1903年6月に録音された音楽
1903年6月10日夜–6月11日未明、セルビア王国(Kingdom of Serbia)でセルビア五月政変(May Coup)が発生し、国王アレクサンダル1世オブレノヴィッチ(Aleksandar I Obrenović, 1876–1903)と王妃ドラガ(Draga, 1864–1903)が殺害されました。1903年6月14日、アメリカ合衆国(United States of America)オレゴン州ヘップナー(Heppner)でヘップナー洪水(Heppner flood of 1903)が起き、町に大きな被害が出ました。1903年6月16日、ヘンリー・フォード(Henry Ford, 1863–1947)らがフォード・モーター・カンパニー(Ford Motor Company)の設立書類に署名し、企業設立の手続きが進みました。1903年6月17日には、シカゴのグランド・オペラ・ハウス(Grand Opera House)でヴィクター・ハーバート(Victor Herbert, 1859–1924)のオペレッタ『ベイブス・イン・トイランド』(Babes in Toyland)の同日付公演プログラムが残されています。1903年6月20日付のザ・サタデー・イブニング・ポスト(The Saturday Evening Post)でジャック・ロンドン(Jack London, 1876–1916)の『荒野の呼び声』(The Call of the Wild)が分載で掲載開始となりました。1903年6月25日、マリー・キュリー(Marie Curie, 1867–1934)がソルボンヌ大学(Université de la Sorbonne)で放射性物質に関する博士論文を公開審査で弁護しました。
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1903年6月の録音に関する情報のまとめ
1903年6月号のエジソン・フォノグラフ・マンスリー(Edison Phonograph Monthly)では、ナショナル・フォノグラフ・カンパニー(National Phonograph Company)がエジソン・モールド・レコード(Edison Moulded Records)の流通実務を前提に、新譜の事前告知や注文締切の扱いを示しています。また同号には、シカゴの百貨店ザ・フェア(The Fair)に対して、所定の契約を経ないエジソン・レコードの販売を差し止める目的で提起された訴訟に関する、1903年6月12日付の差止命令文(命令・差止の写し)が掲載されています。
1903年7月向けエジソン・モールド・レコードのアドバンス・リスト
同号の「1903年7月向け新譜アドバンス・リスト」では、1903年7月1日頃の出荷を目標とする旨と、ジョバー(Jobber)の在庫注文について1903年6月20日以前の発注分を優先して出荷する方針が示されています。あわせて、1903年7月1日付の補遺(Supplement)を同封する運用や、同リストが国内向け25件の題目で構成される旨が掲げられています。
ザ・フェアに対する差止命令(1903年6月12日付)
ナショナル・フォノグラフ・カンパニー(National Phonograph Company)が、シカゴの百貨店ザ・フェア(The Fair)によるエジソン・レコードの販売をめぐって提起した訴訟について、同号は命令文の写しを掲載しています。命令文は1903年6月12日付で、ザ・フェア(The Fair)および関係者に対し、ライセンスを欠く状態で特許に関係する装置・物品を販売等しないよう差し止める趣旨が記されています。文面にはメルヴィル・ウェストン・フラー(Melville Weston Fuller, 1833–1910)の名が記載されています。
