1929年4月に録音された音楽

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1929年4月に録音された音楽

1929年4月は、国際秩序の再設計と機械文明への期待が同時に進んだ月でした。4月9日–20日にはジュネーヴで通貨偽造取締国際会議(Conference for the Suppression of Counterfeiting Currency)が開かれ、越境犯罪への対応強化が協議されました。4月16日–5月31日にはロンドンで海上人命安全国際会議(International Conference on Safety of Life at Sea)が開かれ、海上安全の国際基準見直しが進みます。4月14日にはモナコ・グランプリ(Grand Prix de Monaco)の第1回大会が実施され、都市公道レースは近代的娯楽の象徴として注目を集めました。4月4日にはカール・ベンツ(Karl Benz, 1844–1929)が死去し、自動車創成期を代表する人物の時代が一つ閉じます。同じころ、ソビエト社会主義共和国連邦では第1次5ヶ年計画(First Five-Year Plan)が承認段階へ入り、重工業化と集団化を軸とする国家改造が本格化しました。制度の国際化、輸送安全の再編、速度への憧れ、大量生産社会への傾斜が、1929年4月の世界を特徴づけていました。

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1929年4月の録音に関する情報のまとめ

1929年4月の録音業界では、レコード会社が単に新譜を供給するだけでなく、ラジオ、映画、劇場、販売網を結びつけて商品価値を高めていました。当月の同時代業界資料で活動を確認できる主な企業・ブランドとしては、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)、コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)、オーケー・レコード(Okeh Records)、ブランズウィック=バルケ=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Co.)、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)が挙げられます。とくに4月の資料では、映画と結びついた新譜供給、劇場向け音源ライブラリー、ジャズ売れ筋の集中、そしてシリンダー事業末期のエジソンの動きが並行して確認できます。

ヴィクター

ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Company)は、1929年4月に新譜供給、映画連動宣伝、海外人気楽団の導入を同時に進めていました。同月の業界資料では、ジャック・ハイルトン(Jack Hylton, 1892–1965)のヒズ・マスターズ・ヴォイス(His Master’s Voice)盤をアメリカ市場で扱う動きが見え、海外人気を自社販売網へ接続しようとしていたことが分かります。また、《パリのアメリカ人(An American in Paris)》のような話題作を大形盤で展開し、4月下旬にはモートン・ダウニー(Morton Downey, 1901–1985)主演映画『マザーズ・ボーイ(Mother’s Boy)』と結びつけた全米規模の店頭宣伝も進めていました。人気楽団の獲得競争も続いており、ヴィクター・トーキング・マシン社は4月の時点で録音内容と販促の両面を強化していました。

コロムビア

コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)は、1929年4月に劇場用再生装置と系列ブランドを組み合わせた展開を進めていました。4月初旬の業界記事では、同社のシアターフォン(Theatrephone)がニューヨークのライリック劇場(Lyric Theatre)で映画上映に使われ、コロムビア・グラフォフォン社本体だけでなく、オデオン(Odeon)やオーケー・レコード(Okeh Records)の音源も組み込んだ運用が行われていたことが確認できます。また、テッド・ルイス(Ted Lewis, 1890–1971)のような主力商品を押し出し、劇場用途と市販盤販売の両面で存在感を示していました。

オーケー

オーケー・レコード(Okeh Records)は、1929年4月の売れ筋資料でジャズ部門の強さが明確に確認できます。同月の業界記事では、ルイ・アームストロング(Louis Armstrong, 1901–1971)の盤がオーケー・レコードの主力商品群に入っており、コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)傘下のブランド運用の中で、ジャズ市場を支える重要な位置を占めていました。4月の録音業界を見るうえでは、コロムビア・グラフォフォン社本体の劇場戦略だけでなく、このブランド別の売れ筋構造も重要です。

ブランズウィック

ブランズウィック=バルケ=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Co.)は、1929年4月に映画と結びついた楽曲の商品化を進めていました。4月2日付の業界報道では、ユニヴァーサル映画『ブロードウェイ(Broadway)』の関連曲をレコード化し、ニック・ルーカス(Nick Lucas, 1897–1982)が歌唱を担当すると伝えられています。加えて、劇場向けの特製レコード・ライブラリーをルイス・カッツマン(Louis Katzman, 1888–1952)が監督していたことも報じられており、映画興行、劇場伴奏、レコード販売を一体化する動きが見られました。

エジソン

トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)では、1929年4月は商業用シリンダー事業の終末が見え始めた時期でした。社内資料を基礎にしたディスコグラフィでは、1929年春に民生向けシリンダー生産停止の判断が進んでいた一方で、4月にはなおブルー・アンベロール(Blue Amberol)の新譜供給が続いていたことが確認できます。代表的な発売例としては《If I Had You》《Carolina Moon》《Lover, Come Back to Me》などがあり、事業縮小を決めつつも実際の市場供給はまだ続いていました。1929年4月のトーマス・A・エジソン社は、終息局面に入りながらも新譜を維持していた企業として位置づけられます。