1916年12月に録音された音楽

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1916年12月に録音された音楽

1916年12月は、イギリスでデイヴィッド・ロイド・ジョージ(David Lloyd George, 1863–1945)が7日に首相へ就任し、戦時体制の再編が進みました。12日には中央同盟国(Central Powers)が講和交渉を提案し、18日にはウッドロウ・ウィルソン(Woodrow Wilson, 1856–1924)が交戦国に和平条件の提示を求めました。同じ18日にはヴェルダンの戦い(Battle of Verdun)が終結し、23日のマグダバの戦い(Battle of Magdhaba)では連合軍側が勝利しました。文化面ではヴェルネル・フォン・ハイデンスタム(Carl Gustaf Verner von Heidenstam, 1859–1940)が1916年のノーベル文学賞(Nobel Prize in Literature)を受け、月末にはグリゴリー・エフィモヴィチ・ラスプーチン(Grigory Yefimovich Rasputin, 1869–1916)がロシア旧暦1916年12月16日–17日、グレゴリオ暦1916年12月29日–30日に殺害されました。

この月の確認されている録音:0曲

1916年12月の録音に関する情報のまとめ

1916年12月の録音業界では、年末商戦を背景として、新録音の発表だけでなく、補充盤の告知、店頭広告、比較実演、販売網拡張の動きが前面に出ています。1916年12月号の社内誌と、1916年12月末の動きを伝える年明け直後の業界誌からは、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)、コロンビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)、パテ・フレール・フォノグラフ社(Pathé Frères Phonograph Co.)、ブランズウィック=バルク=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Co.)が、販売店向け施策と新年商戦の準備を強めていたことが確認できます。

エジソン

1916年12月のトーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)は、シリンダー系統のニュー・エジソン・ダイヤモンド・アンベローラ(New Edison Diamond Amberola)とブルー・アンベロール・レコード(Blue Amberol Records)の年末販促を強めていました。1916年12月号のエジソン・フォノグラフ・マンスリー(Edison Phonograph Monthly)では、クリスマス広告、店頭懸賞、比較実演の手順がまとめられ、年明け直後の業界誌では、販売店向け冊子エジソン・ダイヤモンド・ポイント(Edison Diamond Points)クリスマス号が好評であったこと、さらに高価格帯のヒストリカル・ピリオド・キャビネット(Historical Period Cabinets)が告知されたこと、レコード需要増加に対応する追加設備計画が販売店へ伝えられたことが確認できます。

コロンビア

1916年12月末のコロンビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)では、フィラデルフィアとボルティモアの販売スタッフが本社、ブリッジポート工場、録音研究所を訪れ、国際レコード部門の来年計画を協議しました。同じ号では、1917年1月の新譜補充盤一覧にヴァーノン・スタイルズ(Vernon Stiles, 生没年不明)の初録音が含まれることと、カンザス州の販売店がコロンビア・グラフォノーラ(Columbia Grafonola)の代理権を得たことも報じられており、同社が年末の時点で新録音と販売網整備を並行して進めていたことが確認できます。

パテ

1916年12月末のパテ・フレール・フォノグラフ社(Pathé Frères Phonograph Co.)は、パテフォン(Pathéphone)とパテ・ディスク(Pathé discs)の全国広告を強めていました。1916年12月30日号の『Saturday Evening Post』に全面広告を出し、1917年1月の新譜一覧を全国誌で告知するとともに、ブリッジポートの販売店では高価格帯モデルの需要が活発だったことが報じられています。資料上では、この月の同社は録音制作そのものよりも、店頭販売と全国広告を結びつける年末販促に力を入れていました。

ブランズウィック

1916年末のブランズウィック=バルク=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Co.)では、テキサス州ダラスのエルム街1205番地にブランズウィック専門店が開設されたことが報じられています。資料上で確認できるこの月の動きは多くありませんが、少なくとも同社が年末時点で南部市場への売場整備を進めていたことは確認できます。