1960年7月に録音された音楽
1960年7月は、脱植民地化、冷戦、選挙政治、社会運動、文化が交差した月でした。ガーナ共和国(Republic of Ghana)は7月1日に共和制へ移行し、クワメ・ンクルマ(Kwame Nkrumah, 1909–1972)が大統領となりました。同日、旧イタリア信託統治領ソマリアと旧イギリス保護領ソマリランドは統合し、ソマリ共和国(Somali Republic)が成立しました。コンゴ共和国(レオポルドヴィル)(Republic of the Congo (Leopoldville))では独立直後の危機が深まり、国際連合安全保障理事会(United Nations Security Council)は7月14日に決議第143号を採択しました。アメリカ合衆国(United States of America)では7月15日にジョン・フィッツジェラルド・ケネディ(John Fitzgerald Kennedy, 1917–1963)がアメリカ合衆国民主党全国大会(Democratic National Convention)で大統領候補指名を受諾しました。セイロン(Ceylon)では7月21日にシリマヴォ・バンダラナイケ(Sirimavo Bandaranaike, 1916–2000)が首相に就任しました。科学技術では、アメリカ合衆国海軍原子力弾道ミサイル潜水艦ジョージ・ワシントン(USS George Washington, SSBN-598)が7月20日に潜航中のポラリス・ミサイル発射に成功しました。文化面ではハーパー・リー(Harper Lee, 1926–2016)の『アラバマ物語(To Kill a Mockingbird)』が7月11日に刊行され、社会面ではノースカロライナ州グリーンズボロのF. W. ウールワース・カンパニー(F. W. Woolworth Company)昼食カウンターが7月25日に人種分離を解きました。
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1960年7月の録音に関する情報のまとめ
1960年7月の録音関連業界では、シングル盤の販促、販売組織の再編、4トラック・ステレオ・テープへの展開、既存カタログの移管、政治キャンペーンに連動したレコード利用が目立ちました。『ビルボード(The Billboard)』1960年7月18日号と『ミュージック・ヴェンダー(Music Vendor)』1960年7月18日号では、主要レコード会社が45回転シングル盤、33回転盤、拡張再生盤、長時間再生盤、4トラック・ステレオ・テープ、放送局向け販促を組み合わせて市場を広げていました。音源の流通形態と販売促進の再編は、1960年7月の重要な動きでした。
アールシーエー・ヴィクター
『ビルボード(The Billboard)』1960年7月18日号では、アールシーエー・ヴィクター(RCA Victor)がレミントン・ランド・インコーポレイテッド(Remington Rand, Inc.)の携帯タイプライター販促と連動し、シングル盤キャンペーン「ビー・ア・ヒット・アット・スクール(Be a Hit at School)」を準備していました。キャンペーン期間は1960年8月1日–10月10日で、特製の拡張再生盤を景品にし、期間中に6枚のシングル盤を出す計画でした。同号は、エルヴィス・プレスリー(Elvis Presley, 1935–1977)の「イッツ・ナウ・オア・ネヴァー(It’s Now or Never)」が「ホット100(Hot 100)」へ44位で初登場し、初週70万枚超と報じています。また、同社のポップA&R部門では、ジョー・リンハート(Joe Linhart, 生没年不明)が特別音楽ディレクターとして加わり、ブロードウェイ・キャスト・アルバム、東海岸の映画・テレビ・サウンドトラック、新人発掘などを担当する体制が示されていました。
- https://archive.org/stream/bub_gb_fR8EAAAAMBAJ/bub_gb_fR8EAAAAMBAJ_djvu.txt
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/60s/1960/Billboard%201960-07-18.pdf
コロムビア
『ビルボード(The Billboard)』1960年7月18日号は、コロムビア・レコード(Columbia Records)が販売部門の責任分担を再編したことを報じています。ディック・スミス(Dick Smith, 生没年不明)は全商品マーチャンダイジング担当となり、デイヴ・カプラリック(Dave Kapralik, 生没年不明)はアーティスト・リレーションズと全国プロモーションを担当する体制になりました。同号では、同社がシカゴのパーマー・ハウス(Palmer House)で開かれたナショナル・アソシエーション・オブ・ミュージック・マーチャンツ(National Association of Music Merchants)大会に小規模展示を置き、7インチ・ステレオ・シングルを紹介したことも報じています。同社はステレオ・デモ盤1000枚超を配布し、ステレオ・シングルの販売促進を当月の展示活動に組み込んでいました。
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キャピトル
『ビルボード(The Billboard)』1960年7月18日号では、キャピトル・レコード・ディストリビューティング・コーポレーション(Capitol Records Distributing Corp.)が販売・業務組織を7地区制へ再編しました。最初の6地区は同社直営支店を対象とし、第7地区は独立配給業者を担当する構成でした。同記事では、レコードだけでなく、キャピトル・レコード(Capitol Records)のフォノグラフ、コンソール型、ポータブル型の販売管理も地区別に扱う方針が示されています。『ミュージック・ヴェンダー(Music Vendor)』1960年7月18日号では、同社のロサンゼルス工場に関する管理職任命も報じられており、1960年7月時点で製造・流通・販売管理の整備が同時に進められていました。
- https://archive.org/stream/bub_gb_fR8EAAAAMBAJ/bub_gb_fR8EAAAAMBAJ_djvu.txt
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Record-World/Archive-Music-Vendor/Music-Vendor-1960-07-18.pdf
アトランティック
『ビルボード(The Billboard)』1960年7月18日号は、アトランティック・レコード(Atlantic Records)がユナイテッド・ステレオ・テープス(United Stereo Tapes)との配給契約によって、4トラック・ステレオ・テープ市場へ進出すると報じています。同記事では、9か月以内にアトランティック・レコード(Atlantic Records)とアトコ・レコード(Atco Records)の4トラック・ステレオ・テープ24点を市場に出す計画が示されています。記事中では、同社の1960年前半のアルバム売上が前年同期の2倍超とされ、ステレオ・テープ化は同社のアルバム販売拡大と結びついた施策として位置づけられていました。
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- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/60s/1960/Billboard%201960-07-18.pdf
エービーシー・パラマウント
『ビルボード(The Billboard)』1960年7月18日号では、エービーシー・パラマウント・レコード(ABC-Paramount Records)系のコマンド・レコード(Command Records)とグランド・アワード・レコード(Grand Award Records)が、4トラック・ステレオ・テープ分野に進出する動きが報じられています。記事では、コマンド・レコード(Command Records)のステレオ・アルバム10点を1960年7月末までに4トラック・ステレオ・テープとして市場投入する計画が示されています。グランド・アワード・レコード(Grand Award Records)については、6点のテープ・アルバムを1960年8月下旬に予定していました。『ミュージック・ヴェンダー(Music Vendor)』1960年7月18日号には、エービーシー・パラマウント・レコード(ABC-Paramount Records)とエーピーティー・レコード(Apt Records)の複数シングル盤広告も掲載されています。
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ランデヴー
『ビルボード(The Billboard)』1960年7月18日号では、ランデヴー・レコード(Rendezvous Records)がクラス・レコード(Class Records)のカタログとアーティスト契約を取得したことが報じられています。記事では、発売済み・未発売のシングル盤と長時間再生盤を含む約700点のマスターが対象とされ、クラス・レコード(Class Records)の既発盤がランデヴー・レコード(Rendezvous Records)のカタログに組み込まれ、再発売される方針でした。クラス・レコード(Class Records)というレーベル名そのものは売却側に残るとされ、名称と音源カタログが分離した移管事例となりました。
- https://archive.org/stream/bub_gb_fR8EAAAAMBAJ/bub_gb_fR8EAAAAMBAJ_djvu.txt
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デルファイ
『ビルボード(The Billboard)』1960年7月18日号では、デルファイ・レコード(Del-Fi Records)がシングル盤市場を刺激するため、録音済みの「ミュージック・ラウンド・テーブル(Music Round Table)」を開始したことが報じられています。これは、各地のディスクジョッキーを電話会議形式で結び、レコードの現状や販促の考え方を語らせる企画でした。ボブ・キーン(Bob Keane, 1922–2009)は、シングル盤市場の停滞感を受けてこの企画を始め、同社は放送局向けの音声素材を用いて販促環境そのものを動かそうとしていました。
- https://archive.org/stream/bub_gb_fR8EAAAAMBAJ/bub_gb_fR8EAAAAMBAJ_djvu.txt
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リバティ/ドルトン
『ミュージック・ヴェンダー(Music Vendor)』1960年7月18日号の広告では、リバティ・レコード(Liberty Records)が「ドリーミン(Dreamin’)」(Liberty 55258)を、ドルトン・レコード(Dolton Records)が「ウォーク・ドント・ラン(Walk, Don’t Run)」(Dolton 25)を宣伝していました。同広告では、「ウォーク・ドント・ラン(Walk, Don’t Run)」について、ロサンゼルス、シカゴ、シアトル、ミネアポリス、ピッツバーグ、オクラホマシティでの反応が記されており、同月の北米市場で販売促進が進んでいました。
チェス/チェッカー
『ミュージック・ヴェンダー(Music Vendor)』1960年7月18日号には、チェス・レコード(Chess Records)とチェッカー・レコード(Checker Records)の広告が掲載されています。広告では、チェス・レコード(Chess Records)の「イフ・アイ・キャント・ハヴ・ユー(If I Can’t Have You)」(Chess 1760)と、チェッカー・レコード(Checker Records)の「ゴー・アヘッド(Go Ahead)」(Checker 957)が掲出されています。後者には「Just Released」と表示されており、1960年7月時点での新譜宣伝として扱われていました。
政治キャンペーン関連レコード
『ビルボード(The Billboard)』1960年7月18日号では、1960年アメリカ合衆国大統領選挙(1960 United States presidential election)に連動するレコード利用が報じられています。キャピトル・レコード(Capitol Records)は、ミュージカル『フィオレロ!(Fiorello!)』から「リトル・ティン・ボックス(Little Tin Box)」と「ポリティクス・アンド・ポーカー(Politics and Poker)」を放送局向けに提供し、投票参加を促す用途に結びつけていました。トゥエンティース・フォックス・レコード(20th Fox Records)は、リンダ・ボウ(Linda Bowe, 生没年不明)による「マサチューセッツ、マイ・ホーム・タウン(Massachusetts, My Home Town)」のケネディ版を用意していました。アストロ・レーベル(Astro label)は「リセッション・ブルース、ア・デモクラティック・テーマ(Recession Blues, a Democratic Theme)」を出しており、選挙運動とレコード販売・放送利用が結びついていました。
- https://archive.org/stream/bub_gb_fR8EAAAAMBAJ/bub_gb_fR8EAAAAMBAJ_djvu.txt
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