1906年8月に録音された音楽

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1906年8月に録音された音楽

1906年8月は、各地で「政治的不安」と「災害」が同時進行した月でした。ロシア帝国ではピョートル・ストルイピン(Pyotr Stolypin, 1862–1911)の官邸(サンクトペテルブルクのアプテカルスキー島)で爆弾事件が起き、多数の死傷者が出ました。チリでは1906年8月16日にバルパライソ地震が発生し、津波も報告され、広域で大きな被害が伝えられています。アメリカ合衆国ではテキサス州ブラウンズビルでの事件をめぐり、人種差別を背景とする軍事・社会問題が拡大しました。ヨーロッパでは1906年8月にイングランドのヨークで英国科学振興協会(British Association for the Advancement of Science)が開催され、当時の科学・技術の論点が共有されています。また地中海ではイタリア移民船の遭難が報じられ、移民の安全をめぐる社会問題として各国紙面を占めました。

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1906年8月の録音に関する情報のまとめ

1906年8月の「ナショナル・フォノグラフ・カンパニー(National Phonograph Company)」の動きとしては、同社が業務用に発行した『エジソン・フォノグラフ・マンスリー(Edison Phonograph Monthly)』に、1906年8月向けの新譜(エジソン・ゴールド・モールド・レコード)に関する編成意図(夏季向けの軽快な選曲が中心であること)が記されています。また同月の「エジソン・グランド・オペラ・レコード(Edison Grand Opera Records)」は「サプリメント(Supplement)第3号」として10点が案内され、出荷時期と販売解禁時刻(Jobber・Dealer側の取扱い条件)が明確に指定されています。さらに同月初旬には、オレンジ(ニュージャージー州)工場の事務部門が旧来の建物から移転した旨も同誌に記されており、供給体制の整備と拡販を同時に進めていた状況がうかがえます。

エジソン・ゴールド・モールド・レコード(1906年8月)

『エジソン・フォノグラフ・マンスリー(Edison Phonograph Monthly)』には、1906年8月の「エジソン・ゴールド・モールド・レコード(Edison Gold Moulded Records)」について「休暇の月に合わせ、軽い性格の音楽が多い」旨の編集コメントが掲載されています。これにより、夏季需要を意識した新譜編成であったことが一次資料上で確認できます。

エジソン・グランド・オペラ・レコード(サプリメント第3号)

同誌には「サプリメント第3号(1906年8月)」として、エジソン・グランド・オペラ・レコード(Edison Grand Opera Records)10点の案内が掲載されています。出荷は通常の8月新譜と同送で、Jobber側が販売に供してよい時刻(午前8時)などの条件が明記されています。

オレンジ工場の事務部門移転(1906年8月4日)

同誌には、オレンジ(ニュージャージー州)の工場において、従来の事務所建物が1906年8月4日に使用停止となり、事務部門が移転した旨が記されています。供給増大期における工場運営の更新として、月内日付まで一次資料で確認できます。

取扱い条件(販売解禁時刻の指定)

1906年8月のグランド・オペラ新譜(サプリメント第3号)では、Jobberが一般販売・再出荷に回してよい時刻が「午前8時」として指定され、付属物(サプリメント、ハンガー等)も同様に「レコードより前に配布してはならない」旨が示されています。販売統制を伴う流通設計が一次資料上で確認できます。