1922年6月に録音された音楽

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1922年6月に録音された音楽

1922年6月は、国家体制の再編、政治的暴力、探検、文化施設の更新が同時に進んだ月でした。6月1日、北アイルランドではロイヤル・アルスター警察隊(Royal Ulster Constabulary)が発足し、新しい統治秩序の整備が進みました。6月7日にはエベレスト山(Mount Everest)の北稜で英国隊の登山中に雪崩が発生し、七人のシェルパが死亡しました。6月24日にはドイツの外務大臣ヴァルター・ラーテナウ(Walther Rathenau, 1867–1922)が暗殺され、ヴァイマル共和政(Weimar Republic)の不安定さが強く印象づけられました。6月26日にはオールイングランド・ローンテニス・アンド・クローケー・クラブ(All England Lawn Tennis and Croquet Club)の新会場チャーチ・ロードでウィンブルドン選手権(The Championships, Wimbledon)が正式に始まりました。さらに6月28日にはダブリンのフォー・コーツ(Four Courts)砲撃が始まり、アイルランド内戦が本格化しました。6月30日にはその戦闘の中でアイルランド公記録局(Public Record Office of Ireland)が炎上し、長期にわたって蓄積されてきた歴史記録の大規模な喪失が生じました。

この月の確認されている録音:0曲

1922年6月の録音に関する情報のまとめ

1922年6月の録音業界では、六月の発売、六月の日付をもつ録音、六月中の会社再編を直接たどれる資料が残る企業に動きが見られます。確認できる範囲では、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)のシリンダー新譜供給、エマーソン・フォノグラフ社(Emerson Phonograph Company, Inc.)とその関連ブランドの再編、コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Company)の実演販売、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)の歴史的録音、そしてアンドレー・ノルドスコグ(Andrae Nordskog, 1881–1942)とサンシャイン・レコード(Sunshine Records)周辺のジャズ録音が確認できます。

エジソン

トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)では、1922年6月発売のブルー・アンベロール 4519–4527番が確認できます。この六月発売群には、ルディ・ヴィードエフト(Rudy Wiedoeft, 1893–1940)による器楽曲や、ウォルター・ヴァン・ブラント(Walter van Brunt, 1872–1949)、ヴァーノン・ダルハート(Vernon Dalhart, 1883–1948)らの歌唱が含まれており、同社が1922年半ばにもシリンダー新譜の供給を継続していたことが分かります。

エマーソン

エマーソン・フォノグラフ社(Emerson Phonograph Company, Inc.)では、1922年6月1日にエマーソンおよびリーガル・レコード社(Regal Record Company)の商標と主要資産がベンジャミン・エイブラムズ(Benjamin Abrams, 生没年不明)へ売却されました。その後、六月から八月にかけて録音活動は停止したまま再編が進められており、この月の同社は新規録音よりも経営権の移行と事業再建が中心だったと確認できます。

コロムビア

コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Company)は、1922年6月20日付の広告で新譜番号を前面に出し、販売店でグラフォノーラの実演を受けるよう消費者へ呼びかけていました。六月の確認資料では、この会社の動きは大規模な制度変更よりも、販売店網を通じた新譜告知と実演販売の継続として現れています。

ヴィクター

ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)では、1922年6月30日にエック・ロバートソン(Eck Robertson, 1887–1975)とヘンリー・ギリランド(Henry Gilliland, 1869–1968)が録音を行いました。この録音は《アーカンソー・トラヴェラー(Arkansaw Traveler)》や《サリー・グッデン(Sallie Gooden)》で知られ、後に同社の初期カントリー録音史の重要事例として扱われています。

ノルドスコグ/サンシャイン

キッド・オリー(Kid Ory, 1886–1973)の《オリーズ・クレオール・トロンボーン(Ory’s Creole Trombone)》は、1922年6月の録音として整理されています。この録音はアンドレー・ノルドスコグ(Andrae Nordskog, 1881–1942)のノルドスコグ・レコード(Nordskog Records)で録音され、その後スパイクス兄弟のサンシャイン・レコード(Sunshine Records)から流通したもので、黒人ニューオーリンズ・ジャズ・バンドによる初期商業録音の一つとして重要です。