1919年3月に録音された音楽

この記事は約6分で読めます。
スポンサーリンク

1919年3月に録音された音楽

1919年3月は、第一次世界大戦後の秩序再編と各地の民衆運動が同時に進んだ月でした。朝鮮では3月1日に三・一運動(March First Movement)が始まり、日本統治に抗する独立要求が各地へ広がりました。エジプトではワフド党(Wafd)の指導者追放をきっかけに大規模な反英運動が起こり、社会不安が一気に表面化しました。ロシアでは第三インターナショナル(Third International)が創設され、革命運動の国際的連携が打ち出されます。中欧では3月21日にハンガリー・ソビエト共和国(Hungarian Soviet Republic)が成立し、戦後の政治的空白が急進化へ結びつきました。イタリアでは3月23日にベニート・ムッソリーニ(Benito Mussolini, 1883–1945)がファッシ・ディ・コンバッティメント(fasci di combattimento)を創設し、後のファシズムの出発点が形づくられました。その一方で、北米では3月3日にシアトル–バンクーバー間でアメリカ合衆国初の国際郵便航空便が飛行し、戦後社会が新しい輸送と通信の時代へ進み始めていました。

この月の確認されている録音:0曲

1919年3月の録音に関する情報のまとめ

1919年3月の録音関連資料として確認できるのは、主として当月付の新聞広告、販売店広告、月次補遺に関する同時代資料です。この月は、主要各社が新譜や再生機構、互換性、分割払い条件を前面に出して市場を広げていたことがうかがえます。以下では、1919年3月付の資料で活動を確認できた録音関連企業と販売展開のみを挙げます。

ビクター

ビクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)は、1919年3月4日付の販売店広告で「3月のビクター盤」を掲げ、ハリー・ローダー(Harry Lauder, 1870–1950)を含む当月盤を訴求していました。さらにアメリカ議会図書館(Library of Congress)の解説からは、同社の1919年3月補遺でハリー・ローダーが目立つ位置で扱われていたことが確認でき、終戦直後の感傷と娯楽需要を結びつける販促がこの月にも続いていたことがわかります。

コロムビア

コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Company)は、1919年3月10日付の広告で「新しいコロムビア盤」を掲げ、コロムビア・グラフォノーラ(Columbia Grafonolas)とともに当月盤を販売していました。少なくとも3月の販売現場では、新譜訴求と機械販売を一体化した営業が行われていたことが確認できます。

エジソン

トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)は、1919年3月25日付の広告で「ニュー・エジソン・モデル・シェラトン(New Edison Model Sheraton)」を175ドルで告知し、エジソン・ダイアモンド・ディスク・フォノグラフ(Edison Diamond Disc Phonograph)の新機構を強調していました。1919年3月下旬の時点で、同社が録音物そのものだけでなく、家具調キャビネット機を前面に出した販売戦略を進めていたことが確認できます。

パテ

パテ・フレール・フォノグラフ社(Pathé Frères Phonograph Company)は、1919年3月15日付の広告で、パテ盤が「どの蓄音機でも再生できる」と訴求していました。同月の資料では、任意のレコード選択と分割払いの案内も確認でき、1919年3月の販売現場で互換性と導入のしやすさが重視されていたことがわかります。

ブランズウィック

ブランズウィック・バルク・コーレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Company)は、1919年3月14日付の広告で「ブランズウィック方式の再生」を掲げ、再生方式そのものを差別化要因として宣伝していました。3月時点で同社が音質と機構上の独自性を販売上の中核にしていたことが確認できます。

ヴォカリオン

エオリアン社(The Aeolian Company)のヴォカリオン(Vocalion)は、1919年3月14日付および3月19日付の広告で、専用機の特徴や分割払い条件を前面に出して販売されていました。少なくとも3月中旬の販売広告では、ヴォカリオンが独立したブランドとして継続的に訴求されていたことが確認できます。

オーケー

オーケー・レコード(Okeh Records)は、1919年3月21日付の『Richmond Times-Dispatch』で、レコードそのものを前面に出した販売広告が確認できます。少なくとも3月下旬の小売市場では、同レーベルが独立した訴求対象として扱われていたことがわかります。

エマソン

エマソン・レコード(Emerson Records)は、1919年3月12日付の『The Champaign Daily Gazette』で、価格を明示した店頭広告が確認できます。3月時点で地方市場に流通していたことを示す同時代資料として位置づけられます。

ソノラ

ソノラ・フォノグラフ社(Sonora Phonograph Co.)は、1919年3月6日付の広告で「すべてのレコードを完全に再生する」と訴求していました。1919年3月の時点で、同社が互換再生を販売上の強みとしていたことが確認できます。