat Trio And Members Of The National Symphony Winds)の録音が行われました。具体日は不明です。

プレスティッジ・レコード/ニュー・ジャズ

プレスティッジ・レコード(Prestige Records)では、1959年3月3日、ニューヨーク市でフィル・ウッズ・クインテット(Phil Woods Quintet)の録音が行われました。参加者にはハワード・マギー(Howard McGhee, 1918–1987)、フィル・ウッズ(Phil Woods, 1931–2015)、テディ・コティック(Teddy Kotick, 1928–1986)、ロイ・ヘインズ(Roy Haynes, 1925–2024)らが含まれます。ニュー・ジャズ(New Jazz)では、1959年3月20日、ニュージャージー州ハッケンサックのヴァン・ゲルダー・スタジオ(Van Gelder Studio)でザ・マル・ウォルドロン・トリオ(The Mal Waldron Trio)が録音を行い、のちの『インプレッションズ(Impressions)』に関わる録音群となりました。

コンテンポラリー・レコード

コンテンポラリー・レコード(Contemporary Records)では、1959年3月9日–10日、ロサンゼルスのコンテンポラリー・レコード・スタジオ(Contemporary Records Studio)で、オーネット・コールマン・クァルテット(Ornette Coleman Quartet)が『トゥモロー・イズ・ザ・クエスチョン!(Tomorrow Is the Question!)』に関わる録音を行いました。参加者はオーネット・コールマン(Ornette Coleman, 1930–2015)、ドン・チェリー(Don Cherry, 1936–1995)、パーシー・ヒース(Percy Heath, 1923–2005)、シェリー・マン(Shelly Manne, 1920–1984)です。同月14日と28日にはアート・ペッパー・プラス・イレヴン(Art Pepper + Eleven)、17日–19日にはテリー・ギブス・ドリーム・バンド(Terry Gibbs Dream Band)、20日にはヴィクター・フェルドマン・ウィズ・ジャズ・スターズ・アンド・オーセンティック・アフロ・キューバン・リズムズ(Victor Feldman with Jazz Stars and Authentic Afro-Cuban Rhythms)、30日–31日にはバーニー・ケッセル・セヴン(Barney Kessel 7)の録音も行われました。

ヴァーヴ・レコード

ヴァーヴ・レコード(Verve Records)では、1959年3月4日、パリのスタジオ・バークレイ(Studio Barclay)でレスター・ヤング・クインテット(Lester Young Quintet)の録音が行われました。レスター・ヤング(Lester Young, 1909–1959)は同月15日に死去しており、この録音は晩年の記録に位置づけられます。3月18日には、エラ・フィッツジェラルド・ウィズ・ネルソン・リドルズ・オーケストラ(Ella Fitzgerald With Nelson Riddle’s Orchestra)がロサンゼルスで『エラ・フィッツジェラルド・シングス・ザ・ジョージ・アンド・アイラ・ガーシュウィン・ソング・ブック(Ella Fitzgerald Sings the George and Ira Gershwin Song Book)』に関わる録音を行いました。3月26日にはラジオ・レコーダーズ(Radio Recorders)でハーブ・エリス=ジミー・ジュフリー・ノネット(Herb Ellis – Jimmy Giuffre Nonet)の録音も行われました。

マーキュリー・レコード/エマーシー

マーキュリー・レコード(Mercury Records)とエマーシー(EmArcy)では、1959年3月9日–10日、ニューヨーク市のファイン録音スタジオ(Fine Recording)でクインシー・ジョーンズ・アンド・ヒズ・オーケストラ(Quincy Jones and His Orchestra)が録音を行いました。この録音は『ザ・バース・オブ・ア・バンド!(The Birth of a Band!)』に関わるセッションです。3月12日、3月19日、3月20日にはロサンゼルスでピート・ルゴロ・アンド・ヒズ・オーケストラ(Pete Rugolo and His Orchestra)の録音が行われ、テレビ番組音楽に関わる『リチャード・ダイヤモンドの音楽(The Music from Richard Diamond)』などの制作と結びつきました。

キャピトル・レコード

キャピトル・レコード(Capitol Records)では、1959年3月19日、ロサンゼルスのキャピトル・タワー(Capitol Tower)でデイヴ・ペル・ビッグ・バンド(Dave Pell Big Band)の録音が行われました。このセッションには、デイヴ・ペル(Dave Pell, 1925–2017)、アート・ペッパー(Art Pepper, 1925–1982)、マーティ・ペイチ(Marty Paich, 1925–1995)らが関わり、「ウォーキン・シューズ(Walkin’ Shoes)」「ボプリシティ(Boplicity)」「ポポ(Popo)」が録音されました。録音はのちに『ザ・ビッグ・スモール・バンズ(The Big Small Bands)』に関わる音源として整理されました。

ワールド・パシフィック・レコード/パシフィック・ジャズ・レコード

ワールド・パシフィック・レコード(World Pacific Records)とパシフィック・ジャズ・レコード(Pacific Jazz Records)では、1959年3月24日、ロサンゼルスのザ・クレッシェンド(The Crescendo)でランバート、ヘンドリックス・アンド・ロス・ウィズ・ズート・シムズ=ラス・フリーマン・クインテット(Lambert, Hendricks And Ross with Zoot Sims – Russ Freeman Quintet)の録音が行われました。同日にはソニー・ペイン・クインテット(Sonny Payne Quintet)の録音も行われました。3月25日にはサウンド・エンタープライゼズ(Sound Enterprises)でメル・ルイス・クインテット(Mel Lewis Quintet)の録音があり、3月25日–26日にはアニー・ロス(Annie Ross, 1930–2020)関連の録音も行われました。

アールシーエー・ヴィクター

アールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)では、1959年3月16日、ニューヨーク市でアフメド・アブドゥル=マリク・オーケストラ(Ahmed Abdul-Malik Orchestra)の録音が行われました。この録音は『イースト・ミーツ・ウエスト(East Meets West)』に関わるセッションです。同月24日にはニューヨーク市のアールシーエー・スタジオ(RCA Studios)でデューク・エリントン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Duke Ellington and His Orchestra)の録音も行われました。

セサック・レコーディングス

セサック・レコーディングス(Sesac Recordings)では、1959年3月27日、ニューヨーク市のコロムビア・スタジオ(Columbia Studio)でデューク・エリントン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Duke Ellington and His Orchestra)の録音が行われました。この日の録音には、ジョニー・ホッジス(Johnny Hodges, 1907–1970)、ポール・ゴンサルヴェス(Paul Gonsalves, 1920–1974)、ハリー・カーネイ(Harry Carney, 1910–1974)らが参加しました。