Music recorded in January 1913
1913年1月は、政治と社会の両面で空気が大きく動いた月です。アメリカ合衆国(United States of America)では1月1日にアメリカ合衆国郵政省(United States Post Office Department)の国内小包郵便制度が始まり、地方住民も国内で小包を送り合えるようになって流通の風景が変わり始めました。イギリスではエメリン・パンクハースト(Emmeline Pankhurst, 1858–1928)が1月10日付書簡で婦人参政権運動の戦闘的方針を擁護しており、運動の先鋭化が同時代文書から確認できます。フランス第三共和政(French Third Republic)では1月17日にレイモン・ポアンカレ(Raymond Poincaré, 1860–1934)が大統領に選出され、外交姿勢の強化が注目されました。オスマン帝国(Ottoman Empire)では1月23日のクーデターで統一と進歩委員会(Committee of Union and Progress)が復権し、ロンドン講和会議は行き詰まって第一次バルカン戦争(First Balkan War)は再開へ向かいました。さらに南極では、英国南極探検隊テラノヴァ遠征(British Antarctic (Terra Nova) Expedition, 1910–1913)が1月にロバート・ファルコン・スコット(Robert Falcon Scott, 1868–1912)隊追悼の十字架をロス島(Ross Island)に建てており、探検史の記憶もこの月に刻まれています。
Confirmed recordings this month: 0
1913年1月の録音に関する情報のまとめ
1913年1月の録音関連史料を見ると、トーマス・エジソン(Thomas Edison, 1847–1931)系の事業は、円筒レコード中心の既存市場を維持しながらも、ディスク化とブルー・アンベロール・レコード(Blue Amberol Records)の拡張へと軸足を移していたことが分かります。『エジソン・フォノグラフ・マンスリー(Edison Phonograph Monthly)』1913年1月号の目次には、ディスク試作、ブルー・アンベロール第4回リスト、外国語録音案内、旧式ワックス盤の返品整理が並んでおり、この月がちょうど移行期のど真ん中だったことを示しています。
ディスク試作機
1913年1月号の巻頭記事「Working on the Disc」は、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)が新しいディスク式製品をなお試作段階に置いていたことを明記しています。記事では、トーマス・エジソン(Thomas Edison, 1847–1931)が新しいディスク・レコードを聴いている表紙写真に触れつつ、ニューヨーク五番街やボストンで試聴した関係者の評価は高く、製造はまだ遅いものの、機械とレコードの定常出荷へ向かっていると述べています。1913年1月時点では、円筒だけでなくディスクを次の柱にしようとする動きが、社内広報にすでに前面化していました。
ブルー・アンベロール第4回リスト
同じ1913年1月号には「Fourth List of Edison Blue Amberol Records」が掲載されており、ブルー・アンベロール・レコード(Blue Amberol Records)の拡充がその月の中心話題だったことが確認できます。さらに1913年2月号は、第4回リスト用補遺が「それまでに掲載されたブルー・アンベロール全体を見渡せる最初の総覧」になったと説明しており、1913年初頭に商品群が急速に厚みを増していたことが分かります。後年の整理でも、第4回リストは1591–1620番台の30点として扱われ、1912年11月–1913年2月にかけての国内ポピュラー系列の一角を占めています。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Audio/Edison-Phonograph/Edison-Phonograph-Monthly-1913-Vol-11.pdf
- https://www.archeophone.com/archives/edison-blue-amberol/
ワックス盤整理と再生器更新
1913年1月号は、旧式4分ワックス盤からブルー・アンベロール・レコード(Blue Amberol Records)へ移る過程もかなり露骨に示しています。「Special Price on Model “N” and Arms」は、小型振動板の旧式再生器では新しい硬質盤の実力を十分に出せないとして、モデルN再生器への更新を強く促しています。さらに同号の「Record Return Guide for January, 1913」は、ジョバーやディーラーが在庫ワックス盤を返品して整理できる条件を案内しており、本文でも「われわれはもはやワックス・レコードを製造していない」と明言しています。1913年1月は、再生環境の更新と在庫整理を通じて、新しい円筒規格へ顧客を押し出す月だったと見てよいです。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Audio/Edison-Phonograph/Edison-Phonograph-Monthly-1913-Vol-11.pdf
- https://adp-assets.library.ucsb.edu/edison_4m-cyls.pdf
外国語録音の継続
1913年1月号の目次には「Foreign Records for January, 1913」が立っており、月次の録音案内が英語圏向け商品だけで完結していなかったことが分かります。これは、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)が1913年初頭の時点でも外国語市場を重要な販路として扱っていたことを示す材料です。加えて後年の総括資料では、旧来のアンベロール・レコード(Amberol Records)は外国語カタログ向けには1913年初頭まで新規発行が続いたと整理されており、国内向けではブルー・アンベロール化が進んでいても、外国語市場では旧形式がしばらく併存していたことが確認できます。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Audio/Edison-Phonograph/Edison-Phonograph-Monthly-1913-Vol-11.pdf
- https://adp-assets.library.ucsb.edu/edison_4m-cyls.pdf
