1927年9月に録音された音楽
1927年9月は、国際政治、通信技術、舞踊文化、大衆スポーツ、航空輸送が同時に動いた月でした。9月1日までにアメリカ合衆国の航空郵便はすべて契約航空会社による運航へ移り、民間航空輸送の制度的基盤がさらに固まりました。9月7日にはフィロ・ファーンズワース(Philo Farnsworth, 1906–1971)が電子式テレビジョンの送信に成功し、映像技術史の大きな転機を刻みました。9月14日にはイサドラ・ダンカン(Isadora Duncan, 1877–1927)がニースで死去し、近代舞踊史に大きな衝撃を与えました。9月22日にはジーン・タニー(Gene Tunney, 1897–1978)がジャック・デンプシー(Jack Dempsey, 1895–1983)との再戦で、いわゆるロング・カウントの末に世界ヘビー級王座を守りました。9月24日には国際連盟総会(Assembly of the League of Nations)が「侵略戦争に関する宣言(Declaration concerning wars of aggression)」を採択し、侵略戦争を非とする立場を明文化しました。9月30日にはベーブ・ルース(Babe Ruth, 1895–1948)がシーズン60本塁打に到達し、記録競争を軸とする大衆スポーツ文化を象徴する月末となりました。
この月の確認されている録音:0曲
1927年9月の録音に関する情報のまとめ
1927年9月の録音業界では、電気録音の定着を前提に、各社が秋季商戦と制作を同時進行させていました。同月の業界誌では、ブランズウィック=バルケ=コレンダー社(The Brunswick-Balke-Collender Company)、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)、コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company, Inc.)の新型機を早く入荷したいという小売側の要望が確認でき、販売現場では新型機需要が強く意識されていました。録音日データでも、ヴィクター・トーキング・マシン社、ブランズウィック=バルケ=コレンダー社、コロムビア・フォノグラフ社、オーケー・フォノグラフ社(Okeh Phonograph Corporation)のオーケー・レコード(OKeh Records)、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)で、9月中の具体的な録音日が確認できます。流行歌、ジャズ/ブルース、宗教曲、民族系レパートリー、器楽曲までが同月内に並行して動いており、市場の細分化がかなり進んでいたことがわかります。
ヴィクター
ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)では、9月14日にジーン・オースティン(Gene Austin, 1900–1972)の《My blue heaven》が録音されました。さらに9月23日にはメアリー・ルイス(Mary Lewis, 1882–1977)による《On the beautiful blue Danube》、9月28日には《Lott’ ist Tod》や《Papillon (Butterfly)》が確認でき、同月の同社が流行歌だけでなく、声楽曲や欧州系レパートリーも並行して制作していたことがわかります。ニューヨークの主力録音と広いレパートリー運営が、9月中旬から月末にかけて継続していました。
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/date/browse?date=1927-09-14
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/date/browse/1927-09-23
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/date/browse/1927-09-28
ブランズウィック
ブランズウィック=バルケ=コレンダー社(The Brunswick-Balke-Collender Company)では、9月6日にザ・モーガン=クラーク・ミュージック・マスターズ(The Morgan-Clark Music Masters)による《Blue river》《I’m saving Saturday night for you》が録音され、9月19日にはアーロン・レベデフ(Aaron Lebedeff, 1873–1960)の《A Yiddisch liedele》《Gewalt! wie ken dus sein》が確認できます。さらに9月28日にはブラックストーン・トリオ(Blackstone Trio)による《I’ll see you in my dreams》もあり、同社がダンス音楽、民族系録音、器楽曲を同月内で並行して扱っていたことがわかります。業界誌でも、Brunswick electrical recordings の音質がBrunswick Recordsへの選好を強めているという趣旨の記事が見え、録音技術と販売が一体で動いていた月でした。
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/date/browse/1927-09-06
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/date/browse/1927-09-19
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/date/browse/1927-09-28
コロムビア
コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company, Inc.)では、9月23日に同社の移動録音班がスポケーンへ入り、現地音楽家の録音を開始しました。これは地方市場の掘り起こしと出張録音の継続を示す動きであり、同社が大都市スタジオ録音だけに依存していなかったことを示します。加えて9月28日にはベッシー・スミス(Bessie Smith, 1894–1937)による《Homeless blues》《Lookin’ for my man blues》が録音されており、同月の同社では地方出張録音と都市部の商業ブルース録音が並行して進んでいました。
- https://www.historylink.org/File/11225
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/date/browse/1927-09-28
- https://www.historylink.org/File/8946
オーケー
オーケー・フォノグラフ社(Okeh Phonograph Corporation)のオーケー・レコード(OKeh Records)では、9月23日にクラレンス・ウィリアムズ(Clarence Williams, 1893–1965)のクラレンス・ウィリアムズ・ブルー・セヴン(Clarence Williams’ Blue Seven)による《Baby won’t you please come home》《Close fit blues》が録音されました。さらに9月28日にはヴォーン・デ・リース(Vaughn De Leath, 1894–1943)による《Old names of old flames》も確認でき、ジャズ/ブルース系と流行歌系の双方が同月内に動いていました。オーケー・レコードが複数の市場を細かく切り分けて展開していたことが、9月の録音日データからも読み取れます。
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/date/browse/1927-09-23
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/date/browse/1927-09-28
エジソン
トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)では、9月6日にアーサー・フィールズ(Arthur Fields, 1888–1953)らによる《Marvelous》、9月19日に《Sailin’ on》《Moonlit waters》、9月23日にメトロポリタン・カルテット(Metropolitan Quartet)による《Will the circle be unbroken?》が録音されていました。流行歌、抒情歌、宗教系カルテットが同月内に並んでおり、同社が1927年秋にも家庭向けの幅広いレパートリーを維持していたことが確認できます。業界誌でもEdison Disc Phonograph向けの周辺需要が見えており、販売面と制作面の両方で活動が続いていました。
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/date/browse/1927-09-06
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/date/browse/1927-09-19
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/date/browse/1927-09-23
