The Warbler (piccolo, solo) / Frank Goede (1889)
19世紀後半の西洋音楽界では、鳥の鳴き声や自然の音を楽器で模倣する小品が多く作られました。「The Warbler」という題名もその流行を映すものであり、特にフルートやピッコロ奏者の技巧を披露するために好まれたレパートリーの一つでした。曲名の “Warbler” は、小鳥のさえずりを意味しており、演奏者がピッコロの高音域を活かして軽快で装飾的なパッセージを連続させる構造を持っています。当時の楽譜には詳細な装飾音やトリルが書かれており、聴き手にはまるで鳥が枝を飛び回りながらさえずる様子が想起されたとされています。こうした小品は、軍楽隊やサロンの演奏会だけでなく、録音技術の黎明期においても特に注目されました。なぜなら、録音機器がまだ低音や複雑な編成を正確に記録するには不十分だった時代において、ピッコロのように音が明瞭で強く通る楽器は録音素材として理想的だったからです。
ワンゲマン録音に選ばれた理由
1889年5月24日、ベルリンで行われたエジソン社の録音実験において、「The Warbler」は Frank Goede によってピッコロ独奏で録音されました。この録音を主導したのは、エジソン社の技師 A. Theo. E. Wangemann です。ワンゲマンはエジソンの命を受けて欧州に渡り、フォノグラフの性能を王侯貴族や技術者に紹介するため、実演と録音を繰り返しました。当時の蝋円筒は高音域の録音には比較的強く、音の輪郭が蝋に鮮明に刻まれました。そのため、録音デモに最適な素材として「The Warbler」のような技巧的なピッコロ曲が選ばれたのです。この日、Frank Goede は「Gilmore’s 22nd Regiment March」などの行進曲に加えて、「The Warbler」を複数回演奏しました。録音簿には同じ曲が複数の円筒に記録されたことが残されており、音質の比較実験や再現性の確認が行われたことが分かります。この曲では、細かい連続音、鳥のさえずりのようなトリル、装飾的な音階が繰り返され、当時の聴き手に強い印象を与えました。
技術史と音楽史をつなぐ貴重な証言
「The Warbler」の録音は、単なる演奏記録ではなく、19世紀末の録音技術と楽曲選定の関係を理解する上で貴重な資料です。この録音は商用の大量流通を目的としたものではなく、あくまでエジソンのフォノグラフをヨーロッパの上流階級や産業界に紹介するデモンストレーションでした。しかし、こうした実験的録音があったからこそ、後の音楽録音の発展につながる基礎データが蓄積されました。ピッコロという高音楽器の録音が優れていることが証明された結果、同様の選曲が初期の商用録音カタログにも登場するようになります。さらに、鳥のさえずりを題材にした小品は後の録音史でも繰り返し取り上げられ、録音媒体の改良とともにその表現も変化しました。Frank Goede の録音は残念ながら現存していないものも多いですが、録音簿に残された曲名と演奏者名は、音楽史と録音技術史の交差点を示す小さな証人として現在も研究対象とされています。
