Polish Dance Scharwenka / Frank Goede (1889)
1889年5月24日、A. Theo. E. Wangemann がベルリンで行った録音実験の録音簿に、「Polish Dance Scharwenka」という曲目が記録されています(The First Book of Phonograph Records)。ここで指す「Scharwenka」とは、19世紀後半のドイツ系ポーランド人ピアニスト・作曲家のフランツ・クサヴァー・シャルヴェンカ(Franz Xaver Scharwenka, 1850–1924)を指します。シャルヴェンカは当時ヨーロッパで高い人気を誇り、特に「ポーランド舞曲(Polnische Tänze)」という一連の作品で有名でした。彼の代表作である《ポーランド舞曲 第1番 変ホ短調(Op. 3, No. 1)》は特に有名で、ピアノのヴィルトゥオーゾ作品として多くの演奏家に愛されました(Grove Music Online)。この曲はサロンコンサートやアンコールピースとして頻繁に演奏され、19世紀末にはヴァイオリンや吹奏楽用に編曲されていました。録音簿に作曲番号の記載はないため、Frank Goede が演奏したのがどの番号の舞曲だったかは確定できませんが、一般に演奏機会が多かったのは第1番と第2番です。
録音テスト曲としての選曲理由
シャルヴェンカのポーランド舞曲は、活気のあるリズムと抒情的な旋律が特徴です。特に第1番は冒頭のリズムが力強く、後半では技巧的な速いパッセージが含まれるため、演奏者の技量を示すには理想的でした(Feaster 2007)。1889年当時の蝋円筒録音では、ピアノ原曲をそのまま収録するのは難しかったため、多くの場合は旋律楽器(ピッコロやヴァイオリン、フルート)向けに編曲して録音する形が一般的でした。録音簿には演奏形態までは残されていませんが、同日にピッコロやマーチが録音されていることから、Frank Goede が吹奏楽用の短縮編曲を演奏した可能性が高いです。当時のフォノグラフは低音域の録音が苦手であったため、華やかで高音が際立つ旋律曲は、録音デモとして非常に効果的でした。また、ヨーロッパの王侯貴族に披露する際に、ポーランド舞曲のような民族色豊かな曲はデモとしても聴衆に親しまれやすく、ワンゲマンの録音目的にも合っていました。
初期録音文化における意義と現存状況
この録音は他の多くの Wangemann のベルリン録音と同様に、商業販売を目的としたものではなく、エジソン・フォノグラフの性能を欧州で示す技術デモンストレーション用でした。そのため、録音された蝋円筒は再利用や劣化で現存していないと考えられています(Welch & Rogers 1994)。しかし、「Polish Dance Scharwenka」という題名が録音簿に残っていることは、フォノグラフの黎明期において、ヨーロッパの有名作曲家の作品がどのように録音テストに活用されたかを示す貴重な証拠です。シャルヴェンカの作品は当時非常に人気があり、20世紀初頭には Victor や Odeon のディスク録音でも盛んに取り上げられましたが、それ以前の蝋円筒録音としては Wangemann の試験録音が最も古い事例の一つです。この録音は、ヨーロッパのサロン音楽と初期録音文化が結びついていたことを示す貴重な史料であり、録音技術史の研究ではしばしば参照されています。
