Music recorded in May 1928

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Music recorded in May 1928

1928年5月は、政治的緊張、航空の長距離飛行、大衆娯楽の転換が同時に目立った月でした。5月3日には山東省の済南で済南事件が始まり、北伐を進める国民革命軍と日本軍の衝突が東アジア情勢を大きく揺さぶりました。5月20日のドイツ国会選挙ではドイツ社会民主党が第一党となり、ヘルマン・ミュラー(Hermann Müller, 1876–1931)を首班とする大連立の成立へ道が開かれました。5月15日には『プレーン・クレイジー(Plane Crazy)』の試写が行われ、ミッキーマウス(Mickey Mouse)とミニーマウス(Minnie Mouse)が初めて映像上に現れました。5月20日–21日にはアメリア・イアハート(Amelia Earhart, 1897–1937)が航空機フレンドシップ(Friendship)で大西洋を渡った最初の女性となり、5月25日にはウンベルト・ノビレ(Umberto Nobile, 1885–1978)率いる飛行船イタリア号(Italia)が北極圏で墜落して国際的な救助活動が始まりました。さらに5月31日にはチャールズ・キングスフォード=スミス(Charles Kingsford Smith, 1897–1935)らを乗せたサザン・クロス(Southern Cross)がオークランドを発ち、史上初の太平洋横断飛行に乗り出しました。

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1928年5月の録音に関する情報のまとめ

1928年5月の録音業界は、人気楽団との専属契約、新譜投入、電気式再生機の販促、映画館向け音楽供給、海外製造計画など、複数の方向で動いていました。業界紙と後年の研究を照合すると、この月には少なくともヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)、コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company)、ブランズウィック=バルケ=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Company)、オーケー・レコード(Okeh Records)、カメオ・レコード社(Cameo Record Corporation)について、月に直接ひもづく活動を確認できます。

Victor

ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)は、1928年5月下旬の業界紙で、ポール・ホワイトマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Paul Whiteman and His Orchestra)による「Parade of the Wooden Soldiers」の新しいヴィクター盤を発売したことが報じられていました。同じ記事では、この曲がヴィクターで六度録音されたこと、さらにナット・シルクレット・アンド・ヒズ・ヴィクター・サロン・オーケストラ(Nat Shilkret and His Victor Salon Orchestra)による「Manhattan Serenade」も発売されたことが確認できます。5月のヴィクターは、人気楽団と編曲物を前面に出した新譜攻勢を続けていました。

Columbia

コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company)は、1928年5月号の業界紙でポール・ホワイトマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Paul Whiteman and His Orchestra)の専属化を大きく訴求していました。同じ月には、同社の業績の好調さを伝える記事も確認でき、専属楽団の獲得と販売攻勢を同時に強めていたことが分かります。また、同号ではコロムビア・ヴィヴァ=トーナル(Columbia Viva-tonal)とラジオの組み合わせ機も販促されており、機械とレコードを連動させた売り方が明確でした。

Brunswick

ブランズウィック=バルケ=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Company)は、1928年5月の業界紙で、ブランズウィック・パナトロープ・ウィズ・ラジオーラ(Brunswick Panatrope with Radiola)Model 17-8 を結婚需要向けの主力機種として強く押し出していました。別の同月記事では、同社の販売方針と広告が買い手をより良い音楽へ向かわせていると評されており、レコード販売と電気式再生機の販促が一体で動いていたことが読み取れます。また、ウェンデル・ホール(Wendell Hall, 1891–1969)が自社楽曲をブランズウィック盤として録音して巡業に組み込んでいたことも報じられており、同社は録音物と舞台活動を結び付けて販路を広げていました。

OK

オーケー・レコード(Okeh Records)は、1928年5月号の『ザ・トーキング・マシン・ワールド(The Talking Machine World)』に、セガー・エリス(Seger Ellis, 1904–1995)がオーケー・ノヴェルティ・オーケストラ(Okeh Novelty Orchestra)を伴って歌う41024「Coquette」と「I Must Be Dreaming」を掲載していました。数値目録でもこの盤は1928年春の録音として確認でき、5月には新譜として市場に流通していたことが分かります。1928年5月のオーケーは、ボーカル付きダンス盤の新譜投入を継続していました。

cameo

カメオ・レコード社(Cameo Record Corporation)は、1928年5月の『ザ・トーキング・マシン・ワールド(The Talking Machine World)』でロンドンでの製造計画が表面化しました。さらに、同年春の資料では、英国およびアイルランド自由国における権利の扱いが示されており、5月時点でカメオ盤の英国生産は構想段階を越えて具体化していたと見てよい状況です。1928年5月のカメオは、アメリカ国内市場だけでなく、録音資産の英国展開にも動いていました。

そのほかの映画館向け音楽利用

1928年5月の『ミュージック・トレード・レビュー(Music Trade Review)』では、フィラデルフィアの劇場で上映作品に合わせて楽団が楽曲を使い分け、シートミュージックとレコード販売を結び付ける売り方が報じられていました。これはレコード会社単体の動きではありませんが、当月の録音関連産業が映画興行、劇場楽団、楽譜販売、レコード販売を結んでいたことを示す重要な事例です。1928年5月は、トーキー移行期のただ中で、録音物が映画館の伴奏、宣伝、店頭販売にまたがって機能していた月でもありました。