1916年7月に録音された音楽
1916年7月は、第一次世界大戦の長期消耗戦がさらに深まり、戦場の出来事と各国社会の不安が強く結びついて見える月でした。7月1日にはソンムの戦い(Battle of the Somme)が始まり、西部戦線の攻防は新たな段階に入りました。アメリカ合衆国では7月11日に1916年連邦道路援助法(Federal Aid Road Act of 1916)が成立し、自動車時代に対応する道路整備への連邦関与が制度として進みます。7月15日にはウィリアム・エドワード・ボーイング(William Edward Boeing, 1881–1956)がパシフィック・エアロ・プロダクツ社(Pacific Aero Products Co.)を設立し、後の航空機産業の発展につながる節目を作りました。一方で、7月22日のプレパードネス・デー爆破事件(Preparedness Day bombing)と7月30日のブラック・トム爆破事件(Black Tom explosion)は、アメリカ合衆国内でも戦争の影と破壊工作への警戒を可視化させる出来事となりました。
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1916年7月の録音に関する情報のまとめ
1916年7月の録音業界を当月資料で見ると、最も動きが明瞭なのはトーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)の円筒製品でした。これに加えて、1916年7月用レコード・リストの存在が確認できるヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Co.)、7月末時点で販売店網の拡張が確認できるパテ・パテフォン社(Pathe Pathephone Co.)、そして7月31日の博覧会展示でエオリアン=ヴォカリオン、コロンビア、エジソン製品を並べていた主要販売会社が確認できます。反対に、1916年7月の企業活動を同月資料から十分に裏づけられない会社は、無理に独立項目を立てていません。
エジソン
トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)の1916年7月号『エジソン・フォノグラフ・マンスリー』(Edison Phonograph Monthly)では、ダイヤモンド・アンベローラ(Diamond Amberola)とブルー・アンベロール・レコード(Blue Amberol Records)の優位を強く打ち出していました。とくにノース・ロンドン蓄音機・グラモフォン協会(North London Phonograph and Gramophone Society)で行われた比較試聴の結果として、ダイヤモンド・アンベローラ側が12対1で支持されたと紹介し、円筒式の音質優位を販促材料として用いています。また同号では、春先に生じていたブルー・アンベロールの供給遅延が解消され、注文を迅速に満たせる状態になったことも告知されており、1916年7月時点で生産と供給の立て直しが進んでいたことが確認できます。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Audio/Edison-Phonograph/Edison-Phonograph-Monthly-1916-Vol-14.pdf
- https://archive.org/stream/edisonphonograph14moor/edisonphonograph14moor_djvu.txt
ヴィクター
ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Co.)については、1916年7月1日号の『ミュージック・トレード・レビュー』(Music Trade Review)で、その月のヴィクター新譜リストに「The Girl With the Red Cross on Her Sleeve」が含まれていることが確認できます。この資料だけでは7月新譜全体の構成や販促施策の全容までは再構成できませんが、少なくとも1916年7月用のレコード・リストが実際に市場へ出ていたこと、そしてそれが同時代の音楽出版・販売関係者に意識されていたことは確認できます。
パテ
パテ・パテフォン社(Pathe Pathephone Co.)については、1916年8月5日号の『ミュージック・トレード・レビュー』(Music Trade Review)に載る7月31日付ハーレム通信から、7月末の販売網拡張が確認できます。西125丁目のJ・J・ロークの店舗はパテ・パテフォン取扱契約を結び、数日内に実演販売を始める準備に入ると報じられました。また14 West 125th Street のウィンターロス社もフルラインのパテ・パテフォンを新たに導入したとされており、1916年7月末のニューヨーク市内では、パテ製品の小売浸透が具体的に進んでいたことがわかります。
ストーン社
主要販売会社としては、ストーン・ピアノ社(Stone Piano Co.)の1916年7月31日の活動が確認できます。『ミュージック・トレード・レビュー』(Music Trade Review)によれば、同社はファーゴ州立博覧会(Fargo State Fair)の商業展示で三つのブースを使用し、そのうち一つをエオリアン=ヴォカリオン(Aeolian-Vocalion)、コロンビア、エジソン・ダイヤモンド・ディスクの展示に充てていました。これは1916年7月末の販売現場で、異なる録音関連ブランドが博覧会展示を通じて並行的に紹介されていたことを示す、当月資料上の具体例です。
