1916年4月に録音された音楽

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1916年4月に録音された音楽

1916年4月は、第一次世界大戦(World War I)の軍事・政治・社会の緊張が一段と可視化した月でした。4月2日にはグレートブリテン及びアイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Ireland)のファヴァシャム兵器工場爆発(Faversham munitions explosion)が起こり、多数の死者を出しました。4月6日にはドイツ帝国(German Empire)が夏時間制度の導入を決定し、4月30日に実施へ移しました。東方では4月17日にロシア帝国(Russian Empire)軍がトレビゾンドを占領し、メソポタミアでは4月29日にグレートブリテン及びアイルランド連合王国軍がクート・アル=アマーラ包囲戦(Siege of Kut)で降伏しました。アイルランドでは4月24日–29日にイースター蜂起(Easter Rising)が起こり、同月25日にはオーストラリア連邦(Commonwealth of Australia)とニュージーランド(New Zealand)で最初のアンザック・デー(Anzac Day)が営まれ、戦争が追悼と政治変動の両面で社会に深く刻まれたことを示しました。

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1916年4月の録音に関する情報のまとめ

1916年4月の録音関連企業について、当月の一次資料と同時代業界資料で直接確認できる動きは、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)、コロンビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)、エオリアン社(The Aeolian Company)、ソノラ・フォノグラフ社(Sonora Phonograph Corporation)、パテ・フレール・フォノグラフ社(Pathé Frères Phonograph Co.)に集中していました。4月の特徴は、新譜名の列挙だけではなく、補遺付きカタログの更新、価格体系の統一、需要急増への補充、高級機の広告訴求、景況判断といった企業活動が前面に出ている点です。ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Co.)など他の主要企業についても当月号資料を確認しましたが、今回参照した範囲では、1916年4月に直接ひもづく企業活動を本文化できる水準で確定できませんでした。

Edison

トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)では、1916年4月号の『エジソン・フォノグラフ・マンスリー(The Edison Phonograph Monthly)』に、ブルー・アンベロール(Blue Amberol)歌手・器楽家の春季巡業予定がまとまって掲載され、発売済みレコードと実演活動を結び付けて需要を広げようとする姿勢が明確でした。同時に同号には、アトランタを本拠とする新しい卸会社フォノグラフズ社(Phonographs, Inc.)がジョージア州、フロリダ州、アラバマ州の大部分、テネシー州の一部を担当することが告知され、販売網拡張も確認できます。さらに1916年4月補遺のブルー・アンベロール新譜群は後続の総合カタログに組み込まれ、同年6月号ではその改訂版が卸業者向けに発送中であることが明記されています。

Columbia

コロンビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)について1916年4月3日付トロント通信で確認できるのは、カナダ市場でのレコード価格標準化と針価格引き上げです。4月の同社活動は新規録音の宣伝よりも、地域市場ごとの価格差をならし、付属消耗品を含む流通条件を整えることに重心がありました。少なくとも今回確認した当月資料では、同社の4月は価格政策の整理が前面に出た月でした。

Aeolian

エオリアン社(The Aeolian Company)については、1916年4月号の『トーキング・マシン・ワールド(The Talking Machine World)』がヴォカリオンへの需要の強さを伝えており、補充のための急送便が続いたことを示しています。4月時点の同社は、新製品の制度変更や大型発表よりも、需要急増への対応と在庫補充に追われていたとみられます。現時点で確認できる同月資料では、ヴォカリオン販売の勢いそのものが企業活動の中心でした。

Sonora

ソノラ・フォノグラフ社(Sonora Phonograph Corporation)は、1916年4月号の『トーキング・マシン・ワールド(The Talking Machine World)』で、最上級機スプリームを前面に出し、それを同社の「newest and greatest achievement」と位置付けて広告していました。小売価格1,000ドルという高価格設定も示されており、4月に直接確認できる活動は新録音の告知よりも高級機の意匠・価格・格付けを通じたブランド訴求にありました。1916年4月の同社は、量販よりも上級市場での存在感強化を優先していたと読めます。

putty

パテ・フレール・フォノグラフ社(Pathé Frères Phonograph Co.)について1916年4月号の『トーキング・マシン・ワールド(The Talking Machine World)』で直接確認できるのは、同社経営陣が産業状況を非常に満足できるものと見ていたという報告です。今回確認した同月資料では、個別の新録音題名や大規模販促策よりも、事業環境を良好とみる景況判断が前面に出ています。そのため、1916年4月の同社は、少なくとも業界紙上では、堅調な市況のもとで販売継続を図る局面として現れています。