Music recorded in May 1900
1900年5月は、帝国主義と近代化が同時進行する様相が各地で可視化された月です。カリブ海ではプエルトリコ統治法(Foraker Act)の施行により、プエルトリコで軍政から民政へ移行し、チャールズ・ハーバート・アレン(Charles Herbert Allen, 1848–1934)が民政長官に就任しました。アメリカ合衆国では同日、ユタ州でスクーフィールド鉱山災害(Scofield Mine disaster)が発生し、多数の死者を出しました。ヨーロッパでは第2回オリンピック競技大会(Games of the II Olympiad)が1900年5月14日にパリで開幕し、万国博覧会と結びついた「近代スポーツの国際化」が進みます。南部アフリカでは第二次ボーア戦争(Second Boer War)のマフェキング包囲戦(Siege of Mafeking)が1900年5月17日に解除され、イギリス側の戦時世論を大きく刺激しました。さらに同月下旬にはオレンジ自由国(Orange Free State)の併合が宣言され、戦争の性格が占領・統治へと傾きます。東アジアでは義和団の乱(Boxer Rebellion)が1900年5月の時点で北京周辺へ活動を拡大し、翌月の急激な国際危機の前段となりました。
Confirmed recordings this month: 0
1900年5月の録音に関する情報のまとめ
1900年5月に「月」まで一次資料級に近い形で特定できる録音産業トピックとしては、エジソン系の販売・利用者向け刊行物『The Phonogram』の刊行開始(1900年5月–1902年12月)と、イギリスにおけるベル=テインター特許(Bell-Tainter patents)の主要部分の失効(1900年5月)により、コロムビア系製品の英国市場参入条件が変化した点が確認できます。一方、個別録音(特定曲の録音日・発売日)を1900年5月に限定して体系的に列挙できる月次リスト(会社公式の月報・月次新譜表など)は、今回参照できた信頼性の高い公開資料だけでは確認できません。
フォノグラム(The Phonogram)の刊行開始
ナショナル・フォノグラフ・カンパニー(National Phonograph Company)は、利用者・販売側に向けて情報を届ける目的で、ハーバート・A・シャタック(Herbert A. Shattuck, 生没年不明)が編集する定期刊行物『The Phonogram』を1900年5月から1902年12月まで継続して刊行したことが、当該誌を扱う研究・解説記事で明記されています。
- https://www.academia.edu/82377130/Q_and_A_in_the_New_Phonogram_1904_1912
- https://archive.org/details/Phonogram11
ベル=テインター特許の失効と英国市場の変化
研究論文では、音溝をワックス媒体へ刻む方式に関わるベル=テインター特許(Bell-Tainter patents)の主要特許がイギリスで1900年5月に失効し、これがコロムビア側の英国市場参入(少なくとも法的制約の緩和)を後押しした、と説明されています。
