Music recorded in December 1910

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Music recorded in December 1910

1910年12月の世界は、政治・科学技術・文化・社会が同時に大きく動いた月でした。イギリスでは12月総選挙が行われ、ハーバート・ヘンリー・アスキス(Herbert Henry Asquith, 1852–1928)率いる自由党と保守党が再び伯仲し、翌1911年の議会法へ連なる立憲危機が続きました。12月10日にはストックホルムでノーベル賞授与式が開かれ、ヨハネス・ディーデリク・ファン・デル・ワールス(Johannes Diderik van der Waals, 1837–1923)やオットー・ヴァラッハ(Otto Wallach, 1847–1931)、パウル・ハイゼ(Paul Heyse, 1830–1914)らの業績が顕彰されました。同日、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場(Metropolitan Opera)ではジャコモ・プッチーニ(Giacomo Puccini, 1858–1924)の《西部の娘》が初演され、アメリカを舞台にした新作オペラが国際的な文化話題となりました。フランスではジョルジュ・クロード(Georges Claude, 1870–1960)がネオン照明を公開し、都市の夜景と広告文化を変える新技術の出発点が示されました。一方、メキシコではフランシスコ・I・マデロ(Francisco I. Madero, 1873–1913)の蜂起呼びかけを受けた革命運動が年末にも続き、ポルフィリオ・ディアス(Porfirio Díaz, 1830–1915)体制の動揺が深まりました。さらに中国東北部では1910年末から肺ペストが広がり、近代的な防疫体制の必要性が国際的に強く意識されるようになりました。

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1910年12月の録音に関する情報のまとめ

1910年12月の録音界では、年末商戦向けの即時的な売れ筋だけでなく、翌年初頭の市場投入を見すえた新譜告知、外国語レパートリーの拡充、そして流通制度の再設計が同時に進んでいました。ナショナル・フォノグラフ社(National Phonograph Company)の機関誌『エジソン・フォノグラフ・マンスリー』(Edison Phonograph Monthly)1910年12月号を見ると、新しい国内歌手の追加、ドイツ語歌曲のアンベロール録音、外国語盤の継続供給、さらに不良・滞貨盤処理を含む制度改編の動きが重なっており、1910年末が単なる歳末販売期ではなく、1911年の録音販売体制を整える節目だったことが確認できます。

新しい国内録音陣の告知

1910年12月号の表紙・目次では、翌年初頭の補充の中心となる新しい国内録音陣として、エリザベス・スペンサー(Elizabeth Spencer, 1871–1930)、フランク・オームズビー(Frank Ormsby, 生没年不明)、ベリック・フォン・ノルデン(Berrick von Norden, 生没年不明)、レイナルド・ヴェレンラス(Reinald Werrenrath, 1883–1953)、ウェーバー男声四重唱団(Weber Male Quartet)が前面に出されています。これは単発の新顔紹介ではなく、英語圏の歌曲と重唱を継続的に支える体制づくりの一環として見ることができ、1911年に向けた国内カタログ強化の動きとして重要です。

アレクサンダー・ハイネマンのアンベロール録音

1910年12月号本文では、ドイツ語歌曲歌手アレクサンダー・ハイネマン(Alexander Heinemann, 生没年不明)のために8点のアンベロール録音を確保したことが告知されています。曲目は《Die Uhr》《Litanei》《Heinrich der Vogler》などで、いずれもオーケストラ伴奏付きとされました。アメリカ巡演中の歌手を録音し、ドイツ語圏需要に応えようとしたこの企画は、1910年末の時点でも外国語盤拡張が重要な販売戦略であり続けていたことをよく示しています。

1910年末のレコード交換制度の刷新

1910年12月31日付の販売部通達では、1911年1月1日から、遅売品・余剰在庫・カットアウト盤・不良盤を対象とする新しいレコード交換制度を実施すると告げられました。これは翌1911年の号でも1910年の主要成果の一つとして回顧されており、録音そのものの制作だけでなく、在庫循環と販売継続を支える流通制度が年末時点で再設計されていたことを示します。録音文化の拡大が、演奏家や作品の追加だけでなく、交換・補充の制度整備と結びついていた点は見落とせません。

外国語録音と録音周辺機材の継続的な整理

1910年12月号の目次には「Edison Bohemian Records」「Foreign Supplement for December, 1910」「Recording Horns Obsolete」が並んでいます。本文の全詳細をここで断定できる材料は限られますが、年末時点でもボヘミア語盤を含む外国語録音の供給と、録音用ホーンなど周辺機材の整理が同時進行していたこと自体は確認できます。録音文化が作品や歌手の追加だけでなく、多言語市場への対応と録音・再生機構の見直しを伴って拡大していたことを示す材料です。