1960年9月に録音された音楽
1960年9月は、脱植民地化、冷戦下の資源外交、テレビ時代の政治、科学技術が重なった月です。コンゴ共和国(レオポルドヴィル)(Republic of the Congo (Léopoldville))では、9月5日にジョゼフ・カサブブ(Joseph Kasavubu, 生没年不明)とパトリス・ルムンバ(Patrice Lumumba, 1925–1961)の対立が表面化し、9月14日にジョゼフ=デジレ・モブツ(Joseph-Désiré Mobutu, 1930–1997)が軍事的に政局を掌握しました。9月10日–14日にはバグダードで石油輸出国機構(Organization of the Petroleum Exporting Countries)が創設され、産油国による価格・生産政策の協調が始まりました。第17回オリンピック競技大会(Games of the XVII Olympiad)はイタリア共和国(Italian Republic)のローマで9月11日に閉幕し、国際スポーツのテレビ中継が広く注目されました。ハリケーン・ドナ(Hurricane Donna)は9月10日以降、カリブ海地域からアメリカ合衆国(United States of America)東岸に被害を広げました。9月22日にはフランス領スーダン(French Sudan)がマリ連邦(Mali Federation)から離脱してマリ共和国(Republic of Mali)を宣言しました。9月24日にはアメリカ合衆国海軍(United States Navy)の原子力航空母艦エンタープライズ(USS Enterprise (CVN-65))が進水し、9月26日にはジョン・フィッツジェラルド・ケネディ(John Fitzgerald Kennedy, 1917–1963)とリチャード・ミルハウス・ニクソン(Richard Milhous Nixon, 1913–1994)による1960年アメリカ合衆国大統領選挙(1960 United States presidential election)のテレビ討論が行われました。
この月の確認されている録音:0曲
1960年9月の録音に関する情報のまとめ
1960年9月の録音産業では、レコード会社の制作体制、人事、特殊盤製造、教育市場への進出、アルバム市場、シングル市場の動向が並行して進みました。コロムビア・レコード(Columbia Records)はポピュラー録音部門の制作体制を調整し、キャピトル・レコード(Capitol Records)は録音企画、教育市場、舞台連動型企画を横断して事業を広げました。アールシーエー・カスタム・レコード・セールス(RCA Custom Record Sales)は小型33回転盤の製造設備を打ち出し、アールシーエー・ヴィクター・レコード(RCA Victor Records)、ワーナー・ブラザース・レコード(Warner Bros. Records)、エムジーエム・レコード(MGM Records)、パークウェイ・レコード(Parkway Records)は、シングルまたはアルバム市場で強い存在感を示しました。ジャズではキャンディド・レコード(Candid Records)が、マックス・ローチ(Max Roach, 1924–2007)の政治性の強い作品を録音し、同月の録音史に公民権運動とアフリカ独立運動の文脈が加わりました。
コロムビア・レコード
1960年9月12日付の『ビルボード(Billboard)』は、コロムビア・レコード(Columbia Records)の制作・人事面の変更を報じました。同社はポピュラー録音部門の責任分担を再編し、アーティスト・アンド・レパートリー業務の運営体制を調整しました。1960年9月時点の同社では、個別のヒット曲だけでなく、制作組織そのものの整備が進められていました。
アールシーエー・カスタム・レコード・セールス
1960年9月19日付の『ビルボード(Billboard)』は、アールシーエー・カスタム・レコード・セールス(RCA Custom Record Sales)が7インチ33回転盤の製造設備を提供すると報じました。この動きは、アールシーエー・ヴィクター・レコード(RCA Victor Records)の市販レーベル商品とは別に、委託製造・特殊盤製造を扱う事業として位置づけられます。小型33回転盤は、販促、教育、業務用途など、通常のシングル盤とは異なる利用領域を広げる媒体でした。
キャピトル・レコード
1960年9月の『ビルボード(Billboard)』では、キャピトル・レコード(Capitol Records)の複数の事業展開が報じられました。9月5日付では、同社がマーサ・カーソン(Martha Carson, 1921–2004)と長期契約を結び直したこと、またテネシー・アーニー・フォード(Tennessee Ernie Ford, 1919–1991)に関する録音企画が報じられました。9月19日付では教育市場への進出が扱われ、9月26日付ではナット・キング・コール(Nat King Cole, 1919–1965)関連の舞台連動型企画に大きな投資を行うことが報じられました。キャピトル・レコード(Capitol Records)は、歌手契約、録音企画、教育用途、舞台連動商品を組み合わせながら市場を広げていました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/60s/1960/Billboard%201960-09-05.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/60s/1960/Billboard%201960-09-19.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/60s/1960/Billboard%201960-09-26.pdf
キャンディド・レコード
キャンディド・レコード(Candid Records)は、1960年に設立されたジャズ・レーベルです。マックス・ローチ(Max Roach, 1924–2007)の『ウィ・インシスト!マックス・ローチズ・フリーダム・ナウ・スイート(We Insist! Max Roach’s Freedom Now Suite)』は、1960年8月31日と9月6日にニューヨーク市(New York City)のノラ・ペントハウス・サウンド・スタジオ(Nola Penthouse Sound Studio)で録音されました。同作は公民権運動とアフリカ独立運動を背景にしたジャズ作品で、1960年9月6日の録音は、同月の録音史に政治的主題を明確に刻む出来事となりました。
- https://www.loc.gov/programs/national-recording-preservation-board/recording-registry/registry-by-induction-years/2022/
- https://www.loc.gov/static/programs/national-recording-preservation-board/documents/We-Insist-Max-Roachs-Freedom-Now-Suite_Gammage.pdf
- https://jazzjournal.co.uk/2022/07/25/max-roach-we-insist-freedom-now-suite/
アールシーエー・ヴィクター・レコード
1960年9月のシングル市場では、アールシーエー・ヴィクター・レコード(RCA Victor Records)の商品が上位に入りました。エルヴィス・プレスリー(Elvis Presley, 1935–1977)の「イッツ・ナウ・オア・ネヴァー(It’s Now or Never)」は同年夏から秋にかけて大きなヒットとなり、サム・クック(Sam Cooke, 1931–1964)の「チェイン・ギャング(Chain Gang)」も同社の重要なシングルとして上位に入りました。1960年9月のアールシーエー・ヴィクター・レコード(RCA Victor Records)は、ロックンロール以後のポピュラー歌手とリズム・アンド・ブルース系歌手の双方で市場を支えていました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/60s/1960/CB-1960-09-10.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/60s/1960/CB-1960-09-17.pdf
ワーナー・ブラザース・レコード
1960年9月のアルバム市場では、ワーナー・ブラザース・レコード(Warner Bros. Records)のボブ・ニューハート(Bob Newhart, 1929–2024)による『ザ・ボタン=ダウン・マインド・オブ・ボブ・ニューハート(The Button-Down Mind of Bob Newhart)』が大きな成功を収めました。同作は音楽録音ではなくコメディ・アルバムですが、長時間盤が音楽以外の話芸・舞台的語りにも広く使われていたことを示す商品でした。1960年9月のアルバム市場では、レコード会社の主力商品が音楽録音だけに限定されていませんでした。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/60s/1960/Billboard%201960-09-12.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/60s/1960/CB-1960-09-17.pdf
エムジーエム・レコード
1960年9月下旬のシングル市場では、エムジーエム・レコード(MGM Records)のコニー・フランシス(Connie Francis, 1938–2025)による「マイ・ハート・ハズ・ア・マインド・オブ・イッツ・オウン(My Heart Has a Mind of Its Own)」が大きな成功を収めました。同曲は1960年7月の録音に基づく作品ですが、9月下旬には主要チャートの上位に達し、同月のレコード市場を代表するシングルの一つになりました。エムジーエム・レコード(MGM Records)は、女性ポピュラー歌手のシングルを中心に1960年9月の市場で存在感を示しました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Billboard/60s/1960/Billboard%201960-09-26.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/60s/1960/CB-1960-09-24.pdf
パークウェイ・レコード
1960年9月のシングル市場では、パークウェイ・レコード(Parkway Records)のチャビー・チェッカー(Chubby Checker)による「ザ・ツイスト(The Twist)」が中心的なヒットになりました。1960年9月10日付の『キャッシュ・ボックス(The Cash Box)』では同曲が上位に入り、ダンス・レコードが販売、放送、若者文化を結びつける商品として広がっていました。パークウェイ・レコード(Parkway Records)は、1960年9月のダンス・ブームを象徴するレーベルの一つになりました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/60s/1960/CB-1960-09-10.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Music/Cash-Box/60s/1960/CB-1960-09-17.pdf
