Music recorded in December 1927

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Music recorded in December 1927

1927年12月は、自動車産業、政策研究、放送文化、海軍技術、外交構想がそれぞれ次の段階へ進んだ月でした。アメリカ合衆国ではフォード・モーター社(Ford Motor Company)が12月2日にフォードA型を公開し、長く続いたフォードT型中心の時代が切り替わりました。12月8日にはブルッキングス研究所(Brookings Institution)が発足し、アメリカ合衆国の政策研究機関の統合が実現しました。放送分野では、WSMバーン・ダンス(WSM Barn Dance)が12月にグランド・オール・オープリー(Grand Ole Opry)の名で広く知られる転機を迎えました。軍事分野では航空母艦レキシントン(USS Lexington, CV-2)が12月14日に就役した一方、12月17日には潜水艦S-4(USS S-4, SS-109)が沈没し、救難の難しさが社会的に強く意識されました。さらに12月28日、フランク・ビリングズ・ケロッグ(Frank B. Kellogg, 1856–1937)は戦争放棄を多国間条約化する提案を示し、翌年の不戦条約へつながる外交の流れを具体化しました。

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1927年12月の録音に関する情報のまとめ

1927年12月の録音界では、主要各社がニューヨーク、シカゴなどで継続的に原盤制作を進めていました。トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)、オーケー・フォノグラフ社(Okeh Phonograph Corporation)、コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company)、ブランズウィック・バルケ=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Company)、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)は、いずれも当月の録音実施を日付付きで確認できます。確認できる内容はジャズ/ダンス・バンド、ブルース、独奏、語り物、民族系録音まで広く、年末段階でも各社の制作業務が止まっていなかったことがわかります。

Edison

トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)では、1927年12月8日、12日、30日に録音活動が確認できます。12月8日にはツー・ダーク・ナイツ(Two Dark Knights)が「Mule mileage」「Love affairs」を録音し、12月12日にはハピネス・オーケストラ(Happiness Orchestra)とビリー・ジョーンズ(Billy Jones, 1891–1940)、デイヴ・カプラン(Dave Kaplan, 生没年不明)による「Up in the clouds」が記録されていました。さらに12月30日にはミュリエル・ポロック(Muriel Pollock, 1891–1971)が「My blue heaven」と「(What do we do on a) Dew-dew-dewy-day」を録音しており、同社が年末まで新原盤の制作を続けていたことが確認できます。

OK

オーケー・フォノグラフ社(Okeh Phonograph Corporation)は、1927年12月9日、10日、13日にルイス・アームストロング(Louis Armstrong, 1901–1971)とホット・ファイヴ(Hot Five)による重要録音を残しました。12月9日には「Struttin’ with Some Barbecue」「Got no blues」、12月10日には「Once in awhile」「I’m not rough」、12月13日には「Hotter than that」「Savoy blues」が録音されており、同社がシカゴ録音でジャズ部門の強化を続けていたことがわかります。当月前半にこれだけ集中的な録音が確認できることからも、年末商戦期における原盤確保の意識は強かったとみられます。

Columbia

コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company)では、1927年12月10日、12日、22日の録音が確認できます。12月10日には「Gravel camp blues」「Corn liquor blues」、12月12日にはウィリー・ジャクソン(Willie Jackson, 生没年不明)の「Long time men」に加え、「High yellow blues」「Little Rock blues」「Guitar rag」などが記録されていました。さらに12月22日にはチャールズ・E・マック(Charles E. Mack, 1887–1934)とラッキー・ロバーツ(Luckey Roberts, 1887–1968)による「Our child」も確認でき、同社がブルース、歌もの、器楽を並行して制作していたことが読み取れます。

Brunswick

ブランズウィック・バルケ=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Company)は、1927年12月1日、22日、29日に録音活動を確認できます。12月22日にはフランク・マクラヴィー(Frank McCravy, 生没年不明)とジェイムズ・マクラヴィー(James McCravy, 生没年不明)による「Won’t you come over to my house」が録音され、12月29日にはデューク・エリントン楽団(Duke Ellington Orchestra)による「Red hot band」が記録されていました。月初から月末まで録音が続いていたことから、同社の原盤制作が年末まで安定して稼働していたことがわかります。

Victor

ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)は、1927年12月1日、12日、22日、24日、29日に録音活動を確認できます。12月1日にはトーマス・モリス(Thomas Morris, 1898–1946)のモリスズ・ホット・ベイビーズ(Morris’ Hot Babies)が「He’s gone away」「I ain’t got nobody (and nobody cares for me)」を録音し、12月12日にはヴィクター交響楽団(Victor Symphony Orchestra)が「Orpheus in Hades : Overture」を記録していました。さらに12月22日にはアクセリ・ヴオリソラ(Akseli Vuorisola, 生没年不明)の「Pikku Lola」「Kai muistat?」、12月24日にはチック・セール(Chic Sale, 1881–1936)の「The substitute parson」、12月29日にはザ・トルバドゥアーズ(The Troubadours)による「Ah! Sweet mystery of life」が確認でき、同社が当月もポピュラー、管弦楽、民族系録音、語り物を幅広く制作していたことがわかります。