Music recorded in August 1916
1916年8月は、第一次世界大戦の戦局が大きく動く一方で、国家制度や統治の再編も進んだ月でした。8月3日–5日のロマニの戦い(Battle of Romani)では、オスマン帝国(Ottoman Empire)軍によるスエズ運河(Suez Canal)方面への攻勢が退けられました。8月4日にはアメリカ合衆国(United States of America)とデンマーク王国(Kingdom of Denmark)がデンマーク領西インド諸島譲渡条約を締結し、8月25日にはアメリカ合衆国内務省国立公園局(National Park Service)が創設されました。8月下旬にはルーマニア王国(Kingdom of Romania)がオーストリア=ハンガリー帝国(Austria-Hungary)に宣戦し、イタリア王国(Kingdom of Italy)もドイツ帝国(German Empire)に宣戦しました。これを受けてパウル・フォン・ヒンデンブルク(Paul von Hindenburg, 1847–1934)がドイツ帝国参謀総長に就き、戦争指導体制が再編されました。さらに8月29日にはフィリピン自治法(Philippine Autonomy Act of 1916)が成立し、戦時下でも植民地統治と自治制度の再設計が進んでいたことがわかります。
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1916年8月の録音に関する情報のまとめ
1916年8月の録音業界では、夏場の販売促進と秋の新譜投入準備が並行して進んでいました。トーマス・アルバ・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)の販促資料では、ダイヤモンド・アンベローラ(Diamond Amberola)とブルー・アンベロール(Blue Amberol)を映画館観客にも訴求する広告資材、取扱店向けの販売喚起、9月新譜の事前告知が確認できます。一方、ディスク側では、ブランズウィック=ボーク=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Company)が蓄音機市場への参入を実売段階に移し、エマーソン蓄音機社(Emerson Phonograph Company, Inc.)は旧型盤の整理と新型ユニバーサル・カット盤への移行を進めていました。1916年8月は、各社が単に録音物を出すだけでなく、販売方法、再生機器、流通速度を含めて競争を強めていた月でした。
Edison
『エジソン・フォノグラフ・マンスリー(Edison Phonograph Monthly)』1916年8月号では、トーマス・アルバ・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)が、ダイヤモンド・アンベローラ(Diamond Amberola)とブルー・アンベロール(Blue Amberol)を映画館の観客に訴求するガラス製広告資材を案内し、取扱店に対して8月10日の販促連絡日への参加を呼びかけていました。同号には9月のブルー・アンベロール新譜一覧も掲載されており、ジュゼッペ・クレアトーレ(Giuseppe Creatore, 1871–1952)率いる楽団の初登場に加え、スウェーデン語盤とフランス語盤も告知されています。1916年8月の時点で、同社が店頭販促、地方流通、翌月新譜準備を一体で進めていたことが確認できます。
ブランズウィック
ブランズウィック=ボーク=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Company)は1916年夏に蓄音機市場への参入を本格化させ、1916年8月時点では実際の納品開始段階に入っていました。同社の初期機は複数のディスク形式への対応を意識した再生装置を特徴としており、既存市場へ後発参入する企業として、互換性と価格競争力を武器にしていたことがわかります。1916年8月は、同社にとって広告段階から実売段階へ移る節目の月に当たりました。
Emerson
エマーソン蓄音機社(Emerson Phonograph Company, Inc.)は1916年8月に、従来の6インチ縦振動盤の在庫処分を進める一方で、ユニバーサル・カット(Universal Cut)を用いた新しい小型両面盤の販売を前面に出していました。同時期の業界広告では、新曲を「ブロードウェイから店頭まで3週間」で届けるという速度が強調されており、同社が低価格帯だけでなく発売の早さでも競争しようとしていたことが確認できます。1916年8月は、旧製品整理と新製品拡販がはっきり交差した月でした。
