1907年7月に録音された音楽

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1907年7月に録音された音楽

1907年7月、オランダ王国ハーグでは第二回万国平和会議(Second Hague Peace Conference, 1907年6月15日–10月18日)が会期中で、国際紛争の平和的解決や戦時国際法(とくに海戦に関する規則)などをめぐる協議が継続していました。東アジアでは大韓帝国(Korean Empire)の皇帝コジョン(Gojong, 1852–1919)が、日本の保護国化を国際社会に訴えるため密使を派遣した件を契機に退位へ追い込まれ(1907年7月、日付は資料により表記差あり)、続いて1907年7月24日に「日本国及韓国間ノ協約(Agreement between Japan and Korea, 1907)」がソウル(Seoul)で調印され、統監(Resident-General)の指導下での内政改革などが定められました。欧州では、日露戦争後の利害調整として1907年7月30日に第一次日露協約(First Russo-Japanese Agreement, 1907)がサンクトペテルブルク(Saint Petersburg)で調印され、ロシア帝国(Russian Empire)と大日本帝国(Empire of Japan)の勢力圏調整が進みました。文化・スポーツ面では、1907年7月8日にツール・ド・フランス1907(Tour de France 1907)がパリ(Paris)で開幕し、8月4日まで全14ステージで実施されました。科学技術では、レオ・ヘンドリック・ベークランド(Leo Hendrik Baekeland, 1863–1944)が1907年7月13日にベークライト(Bakelite)の製法に関する特許出願を行ったことが、後年の材料化学史の節目として言及されています。

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1907年7月の録音に関する情報のまとめ

1907年7月は、アメリカ合衆国のナショナル・フォノグラフ・カンパニー(National Phonograph Company)が機関紙『エジソン・フォノグラフ・マンスリー(The Edison Phonograph Monthly)』上で、翌月相当の販売計画として「1907年7月向け新譜(Edison Gold Moulded Records)」のアドバンス・リストを提示し、出荷・店頭解禁時刻まで細かく指定する運用を続けていたことが確認できます。また同誌は、同社の「グランド・オペラ・レコード(Edison Grand Opera Records)」の販促(補遺の発行、新規歌手の紹介)にも紙幅を割き、いわゆる大衆向け新譜と並行して高価格帯・高級レパートリーの市場を拡張しようとしていました。

エジソン7月新譜(ゴールド・モールド)

『エジソン・フォノグラフ・マンスリー(The Edison Phonograph Monthly)』には「1907年7月向け(Advance List for July, 1907)」として、出荷時期、ジョバー(Jobber)からの再出荷・店頭解禁の時刻(午前8時)までを明記したアドバンス・リストが掲載されています。同リストには、たとえば「Ballet Music from Faust—Part 3(Gounod)」のような器楽、歌唱、コメディ系など複数ジャンルが混在し、月次の新譜投入が販売実務と一体で運用されていたことが読み取れます。

グランド・オペラ(新規歌手の訴求)

同誌1907年の該当箇所では、グランド・オペラ・レコードの文脈でフロレンシオ・コンスタンティーノ(Florencio Constantino, 生没年不明)を取り上げ、歌手としての評判(新聞評の引用を含む)を紹介しています。これは、録音物そのものの一覧提示だけでなく、歌手(=商品価値の核)を物語化して需要を喚起する販促の一例として位置づけられます。

グランド・オペラ補遺(新規アーティストの追加告知)

『エジソン・フォノグラフ・マンスリー(The Edison Phonograph Monthly)』には「Grand Opera Supplement No. 5」について「新規歌手(New Artists)」の告知が掲載され、ジュゼッペ・カンパナーリ(Giuseppe Campanari, 生没年不明)やロバート・ブラス(Robert Blass, 生没年不明)といった歌手名が示されています。月次補遺(Supplement)を用いてシリーズ全体の拡張を周知し、在庫形成と販売促進を同時に進める設計だったことが確認できます。