1910年10月に録音された音楽

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1910年10月に録音された音楽

1910年10月、世界では政治・技術・社会の各分野で大きな転換が相次ぎました。10月5日、ポルトガルでは王政が倒れ、ポルトガル第一共和政(First Portuguese Republic)が成立しました。同じ日付で、メキシコではフランシスコ・I・マデロ(Francisco I. Madero, 1873–1913)が反再選を掲げる「サン・ルイス・ポトシ計画」を準備し、のちのメキシコ革命の出発点となりました。10月11日には、セオドア・ルーズベルト(Theodore Roosevelt, 1858–1919)が飛行機に搭乗し、アメリカ合衆国大統領経験者として初めて飛行した人物となりました。10月20日にはホワイト・スター・ライン(White Star Line)の大型客船オリンピック号(RMS Olympic)が進水し、大西洋航路の競争激化を象徴しました。さらに10月22日から30日まで、ニューヨーク州ベルモント・パークで大規模な国際航空競技会が開かれ、航空が実験段階から大衆的関心の対象へ移りつつあることを示しました。月末の10月30日には、赤十字運動の創始者アンリ・デュナン(Henry Dunant, 1828–1910)が死去し、19世紀的人道主義の一時代が幕を閉じました。

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1910年10月の録音に関する情報のまとめ

1910年10月のエジソン系録音業界では、単なる新譜案内だけでなく、旧録音在庫の整理、2分用・4分用両対応機構の普及、家庭録音機能の販促が同時に進められていました。『エジソン・フォノグラフ・マンスリー』(Edison Phonograph Monthly)1910年10月号では、「新レコード交換計画」「家庭録音の強化」「バルモラルおよびアルヴァ向けモデル“O”リプロデューサー」「1910年12月用の新譜案内」が主要項目として並んでおり、この時期が販売制度と再生機構の両面で過渡期にあったことが分かります。さらに同時期の広告文では、アンベロール盤が約4分半の長時間再生によって従来より長い楽曲を完全な形で提供できることが強調されていました。

新レコード交換計画

1910年10月号で大きく扱われた「新レコード交換計画」は、旧来の返却制度を改め、500種のスタンダード盤を特別整理対象として市場で循環させ直す仕組みでした。1910年12月31日まで有効の旧交換制度終了後は、特別リスト掲載の2分盤について、正価35セントで販売しつつ、購入者からは現金20セントと使用済みエジソン盤2本を受け取る方式が導入されました。さらに販売店は、回収した旧盤をジョバーに返送し、新たなスタンダード盤注文と組み合わせることで1枚あたり2セントのクレジットを受けられるとされ、旧録音の処分と新録音販売を一体化した施策だったことが確認できます。

モデル“O”リプロデューサーの普及拡大

1910年10月号の目次には「バルモラルおよびアルヴァ向けモデル“O”リプロデューサー」が明記されており、この時期に上位機種向けの両用リプロデューサー普及が重要課題になっていたことが分かります。後年の回顧資料によれば、モデル“O”は1910年9月に登場し、トライアンフ、アイデリア、バルモラル、アルヴァといった上位機に向けて設計されたもので、インデックス・スクリューの切り替えによって2分盤と4分盤の両方を再生できました。これは、4分のアンベロール盤が伸長する一方で、なお大量に残っていた2分盤との互換性を維持する必要があったことを示しています。1910年10月は、その実用展開が誌面上でもはっきり確認できる月でした。

1910年12月向け新譜の告知

1910年10月号には、1910年12月発売予定の新譜一覧が掲載されていました。確認できる範囲では、バイロン・G・ハーラン(Byron G. Harlan, 1861–1936)の「Curly Head」、フレデリック・H・ポッター(Frederic H. Potter, 生没年不明)の「Good-Bye Betty Brown」、エドワード・ミーカー(Edward Meeker, 1873–1937)の「That’s Good」、ピアレス・カルテット(Peerless Quartet)の「Sweetness」、ニューヨーク・ミリタリー・バンド(New York Military Band)の「Blaze of Glory March」が同号掲載分に含まれます。さらに総目録系資料では、同じ1910年12月掲載群として、スーザズ・バンド(Sousa’s Band)の「The Corcoran Cadets」、エリザベス・スペンサー(Elizabeth Spencer, 1871–1930)の「In Dear Old Tennessee」、ビリー・マレー(Billy Murray, 1877–1954)の「That’s the Fellow I Want to Get」、エイダ・ジョーンズ(Ada Jones, 1873–1922)とビリー・マレーの「Oh, You Dream」、ウィル・オークランド(Will Oakland, 1873–1957)の「There’s a Light in the Window」なども確認できます。1910年10月号は、年末商戦に向けた録音供給の起点として機能していました。

家庭録音機能の継続的な販促

1910年10月号の目次には「家庭録音の強化」が掲げられており、この機能が販売上の重要な訴求点であったことが確認できます。実際、同年末の誌面では、販売店に対してシェービング・マシン、レコーダー、シェーブド・ブランクを揃え、来店客に自分の声を録音させて実演するよう強く促していました。これは、エジソン機が再生専用機ではなく、家庭内で録音まで可能な機械であることを他社との差別化要素として前面に出していたことを示しています。10月号段階で「強化」が掲げられ、年末に向けてその宣伝が継続された流れは明瞭です。