1899年2月に録音された音楽

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1899年2月に録音された音楽

1899年2月、フィリピンのマニラ近郊でアメリカ合衆国軍とフィリピン共和国側が交戦し、フィリピン–アメリカ戦争(Philippine–American War)が始まりました。アメリカ合衆国上院(United States Senate)は1898年12月10日調印のパリ条約(Treaty of Paris)の批准を1899年2月6日に勧告しました。エジプトのアスワンではアスワン・ローダム(Aswan Low Dam)の礎石が1899年2月12日に据えられました。北米では1899年2月中旬に大規模な寒波が南部まで及び、強い寒気の南下が記録されています。フランスではフェリックス・フォール(Félix Faure, 1841–1899)が1899年2月16日に急死し、エミール・ルーベ(Émile Loubet, 1838–1929)が1899年2月18日に大統領に選出されました。オーストラリアでは植民地首相会議(Premiers’ Conference)が憲法草案の修正を協議し、連邦首都をニューサウスウェールズ植民地(Colony of New South Wales)内に置く方針などが論点として扱われました。

この月の確認されている録音:0曲

1899年2月の録音に関する情報のまとめ

1899年2月は、商業録音の現場を直接示す一次記録(録音日誌や社内台帳など)が十分に残っていない領域が多く、月単位で確定できる事実は限られます。本稿では、1899年2月に日付が付く資料として確認できるカタログ刊行と、録音装置に関わる特許文書を中心に、当月に紐づけて説明できる範囲を整理します。

ベルリナー式円盤の在庫カタログ(1899年2月22日)

カリフォルニア大学サンタバーバラ校図書館(University of California, Santa Barbara Library)のアメリカン・ディスコグラフィ・プロジェクト(American Discography Project)が公開する資料では、1899年2月22日付でイングランドにおいて刊行された、ベルリナー式円盤レコードの在庫カタログが確認できます。これは録音そのものの実施日を示す資料ではありませんが、1899年2月時点で市場に提示されていたレパートリーと流通の実態を、刊行日付きで裏づける資料になります。

ベルリナーの番号体系と1899年2月時点の位置づけ

カリフォルニア大学サンタバーバラ校図書館(University of California, Santa Barbara Library)のアメリカ歴史録音ディスコグラフィ(Discography of American Historical Recordings)に収録された「Berliner User’s Guide」抜粋では、アメリカ合衆国のベルリナー式円盤について、番号体系(ブロックシリーズ/0シリーズなど)と、その大枠の年代対応が説明されています。そこでは、ブロックシリーズが1892年–1899年3月の録音原盤に基づくこと、0シリーズが1899年3月に始まることが示されており、1899年2月は体系上「切替直前」に位置づけられます。一方で同じ資料は、録音活動のファイル(台帳類)が現存しないため、録音日の厳密特定には限界がある旨も述べており、1899年2月の「個別録音日」を月内に確定させる作業は、資料条件の制約を受けます。

エジソンの録音装置に関する特許文書(1899年2月10日付)

ラトガーズ大学(Rutgers, The State University of New Jersey)のトーマス・A・エジソン・ペーパーズ(The Thomas A. Edison Papers)では、トーマス・アルバ・エジソン(Thomas Alva Edison, 1847–1931)による「Phonograph Recording Apparatus(録音装置)」の特許資料が公開されており、Date Executed が1899年2月10日、出願日が1899年3月17日、登録日が1901年12月10日(アメリカ合衆国特許第688,610号)として示されています。1899年2月に日付が付く一次資料として、当時の録音機構の改良・検討が進んでいたことを裏づけますが、この文書自体は「特許(技術)」の記録であり、特定レコードの録音実施や発売を当月に確定する資料ではない点は切り分けが必要です。