1924年8月に録音された音楽
1924年8月は、戦後秩序の再編と大衆社会の拡大が同時に進んだ月でした。ロンドン賠償会議(London Reparation Conference)ではドーズ案(Dawes Plan)の受諾が進み、ドイツ賠償問題と欧州金融安定化の枠組みが具体化しました。ジョージアでは月末に反ソ蜂起が起こり、ソビエト連邦の支配強化がいっそう鮮明になります。モンゴル人民党(Mongolian People’s Party)は8月の第三回大会で左傾化を強め、新国家建設の方向をさらにソビエト寄りへ傾けました。アメリカ合衆国ではネイサン・フロイデンタール・レオポルド・ジュニア(Nathan Freudenthal Leopold, Jr., 1904–1971)とリチャード・アルバート・ローブ(Richard Albert Loeb, 1905–1936)の事件が大きく報じられ、死刑と更生をめぐる社会的議論が広がりました。月末にはパーヴォ・ヌルミ(Paavo Nurmi, 1897–1973)が1万メートルの世界記録を更新し、国際的なスポーツ報道でも大きな話題となりました。
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1924年8月の録音に関する情報のまとめ
1924年8月の録音業界では、複数会社が同月中に新規マトリクスを作成しており、オールドタイム、ブルース、宗教曲、外国語盤、メキシコ系レパートリーまで録音対象の幅が広がっていたことを確認できます。とくに1924年8月19日には、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)、コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company, Inc.)、ゼネラル・フォノグラフ社(General Phonograph Corporation)のオーケー・レコード(Okeh Records)、スター・ピアノ社(Starr Piano Co.)のジェネット・レコード(Gennett Records)が同日に録音を行っており、夏季の段階でも会社横断で録音実務が活発に動いていたことが分かります。月初にはブランズウィック=バルケ=コレンダー社(The Brunswick-Balke-Collender Company)、月末にはトーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)の活動も確認でき、電気録音移行直前の録音産業がなお多様な市場に向けて新録を続けていたことが見て取れます。
ヴィクター
ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)では、1924年8月19日にフィドリン・パワーズ・アンド・ファミリー(Fiddlin’ Powers & Family)による「Cumberland Gap」「Sallie Goodin」「Cripple Creek」などのオールドタイム系器楽録音がまとまって行われました。同月18日–19日には、ビリー・マレー(Billy Murray, 1877–1954)とアイリーン・スタンリー(Aileen Stanley, 1893–1982)の流行歌デュエット、ジョージ・オルセン・アンド・ヒズ・ミュージック(George Olsen and his Music)によるダンス音楽も録音されており、地方音楽、流行歌、ダンス音楽を並行して処理していたことが確認できます。
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/date/browse/1924-08-19
- https://adp.library.ucsb.edu/names/100314
コロムビア
コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company, Inc.)では、1924年8月19日にベッシー・ブラウン(Bessie Brown, 生没年不明)の「Mississippi Delta Blues」「Pork Chop Blues」、クララ・スミス(Clara Smith, 1894–1935)の「Deep Blue Sea Blues」「Texas Moaner Blues」、ストーヴパイプ・ナンバーワン(Stovepipe No. 1, 1890–没年不明)の宗教曲とブルースが一日で録音されました。ブルース歌手と一人伴奏型歌手の双方を同日に扱っている点から、同社が1924年8月時点でブルースと宗教曲の両面でレパートリーを拡充していたことが分かります。
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/date/browse/1924-08-19
- https://en.wikipedia.org/wiki/Stovepipe_No._1
オーケー
ゼネラル・フォノグラフ社(General Phonograph Corporation)のオーケー・レコード(Okeh Records)では、1924年8月19日にグレース・ナルチーゾ(Grace Narciso, 生没年不明)とティト・ヴオロ(Tito Vuolo, 1893–1962)の二重唱「La Nervosella」「La Sciasciona」、ジェンナーロ・アマート(Gennaro Amato, 生没年不明)による「Broadway」「Strofette Americanizzate」が録音されました。英語主流盤ではなくイタリア語系レパートリーを同日にまとめて処理しているため、同社が民族市場向け録音を1924年8月にも維持していたことが読み取れます。
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/date/browse/1924-08-19
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/objects/detail/253540/OKeh_9165
ジェネット
スター・ピアノ社(Starr Piano Co.)のジェネット・レコード(Gennett Records)では、1924年8月19日にウッズ・メキシカン・オーケストラ(Wood’s Mexican Orchestra)による「Gardenia」「El Zorzal」「Me Quieres?」と、オルケスタ・テハーナ(Orquesta Texana)による「Hortensia」「La Bombonera」「La Princesita」「!Perdon!」が録音されました。メキシコ系・テハーノ系の器楽録音を同日に複数まとめていることから、同社が英語圏主流市場だけでなくスペイン語圏需要にも向き合っていたことが確認できます。
ブランズウィック
ブランズウィック=バルケ=コレンダー社(The Brunswick-Balke-Collender Company)では、1924年8月5日にレイ・ミラー・オーケストラ(Ray Miller Orchestra)による「Red Hot Mama」の録音が確認できます。8月上旬の段階で同社がダンス・バンド向け新録を継続していたことを示す事例であり、都市娯楽市場向け供給が夏季にも切れていなかったことが分かります。
- https://www.78discography.com/BRN2500.htm
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/objects/detail/292590/Brunswick_Australia_2681
エジソン
トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)でも、1924年8月27日の新規録音が確認できます。同日の記録には、エジソンの10インチ盤マトリクスとして「You’re Gonna Wake Up Some Mornin’ but Pappa Will Be Gone」が見えており、月末の時点でも同社が新しい商業録音を継続していたことが分かります。ディスク中心化が進む時期であっても、同社はなお録音実務の場にとどまっていました。
