1896年3月に録音された音楽
1896年3月、エチオピア帝国ではメネリク2世(Menelik II, 1844–1913)率いる軍がイタリア王国軍を破り、アドワの戦い(Battle of Adwa, 1896年3月1日)で植民地拡大の試みを挫きました。同じ頃、フランスではアンリ・ベクレル(Henri Becquerel, 1852–1908)がウラン化合物による写真乾板の感光から放射能の発見へと進み、近代物理学の転機を形作りました。英国ロンドンではロバート・W・ポール(Robert W. Paul, 1869–1943)の映写装置テアトログラフ(Theatrograph)が1896年3月19日に興行の場へ入り、上映文化が大衆娯楽として拡張していきます。日本では足尾鉱毒問題をめぐり田中正造(1841–1913)が帝国議会で追及を重ね、産業公害が政治課題として可視化されました。米国ではトーマス・アルバ・エジソン(Thomas Alva Edison, 1847–1931)周辺の事業再編と特許問題が続き、録音・再生ビジネスの基盤整備が同時進行で進みました。
この月の確認されている録音:0曲
1896年3月の録音に関する情報のまとめ
1896年は、トーマス・アルバ・エジソン(Thomas Alva Edison, 1847–1931)が主導するナショナル・フォノグラフ・カンパニー(National Phonograph Company)の成立によって、家庭娯楽向けの蓄音機とワックス・シリンダーの商業展開が本格化していく時期に当たります。一方で、権利関係をめぐる係争や技術改良の積み重ねが並走しており、1896年3月は、その過程を示す一次資料(証言記録など)も確認できます。
ナショナル・フォノグラフ・カンパニー
ナショナル・フォノグラフ・カンパニー(National Phonograph Company)は1896年1月にニュージャージー州で法人化され、蓄音機の製造・販売体制をエジソン側へ再集約する枠組みとなりました。米国議会図書館(Library of Congress)の概説では、この時期に同社のもとでワックス・シリンダーの商業発行が進み、家庭向け機種の展開と結びついていったことが説明されています。
- https://edison.rutgers.edu/life-of-edison/companies/company-details/phonograph%2C-domestic/national-phonograph-company
- https://www.loc.gov/collections/edison-company-motion-pictures-and-sound-recordings/articles-and-essays/history-of-edison-sound-recordings/history-of-the-cylinder-phonograph/
特許係争を示す証言記録
1896年3月12日付で、チャールズ・バチェラー(Charles Batchelor, 1845–1910)の法的証言(主題:特許侵害、円筒式蓄音機など)が「トーマス・A・エジソン・ペーパーズ・デジタル版(The Thomas A. Edison Papers Digital Edition)」に記録されています。録音媒体・再生機構の権利や技術改良が争点化していた状況を、日付付き資料として追跡できる例です。
録音産業の量産化への移行
米国国立公園局の解説では、1896年–1897年にかけてエジソン側が円筒録音の量産と事業組織化を進めたことが述べられています。1896年3月の個別録音(特定の収録日・曲目)として同資料から確定できる情報は確認できませんが、同月を含む時期の産業的転換(量産・流通の拡大)を説明する根拠として位置づけられます。
