1918年6月に録音された音楽

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1918年6月に録音された音楽

1918年6月は、第一次世界大戦の戦況と戦後秩序の構想が同時に進んだ月です。6月3日、フランス共和国(French Republic)はポーランド独立支持を公式に表明し、30日にはチェコスロヴァキア国民評議会(Czechoslovak National Council)を承認しました。西部戦線では6月1日–26日にベルロー・ウッドの戦い(Battle of Belleau Wood)が続き、イタリア戦線では15日–23日に第二次ピアーヴェ川の戦い(Second Battle of the Piave)が行われました。ロシアではチェコスロヴァキア軍団(Czechoslovak Legion)の蜂起を受けてサマーラで憲法制定議会議員委員会(Committee of Members of the Constituent Assembly)が成立し、内戦が拡大しました。27日には病院船ランダヴェリー・キャッスル(HMHS Llandovery Castle)が撃沈され、六月にはロシア社会主義連邦ソビエト共和国(Russian Soviet Federative Socialist Republic)で戦時共産主義の導入が本格化しました。

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1918年6月の録音に関する情報のまとめ

1918年6月の録音業界では、戦時下でも録音制作、展示会実演、地域流通が並行していました。六月当月に直接確認できる資料では、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)で録音が継続し、スター・ピアノ社(Starr Piano Co.)はニューヨークのナショナル・ミュージック・ショーでスター式蓄音機とジェネット・レコード(Gennett Records)を実演していました。また、インディアナポリスの卸売・小売広告からは、「ニュー・エジソン(New Edison)」、ヴィクトローラ(Victrola)、コロムビア製品が六月を通じて販売網に載っていたことが分かります。六月発売の全社横断的新譜一覧までは、現時点で一次資料から一括確定できません。

Edison

トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)では、六月当月にも録音制作が続いていました。確認できる例として、マニュエル・ロメイン(Manuel Romain, 生没年不明)による「The most beautiful picture of all」が6月10日に、アール・フラー(Earl Fuller, 生没年不明)の楽団であるアール・フラーズ・フェイマス・ジャズ・バンド(Earl Fuller’s Famous Jazz Band)による「Jazbo Jazz」と「Jazz de Luxe」が6月4日と6月13日にニューヨークで録音されています。いずれも後にエジソン盤やブルー・アンベロールへつながる素材で、六月時点で同社の制作部門が継続稼働していたことを示します。

star

スター・ピアノ社(Starr Piano Co.)は、六月上旬に開かれたナショナル・ミュージック・ショーでスター式蓄音機を前面に出した展示を行い、あわせてジェネット・レコード(Gennett Records)を実演していました。六月の同時代業界資料で、蓄音機本体と自社レーベルの両方を会場で訴求していたことが直接確認できる例であり、同社がこの時点で録音と販売の両面を強めていたことが分かります。

キーファー=スチュワート

キーファー=スチュワート社(Kiefer-Stewart Co.)は、6月15日付の新聞広告で「ニュー・エジソン(New Edison)」の蓄音機とレコードの卸売業者として掲示され、同時にソノラ製品のインディアナ州向け流通も担っていました。六月時点で同社が複数ブランドを扱う州内の流通結節点として機能していたことが確認できます。

D. サマーズ

D. サマーズ社(D. Sommers & Co.)では、6月1日付紙面にヴィクトローラ(Victrola)の売場が確認でき、六月末には携帯型ヴィクトローラ装備を夏季の外出やキャンプ向け商品として訴求していました。六月の同店では、家庭内の据置機だけでなく、持ち運び需要を意識した販売促進が行われていたとみられます。

ボールドウィン

ボールドウィン・ピアノ社(The Baldwin Piano Co.)は、6月1日と6月15日付の広告でコロムビア製の談話機とレコードを扱う売場を継続していました。六月を通じて、コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Company)系商品の小売販売が地域百貨店・楽器店の売場で維持されていたことが確認できます。