Music recorded in January 1909

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Music recorded in January 1909

1909年1月は、国家制度・外交・探検・通信技術が同時に動いた月でした。イギリスでは1908年老齢年金法(Old Age Pensions Act 1908)に基づく国家老齢年金が1月1日に始まり、高齢者扶助の制度化が新段階に入りました。9日には、アメリカ合衆国・パナマ共和国・コロンビア共和国のあいだでパナマ運河をめぐる条約が調印され、運河地帯をめぐる外交関係の再整理が進みました。

南極圏では、エーネスト・シャクルトン(Ernest Shackleton, 1874–1922)隊が1月9日に南緯88度23分へ達して最南到達記録を更新し、その翌週にはタナット・ウィリアム・エッジワース・デイヴィッド(Tannatt William Edgeworth David, 1858–1934)・ダグラス・モーソン(Douglas Mawson, 1882–1958)・アリスター・フォーブス・マッケイ(Alistair Forbes Mackay, 1878–1914)の隊が1月16日に南磁極へ到達しました。極地探検は、地理知識の拡張だけでなく、帝国時代の科学的威信競争の一端も示していました。

23日には客船アール・エム・エス・リパブリック(RMS Republic)がエス・エス・フロリダ(SS Florida)と衝突し、無線遭難通信を通じた大規模救助が国際的に注目されました。さらにキューバでは1月末にアメリカ合衆国の暫定統治が終わり、ホセ・ミゲル・ゴメス(José Miguel Gómez, 1858–1921)政権への移行が進みました。1909年1月は、社会保障の制度化と通信・輸送・統治の近代化が、異なる地域で並行して進んだ時期として見ることができます。

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1909年1月の録音に関する情報のまとめ

1909年1月のエジソン系録音事業では、前年秋に発売された4分アンベロールの拡販が続く一方、販売実務にも複数の変化が現れました。既存機に装着するアタッチメントによって従来のエジソン機でも新規格を再生できる点が引き続き強調され、外国盤製造のオレンジ集約方針や交換制度も告知されています。また、1月製造分のレコード箱には、番号・曲名・アーティスト名を刷り込んだ上蓋ラベルが採用され、識別性が改善されました。

アンベロール拡販と箱ラベル表示の改良

1909年1月時点でも、アンベロールは前年10月の発売以来きわめて強い需要を保っていました。エジソン側は、既存のエジソン蓄音機にアタッチメントを加えることで4分規格を再生できる点を重視しており、買い替えを強制しない移行策として訴求しています。さらに1月製造分からは、レコード箱の上蓋に番号・曲名・アーティスト名を印刷する方式が始まり、販売現場での識別が大きく改善されました。

1909年1月掲載のアンベロール新録音例

1909年1月掲載のアンベロール新録音として確認できる例には、No.93「Angel’s Dream — Waltz」とNo.94「Diabolo — Two-step and medley」があります。いずれもニューヨーク・ミリタリー・バンド(New York Military Band)による器楽録音として整理されており、アンベロール初期カタログの拡張過程を示す事例です。

外国盤製造のオレンジ集約方針

1909年1月号では、ナショナル・フォノグラフ・カンパニー(National Phonograph Company)が、ロンドン・ベルリン・パリの製造拠点を段階的に整理し、外国盤を含むレコード成形をニュージャージー州オレンジへ集約する方針を明示しています。理由として挙げられているのは、製造コストの節減と品質の均一化であり、録音原盤の作成機能や各地の販売体制は維持するとされています。

交換制度の開始と外国語盤の整理

1909年1月には、エジソン・スタンダード盤のうち、不良品または打切品に限って交換を認める制度が1月4日から9日まで実施されました。対象外にはアンベロール盤・グランド・オペラ盤・コンサート盤が含まれており、流通在庫の整理が2分規格中心に進められていたことがわかります。あわせて1月1日付でドイツ語45点、フランス語4点の製造中止も告知されており、外国語盤カタログの再編もこの時期の動きとして確認できます。