Music recorded in March 1914
1914年3月は、政治危機と社会運動、文化施設の開業が同時進行した月でした。アルバニアではヴィルヘルム・ツー・ヴィート(Wilhelm zu Wied, 1876–1945)が到着して新国家の統治が始まり、イギリスではアイルランド自治をめぐるカーラ事件(Curragh Incident)が軍と政府の緊張を表面化させました。フランスでは3月16日にアンリエット・カイヨー(Henriette Caillaux, 生没年不明)が『フィガロ(Le Figaro)』編集長ガストン・カルメット(Gaston Calmette, 1858–1914)を射殺し、政界と報道界に衝撃が走りました。イギリスでは3月10日にメアリー・リチャードソン(Mary Richardson, 生没年不明)がナショナル・ギャラリー(National Gallery)の《ロケビーのヴィーナス》を損傷し、女性参政権運動の急進化が可視化しました。文化面では3月6日–7日にアッシャー・ホール(Usher Hall)が開場し、エディンバラの演奏文化に新しい拠点が生まれています。
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1914年3月の録音に関する情報のまとめ
1914年3月の録音業界は、同月の業界紙に4月向け新譜案内が集中して現れ、春商戦に向けた各社の編成が見えます。シリンダーとディスクはまだ並行して販売され、ダンス音楽、オペラ、宗教曲、喜歌劇、流行歌が同じ紙面で競っていました。とくにトーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)はブルー・アンベロール(Blue Amberol)を販売の柱として押し出しながらディスクも拡大し、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)とコロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Company)も4月発売予定盤を前面に掲げています。1914年3月時点の市場は、媒体の違いを残しつつも、品目の幅と販売網の厚さで競争していたと整理できます。
Edison
1914年3月のトーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)は、同月号『エジソン・フォノグラフ・マンスリー(Edison Phonograph Monthly)』でブルー・アンベロール(Blue Amberol)を「商売を築く」媒体として強く押し出していました。そこでは50セント級の価格、耐久性、量販向けの訴求が前面に出され、シリンダー販売をまだ主力の一角として維持する姿勢が明確です。同月号『トーキング・マシン・ワールド(The Talking Machine World)』の4月新譜欄でも、コンサート盤と通常盤の両方が掲載され、復活祭向け宗教曲、喜歌劇抜粋、流行歌、民族舞踊曲まで広い品目が確認できます。したがって3月の同社は、エジソン・ディスク(Edison Disc)へ全面移行したのではなく、ディスクとブルー・アンベロールの二本立てで市場を押さえようとしていたとみるのが妥当です。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Audio/Edison-Phonograph/Edison-Phonograph-Monthly-1914-Vol-12.pdf
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine/10s/Talking-Machine-1914-03.pdf
Victor
1914年3月号『トーキング・マシン・ワールド(The Talking Machine World)』の4月新譜欄では、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)がダンス音楽、軍楽、スコットランド歌曲、レッド・シール(Red Seal)の高級声楽盤を同時に投入していました。掲載された歌手にはハリー・ローダー(Harry Lauder, 1870–1950)やエンリコ・カルーソー(Enrico Caruso, 1873–1921)が含まれ、廉価市場と高級市場の両面を狙う編成が見えます。さらに同号の地方報告では、ダンス音楽の需要増により在庫を十分に保つことが難しいという販売現場の声も出ており、3月の同社が流行舞踊需要の拡大に強く反応していたことが確認できます。
Columbia
同じ1914年3月号『トーキング・マシン・ワールド(The Talking Machine World)』の4月新譜欄によれば、コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Company)は、シンフォニー・ディスク・レコード(Symphony Disc Records)、シンフォニー・ダブルディスク(Symphony Double-Disc)、ブルー・ラベル・ダブルディスク(Blue Label Double Disc)、ダブルディスク(Double-Disc)という複数系列を並行して動かしていました。内容は歌劇・重唱・器楽から流行歌やバンド物まで広く、同社が高級盤と大衆盤を一つの月次案内のなかで同時に回していたことが分かります。1914年3月の時点で、同社は媒体をダブルディスクへ寄せながらも、内容面では古典、声楽、流行歌を横断する総合編成で春商戦に臨んでいたと整理できます。
