1906年2月に録音された音楽

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1906年2月に録音された音楽

1906年2月は、軍事技術と政党政治、宗教と国家の対立が同時進行した月でした。2月10日、英国海軍(Royal Navy)の戦艦ドレッドノート(HMS Dreadnought)が進水し、蒸気タービンと大口径主砲中心の設計が各国の建艦競争を加速させました。モロッコ危機をめぐるアルヘシラス会議(Algeciras Conference)は2月も継続し、列強の利害調整が国際政治の焦点となりました。英国では2月15日、労働代表委員会(Labour Representation Committee)の議員団が労働党(Labour Party)への改称を決定し、キア・ハーディ(Keir Hardie, 1856–1915)が議員団代表に選出されました。フランスの政教分離法を背景に、ピウス10世(Pius X, 1835–1914)は2月11日の回勅で同法を批判し、宗教と国家の緊張が国際的に意識されました。米国では2月、ウィル・キース・ケロッグ(Will Keith Kellogg, 1860–1951)が穀物食品事業を企業化し、工業化と消費社会の拡大を象徴する動きも見られました。

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1906年2月の録音に関する情報のまとめ

1906年2月の一次資料として、業界紙『The Talking Machine World』当月号には、蓄音機の社会的利用(教育用途の構想)、販売・流通の地域差(シリンダー優勢地域/ディスク優勢地域の併存)、鉄道運賃の取り扱い(商業製品としての位置づけの強調)、ならびに「Talking Machines and Records」に関する特許動向などが、具体的な日付付き記事として掲載されています。以下では、同号に直接確認できるトピックのみを整理します。

教育用途としての「講義の録音・反復聴取」構想(米国オハイオ州コロンバス)

『The Talking Machine World』1906年2月号には、ウィリアム・アレクサンダー(William Alexander, 生没年不明)が、講義を蓄音機で記録し、必要回数だけ再生して学習に用いるという大学構想を語った記事が掲載されています(コロンバス発、1906年2月10日付)。語学教育で「ネイティブの発音」を反復できる点など、録音媒体の教育的効用を明示しています。

蓄音機を「商業製品」として扱う鉄道運賃・流通上の位置づけ

同号には、鉄道会社が蓄音機産業を「一過性の玩具」ではなく「商業製品」として扱う方向に変化した、という趣旨の記述があり、流通コストと販売実務に直結する論点として扱われています(当月号の冒頭部記事として掲載)。当該記述は、当時の蓄音機(録音媒体を含む)が、物流制度の枠組みの中で確立された商品として認識されつつあったことを示します。

シリンダー/ディスクの地域差(「シリンダーの町」「ディスクの町」)と販売実態

同号の各地通信(例:シカゴ発、1906年2月10日付)では、テネシー州ノックスビルはシリンダー機が多数でディスク機が少数、対して同州メンフィスやナッシュビルはディスク中心、というように、媒体形式の地域差が具体的な数量感を伴って報告されています。1906年2月時点でも市場が単一規格に収斂していないことを示す一次記述です。

「Talking Machines and Records」に関する特許動向(米国ワシントン発、1906年2月12日付)

同号には「LATEST PATENTS RELATING TO TALKING MACHINES AND RECORDS」として、蓄音機・再生装置(例:グラフォフォン、フォノグラフ等)に関する特許の抄録が掲載されています(ワシントン発、1906年2月12日付)。録音再生機構の改良が継続して制度的(特許)に可視化されていたことを、そのまま確認できます。