1929年3月に録音された音楽
1929年3月は、政治、通信、交通、法制度が同時に動いた月でした。3月3日にはホセ・ゴンサロ・エスコバル(José Gonzalo Escobar, 1892–1969)による反乱が北メキシコで始まり、翌4日にはハーバート・フーヴァー(Herbert Hoover, 1874–1964)がアメリカ合衆国大統領に就任しました。5日にはジョン・ロジー・ベアード(John Logie Baird, 1888–1946)のテレビ実験放送が英国放送協会(British Broadcasting Corporation)のロンドン送信所を通じて行われ、映像通信の実用化が一歩進みました。10日にはチャールズ・オーガスタス・リンドバーグ(Charles Augustus Lindbergh, 1902–1974)がブラウンズビルからメキシコシティへの航空郵便初便に関与し、同日エジプトでは個人身分法令第25号(Decree-Law No. 25 of 1929)が公布されました。16日にはユニバーサル・ピクチャーズ社(Universal Pictures)の『ショー・ボート』(Show Boat)がフロリダ州パームビーチで初公開され、20日にはフェルディナン・フォッシュ(Ferdinand Foch, 1851–1929)が死去しました。24日にはベニート・アミルカーレ・アンドレア・ムッソリーニ(Benito Amilcare Andrea Mussolini, 1883–1945)体制下のイタリア王国総選挙が単一名簿承認方式で実施され、議会政治の形式化がいっそう進みました。
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1929年3月の録音に関する情報のまとめ
1929年3月の録音業界は、電気録音の成熟に加えて、ラジオ受信機との連動、放送向け転写盤の制作、映画音声との接続、民族語録音と大衆音楽録音の並行展開がいっそう鮮明になった月でした。3月号の業界誌にはヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)、コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company)、ブランズウィック=バルケ=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Company)、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)の新譜欄が並び、同月の録音日データではオーケー・フォノグラフ社(Okeh Phonograph Corporation)、スター・ピアノ社(Starr Piano Co.)のジェネット・レコード(Gennett Records)も活動していました。3月の特徴は、レコード会社が単に新譜を売るだけでなく、ラジオ、映画、転写盤、複合娯楽機器へと事業領域を広げていたことにあります。
ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ
ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ(Radio Corporation of America)は、1929年3月15日にヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)の多数株を取得し、約二か月のうちに資本の96パーセント前後を押さえる体制に進みました。この動きは、蓄音機会社と無線会社の分離を前提としてきた1920年代の構図を大きく変え、録音、蓄音機、ラジオ受信機、映画音声を一体的に扱う新しい企業編成への転換点となりました。1929年3月は、録音業界が単独のレコード商売から、家庭内総合娯楽産業へ再編される節目の月でもありました。
- https://earlyradiohistory.us/1941cb02.htm
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Station-Albums/Networks/NBC-Annual-Reports/RCA-Annual-Report-1929.pdf
- https://www.victrola.com/pages/victor-and-its-acquisition-by-the-radio-corporation-of-america
Victor
ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)は、3月号の業界誌で最新ヴィクター盤を継続的に案内していました。録音実務では、3月26日にヴァーノン・ダルハート(Vernon Dalhart, 1883–1948)やモートン・ダウニー(Morton Downey, 1901–1985)の流行歌に加え、アール・ケー・オー・ラジオ・ピクチャーズ(RKO Radio Pictures)の『シンコペーション』(Syncopation)、ハル・ローチ・スタジオ(Hal Roach Studios)の『スモール・トーク』(Small Talk)および『アンアカスタムド・アズ・ウィ・アー』(Unaccustomed as We Are)の音声素材が並び、商業レコードと映画音声媒体の双方を同じ日に扱っていました。翌27日にも録音が続いており、同社が当月も大規模な録音拠点として機能していたことがわかります。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Radio-Retailing/20s/Radio-Retailing-1929-03.pdf
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/date/browse?date=1929-03-26
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/date/browse?date=1929-03-27
Columbia
コロムビア・フォノグラフ社(Columbia Phonograph Company)は、3月号の業界誌で最新コロムビア盤を掲げながら、ラジオ受信機との複合機も前面に出していました。同月号には、コロムビア・ヴィヴァ=トーナル蓄音機を組み込んだ五種の新型コンビネーション機が紹介されており、コルスター社(Kolster Radio Corporation)系受信機との一体化が販売戦略の一端をなしていたことがわかります。録音面では、3月26日にロイ・ハーパー(Roy Harper, 生没年不明)とアール・シャーキー(Earl Shirkey, 生没年不明)によるヨーデル系・カントリー系録音、サミー・フェイン(Sammy Fain, 1902–1989)による流行歌、さらに3月27日にはトッシャ・ザイデル(Toscha Seidel, 1899–1962)とアーサー・ローサー(Arthur Loesser, 1894–1969)によるクラシック録音が並びました。すなわち同社は、地方色の強い大衆音楽、都市型流行歌、高級クラシックを同月内に並行して収録しており、電気録音期の総合レーベルとしての性格を保っていました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Radio-Retailing/20s/Radio-Retailing-1929-03.pdf
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/date/browse?date=1929-03-26
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/date/browse?date=1929-03-27
Brunswick
ブランズウィック=バルケ=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Company)は、3月号の業界誌で最新ブランズウィック盤を掲載していました。3月26日の録音日データでは、ロドルフォ・オヨス(Rodolfo Hoyos, 生没年不明)のスペイン語歌唱、ニック・ルーカス(Nick Lucas, 1897–1982)の商業録音に加え、『アモス・ン・アンディ』(Amos ‘n’ Andy)のラジオ転写盤と『ジェントルマン・ジム』(Gentleman Jim)の転写盤が並んでいます。つまり同社は、市販レコードの制作にとどまらず、放送番組や連続娯楽作品に接続する転写盤制作も進めており、レコード会社と放送関連供給者の二重機能を帯びていました。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Radio-Retailing/20s/Radio-Retailing-1929-03.pdf
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/date/browse?date=1929-03-12
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/date/browse?date=1929-03-26
Edison
トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)は、3月号の業界誌に最新エジソン盤が掲載されており、当月も新譜供給を継続していました。録音面では、3月26日にB・A・ロルフ・オーケストラ(B. A. Rolfe Orchestra)とセヴン・ブルー・ベイビーズ(7 Blue Babies)によるダンス音楽・歌物録音が確認でき、翌27日にも追加録音が続きます。全盛期の構図からは変化していたとはいえ、1929年3月の時点で同社はなお新譜流通と新規録音の両方を保っており、活動停止には至っていませんでした。
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Radio-Retailing/20s/Radio-Retailing-1929-03.pdf
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/date/browse?date=1929-03-26
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/date/browse?date=1929-03-27
OK
オーケー・フォノグラフ社(Okeh Phonograph Corporation)は、3月26日と27日の録音日データから、民族語録音と都市型大衆音楽録音を同時に維持していたことが確認できます。3月26日にはソーニャ・ゴルスカヤ(Sonya Gorskaya, 生没年不明)やシナイダ・アストロワ(Zinaida Astrowa, 生没年不明)によるロシア語系録音と、グラディス・ベントリー(Gladys Bentley, 1907–1960)による都市的な歌物録音が並びました。3月27日にはサザン・メロディ・アーティスツ(Southern Melody Artists [Hal Kemp Orchestra])名義のダンス・バンド録音が確認でき、同社が民族市場向け目録と英語圏大衆目録を併走させていたことがわかります。
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/date/browse?date=1929-03-26
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/date/browse?date=1929-03-27
- https://www.worldradiohistory.com/Archive-Talking-Machine-Radio-Weekly/TMRW1930-04-16.pdf
Jennette
スター・ピアノ社(Starr Piano Co.)のジェネット・レコード(Gennett Records)は、1929年3月にも録音活動を続けていました。3月12日にはグレン・ブランデンバーグ・オーケストラ(Glen Brandenberg Orchestra)のダンス・バンド録音、3月26日にはカリフォルニア・カレジアンズ(California Collegians [The University Orchestra])のダンス音楽録音、3月27日には電話ベルの効果音録音が確認できます。つまり同社は、当月もダンス音楽だけでなく実用的な効果音素材まで含む柔軟な制作を行っていました。
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/date/browse?Matrix_sort=Description&date=1929-03-12
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/date/browse?date=1929-03-26
- https://adp.library.ucsb.edu/index.php/date/browse?Matrix_sort=Audio&date=1929-03-27
