1927年7月に録音された音楽
1927年7月は、国家記念、行政再編、政治対立、放送開始、戦争記憶の可視化が並行して進んだ月でした。7月1日、カナダでは連邦成立60周年にあわせて平和の塔(Peace Tower)が献納され、カリヨンの演奏が始まりました。アメリカ合衆国では同月、食品・医薬品・殺虫剤局(Food, Drug, and Insecticide Administration)が発足し、連邦規制機構の再編が進みました。7月15日にはオーストリアのウィーンで司法宮殿(Palace of Justice)が炎上し、七月蜂起で多数の死者が出ました。中国では汪兆銘(1883–1944)が同月に共産党勢力の排除へ転じ、第一次国共合作の崩壊が決定的になりました。インドでは7月23日にインド放送会社(Indian Broadcasting Company)が発足し、同日からボンベイ局の放送が始まりました。さらに7月24日、ベルギーのイーペル・メニン門記念碑(Ypres [Menin Gate] Memorial)が除幕され、第一次世界大戦の戦没者追悼が新たな記念空間として定着しました。
この月の確認されている録音:0曲
1927年7月の録音に関する情報のまとめ
1927年7月の録音業界は、電気再生機の拡充、ラジオとの結合商品の提示、地方出張録音、ポータブル機の夏季販売、系列レーベルの細分化が同時に見える月でした。同月の同時代業界誌では、会社本体の人事・商品発表だけでなく、系列ブランドや販売網の動きも確認できます。以下では、1927年7月の資料上で活動を直接追える企業・ブランドを整理します。
ブランズウィック
ブランズウィック=バルク=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Company)は、1927年7月号でR・W・ジャクソン(R. W. Jackson, 生没年不明)が音楽部門の総販売責任者として報じられており、同社が販売体制の引き締めを進めていたことがわかります。同じ号では、地方市場でブランズウィック盤の売れ行きが強く、夏場にもレコード販売がよく動いていたことが確認できます。また、パナトロープ(Panatrope)を軸とする電気再生機の訴求も継続しており、機械とレコードを一体で売る営業姿勢が明確でした。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine/20s/Talking-Machine-1927-07.pdf
- https://archive.org/stream/talkingmachinew23bill/talkingmachinew23bill_djvu.txt
コロムビア
コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Co.)は、1927年7月にフェデラル=ブランデス社(Federal-Brandes, Inc.)と組んだコロムビア=コルスター電気ヴィヴァトーナル(Columbia-Kolster Electric Viva-tonal)とコロムビア=コルスター・コンビネーション・インストゥルメント(Columbia-Kolster Combination Instrument)を打ち出し、ラジオと蓄音機を組み合わせた商品展開を強めていました。同月の地域報告では、同社のポータブル機が好調で、ハーモニーNo.2(Harmony No. 2)の25ドル機が最も売れているとされており、普及帯商品の実売も確認できます。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine/20s/Talking-Machine-1927-07.pdf
- https://archive.org/stream/talkingmachinew23bill/talkingmachinew23bill_djvu.txt
ヴィクター
ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)は、1927年7月の地域販売報告で、ポータブル機の需要が夏場にも維持されていることが示されています。さらに同月、ラルフ・ピア(Ralph Peer, 1892–1960)がブリストルで出張録音を開始し、7月25日から録音が始まりました。のちにブリストル・セッションズ(Bristol Sessions)として知られる一群の録音の始動がちょうどこの月に当たり、1927年7月のヴィクターは、店頭販売と地方録音開拓の双方を進めていたことが確認できます。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine/20s/Talking-Machine-1927-07.pdf
- https://www.loc.gov/static/programs/national-recording-preservation-board/documents/Bristol.pdf
- https://encyclopediavirginia.org/entries/bristol-sessions-1927-the/
トーマス・A・エジソン
トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)は、1927年7月の西部業者向け催事関連報告で、新しいコンソレット機、改良デスク機、40分レコード、ダンス・リプロデューサーを訴求していました。1927年5月に電気録音方式へ転換した同社は、この時点でも長時間再生商品と新型機の周知を続けており、旧来のブランド力を新製品群に結びつけようとしていたことが読み取れます。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine/20s/Talking-Machine-1927-07.pdf
- https://archive.org/stream/talkingmachinew23bill/talkingmachinew23bill_djvu.txt
ソノラ
ソノラ・フォノグラフ社(Sonora Phonograph Co., Inc.)は、1927年夏の業界広告で、トーナリック・ソノラ・フォノグラフ(Tonalic Sonora Phonograph)と並んで、ソノラ・セレクティブ・シックス・ラジオ(Sonora Selective Six Radio)、ソノラ・エレクトリック・セブン・ラジオ(Sonora Electric Seven Radio)を掲げていました。したがって同社は、蓄音機単体ではなく、ラジオ併売を前提とした商品構成を販売網に示していたことが確認できます。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine/20s/Talking-Machine-1927-07.pdf
- https://www.radiomuseum.org/dsp_hersteller_detail.cfm?company_id=3402
オーケー
オーケー・フォノグラフ社(Okeh Phonograph Corp.)のオーケー・レコード(Okeh Records)は、1927年7月の地域報告で、国内盤・外国盤ともに活発に売れている銘柄として挙げられています。これは同月のオーケーが、単なる系列名義ではなく、地方市場で独立した購買需要を保っていたことを示します。コロムビア系再編の中でも、店頭ではオーケーの名前がなお強い販売力を持っていました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine/20s/Talking-Machine-1927-07.pdf
- https://archive.org/stream/talkingmachinew23bill/talkingmachinew23bill_djvu.txt
ヴォカリオン
エオリアン社(The Aeolian Company)のヴォカリオン(Vocalion)については、1927年7月初頭の地域報告で、ブランズウィック盤と並んで売上が大きいブランドとして扱われています。とくに南部向けの楽曲や分野別の売れ筋が強く意識される中で、ヴォカリオンもその選別対象として安定した需要を持っていたことがわかります。新機種展開よりも、レコード販売面での存在感が目立つ月でした。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine/20s/Talking-Machine-1927-07.pdf
- https://archive.org/stream/talkingmachinew23bill/talkingmachinew23bill_djvu.txt
