1921年2月に録音された音楽

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1921年2月に録音された音楽

1921年2月の世界は、第一次世界大戦後の秩序再編がなお続いていたことを示す出来事が重なった月でした。パリではドイツ賠償問題をめぐる会議が続き、戦後経済の不安定さが外交課題の中心にあり続けました。アメリカ合衆国では2月15日、連邦議会議事堂ロタンダで女性参政権運動を記念する肖像記念碑の除幕式が行われ、社会運動の成果が国家的記憶として可視化されました。2月21日にはアメリカ合衆国郵便局省が昼夜連続の大陸横断航空郵便運行を開始し、2月22日–23日の飛行は長距離航空輸送の実用化を前進させました。同じ2月21日、テヘランでは軍事クーデターが起こり、イランの政治秩序は大きく揺れます。さらに2月25日にはジョージア民主共和国の首都トビリシが赤軍に制圧され、コーカサスの政治地図も大きく変化しました。外交、社会、輸送技術、地域政治の各面で、戦後世界が新たな制度と権力配置へ組み替えられていく過程がはっきり見えた月でした。

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1921年2月の録音に関する情報のまとめ

1921年2月の同時代業界資料からは、録音業界が単なる新譜発売だけでなく、価格改定、販売網の再編、ディーラー向け支援、実演販売、地域流通の強化を同時に進めていたことが分かります。とくに当月は、景気調整の中で既存在庫の価値を守る方針を打ち出す企業がある一方、需要喚起のためにレコード価格を引き下げる企業もあり、各社の戦略差がはっきり見えます。また、カナダ市場やアメリカ合衆国南部市場への販路拡張、黒人大衆音楽の需要拡大、無線電話とレコード再生の接近など、販売と聴取環境の変化も確認できます。以下では、1921年2月の資料上で活動を確認できる録音関連企業・主要販売会社のみを整理します。

トーマス・A・エジソン社

『The Talking Machine World』1921年2月15日号では、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)の関連活動として、2月10日–11日にモントリオールでエジソン系卸業者会議が開かれたことが報じられています。その準備として、2月4日–5日にはニュージャージー州オレンジで標準化委員会の会合も行われました。また、同号ではエジソン・フォノグラフ・ワークス(Edison Phonograph Works)がプルマン社(Pullman Company)に対し、キャビネット納入遅延をめぐる訴訟を起こしたことも報じられており、1921年2月の同社が販売網整備と製品供給問題の双方に取り組んでいたことが分かります。

コロムビア

コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)は、1921年2月1日付で、専属ではない歌手・演奏家による10インチ両面盤の一部系列を1ドルから85セントへ値下げしました。価格政策によって需要を刺激しようとしたことが、この月の明確な動きとして確認できます。さらに同月には、カナダで小売直販を担う最初の支店をモントリオールのサン・カトリーヌ街204番地に開設しており、価格改定と地域販路拡張を同時に進めていました。

ブランズウィック

ブランズウィック=バルク=コレンダー社(The Brunswick-Balke-Collender Co.)は、1921年2月のディーラー向け書簡で、景気調整の中でもブランズウィック製品の価格は変更しない方針を示しました。同社は、原材料費や労務費の低下があっても急な値下げは行わず、改良と付加価値によって製品価値を維持すると述べ、流通在庫の減価を起こさない姿勢を強調しています。当月の同社は、価格競争よりもディーラー信認の維持を優先していました。

ベルリナー

カナダのベルリナー・グラモフォン社(Berliner Gramophone Co., Ltd.)については、1921年2月5日に関係者がモントリオールで無線電話による音楽送信を試聴したことが報じられています。送信側ではヴィクトローラが用いられ、ヒズ・マスターズ・ヴォイス(His Master’s Voice)盤の演奏が流されたとされます。同じ記事は、ロンドンから戻った録音関係者が同社の録音研究所に加わったことや、モントリオールの新しい室内楽団体の最初の録音が近く発売予定であることも伝えており、録音、販売、無線実演が接近しつつあったことを示しています。

ヴィクター系販売会社

ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Co.)の直轄記事ではありませんが、1921年2月の同時代資料には主要販売会社の活動が複数出ています。クニッカーボッカー・トーキング・マシン社(Knickerbocker Talking Machine Co.)は2月2日にニューヨークでディーラー向けの先行試聴会を開き、3月発売予定のヴィクター盤を紹介しました。また、ルイス・ビューン社(Louis Buehn Co.)も2月3日と7日にフィラデルフィアでディーラー会合を開き、供給改善と販売拡張について協議しています。当月のヴィクター系は、卸売会社を軸に新譜紹介と販売網活性化を進めていました。

オーケー

ジェネラル・フォノグラフ社(General Phonograph Corp.)のオーケー盤では、1921年2月1日から、メイミー・スミス(Mamie Smith, 1883–1946)盤を除くポピュラー盤が1ドルから85セントへ値下げされました。さらに同月の業界記事は、メイミー・スミス盤に対する注文が各地から集まり、需要が予想以上に広がっていることを伝えています。1921年2月のオーケーは、価格改定と黒人大衆音楽の販売拡大が同時に進んでいたことを示す事例です。

ヴォカリオン

エオリアン社(The Aeolian Company)は、1921年2月、南部市場向けの配給会社としてサザン・ヴォカリオン・ディストリビューターズ社(Southern Vocalion Distributors, Inc.)をバーミングハムに組織しました。この会社はヴォカリオン機械、ヴォカリオン盤、メロディー・ミュージック・ロールの配給を担うものとされており、同社が南部流通の強化を進めていたことが分かります。これは当月の企業活動として明確に確認できる販路再編の事例です。

パテ

パテ・フレール・フォノグラフ社(Pathé Frères Phonograph Co.)については、1921年2月の同時代記事に、ニューイングランドでの販売会議や、バッファロー地区のディーラー大会に関する報道が見えます。とくに2月21日には、同地区で約150人のパテ・ディーラーが集まり、販促計画を協議しました。1921年2月の同社は、地域販売網を動員した販促と会議運営に力を入れていたことがうかがえます。

ソノラ

ソノラ・フォノグラフ社(Sonora Phonograph Co.)に関しては、1921年2月の業界誌に、ケンタッキー州でソノラ取扱店が40店に達したこと、またハートフォードのG. Fox & Co. が新たな取扱店となったことが報じられています。大規模な全国施策ではないものの、当月の資料上では販売網拡張の実例として十分に確認できます。1921年2月のソノラは、地域小売網の積み増しによって市場浸透を図っていました。

エマーソン

エマーソン・フォノグラフ社(Emerson Phonograph Co.)については、1921年2月初頭に販売責任者が西部市場へ出張し、各地の配給業者との会議を予定していることが報じられています。記事の性格上、当月中にどこまで具体的成果が出たかまでは資料上確認できませんが、少なくとも同社が2月の段階で西部流通の立て直しと営業強化を進めていたことは確認できます。