Music recorded in September 1917

This article can be read in about 6 minutes.
Sponsored Links

Music recorded in September 1917

1917年9月は、第一次世界大戦の戦局拡大と各国の国内動員が同時に進んだ月でした。9月14日にはロシア臨時政府(Russian Provisional Government)がロシア共和国(Russian Republic)の成立を宣言し、帝政崩壊後の体制転換をさらに進めました。アメリカ合衆国では9月、アメリカ合衆国陸軍(United States Army)が徴兵で集めた兵員を各地の訓練キャンプへ本格的に送り始め、9月24日には第二次自由公債法(Second Liberty Bond Act)が成立して戦費調達も強化されました。9月26日には西部戦線でポリゴン・ウッドの戦い(Battle of Polygon Wood)が始まり、イープル周辺の戦闘はさらに激化しました。社会と文化の面では、9月8日にサガモア・ヒル(Sagamore Hill)でセオドア・ルーズベルト(Theodore Roosevelt, 1858–1919)が女性参政権運動を支持し、9月15日にはバーティー・チャールズ・フォーブス(Bertie Charles Forbes, 1880–1954)が『フォーブス』(Forbes)の創刊号を出して、戦時下の社会変動が政治・経済・言論の各領域に及んでいたことを示しました。

Confirmed recordings this month: 0

1917年9月の録音に関する情報のまとめ

1917年9月の録音業界では、コロンビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)による9月下旬の実録音、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)の9月発売群、ブランズウィック=バルク=コレンダー・カナダ社(Brunswick-Balke-Collender Co. of Canada, Ltd.)の製造体制整備、シュメルツァー・アームズ社(Schmelzer Arms Co.)の教育用途を意識した実演販売が確認できます。録音物そのものだけでなく、機械製造、流通、店頭実演が同時に動いており、戦時下でも録音産業が供給と販路の両面で拡張を続けていたことが分かります。

Columbia

コロンビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)では、9月21日、24日、25日にニューヨークで、ウィリアム・クリストファー・ハンディ(William Christopher Handy, 1873–1958)が率いるハンディズ・オーケストラ・オブ・メンフィス(Handy’s Orchestra of Memphis)の録音が行われました。この月の録音からは A2417「The Old Town Pump / Sweet Child」、A2418「Moonlight Blues / A Bunch of Blues」、A2419「That “Jazz” Dance / Livery Stable Blues」、A2420「Ole Miss Rag / The Hooking Cow Blues」、A2421「The Snaky Blues / Fuzzy Wuzzy Rag」に結び付く曲群が確認でき、1917年9月のコロムビアがブルース色の強い楽団を前面に出していたことが分かります。

Edison

トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)では、1917年9月発売のエジソン・ブルー・アンベロール(Edison Blue Amberol Record)として、少なくとも3253–3260の連番群が動いていました。この中にはフリスコ・ジャズ・バンド(Frisco Jazz Band)の3254「Johnson “jass” blues」、ジャウダス・ソサエティ・オーケストラ(Jaudas’ Society Orchestra)の3256「Oh Johnny! Oh Johnny! Oh!」、アーサー・フィールズ(Arthur Fields, 1888–1953)の3257「Oh what wonderful things one little girl can do」と3260「Where do we go from here?」が含まれており、流行歌、ダンス曲、戦時色の強い歌曲が同月の供給の中心に置かれていました。

Brunswick

ブランズウィック=バルク=コレンダー・カナダ社(Brunswick-Balke-Collender Co. of Canada, Ltd.)では、1917年9月15日付の業界誌に、トロントのミュージカル・マーチャンダイズ・セールス社(Musical Merchandise Sales Co.)がブランズウィック蓄音機を扱い、同社トロント工場の大部分がその製造に充てられていると報じられました。1917年9月のブランズウィックは、レコード新譜よりも先に、カナダ市場での機械供給と流通網の整備を前面に進めていたことが読み取れます。

シュメルツァー・アームズ

シュメルツァー・アームズ社(Schmelzer Arms Co.)では、1917年9月15日付の業界誌に「新サービス」が掲載され、教育レコードの価値を説明するため、特別訓練を受けた若い女性実演者を店頭実演に投入したことが紹介されました。録音物の販売は単なる商品陳列ではなく、学校・家庭教育向けの用途を実演で示す販売方法へ広がっており、1917年9月の販売現場で録音メディアの利用範囲が拡張していたことが分かります。