1912年11月に録音された音楽

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1912年11月に録音された音楽

1912年11月は、政治・社会・国際情勢が大きく動いた月でした。アメリカ合衆国では大統領選挙でウッドロウ・ウィルソン(Woodrow Wilson, 1856–1924)が勝利し、セオドア・ルーズベルト(Theodore Roosevelt, 1858–1919)とウィリアム・ハワード・タフト(William Howard Taft, 1857–1930)に分かれた共和系勢力を押し切って新政権への道を開きました。また同月の住民投票では、カンザス州、オレゴン州、アリゾナ州で女性参政権が認められ、アメリカ合衆国の参政権拡大史における重要な節目となりました。ヨーロッパ南東部では第一次バルカン戦争が続き、11月3日にアドリアノープル包囲戦(Siege of Adrianople)が始まり、オスマン帝国(Ottoman Empire)の支配を揺さぶりました。さらに11月28日にはアルバニアが独立を宣言し、バルカン半島の地図は大きく塗り替えられ始めます。南極では11月12日にロバート・ファルコン・スコット(Robert Falcon Scott, 1868–1912)隊の遺体が発見され、極地探検の栄光と犠牲が世界に強い印象を残しました。

この月の確認されている録音:0曲

1912年11月の録音に関する情報のまとめ

1912年11月の録音関連では、エジソン系シリンダー事業が旧来のワックス系録音物からブルー・アンベロール中心へ大きく移行していく過程が、月次資料にはっきり現れています。この月の確定事項として確認できるのは、1912年12月発売予定のブルー・アンベロール新譜の出荷告知、サファイア針とダイヤモンド針の使い分けに関する整理、そして旧式の2分シリンダーおよび旧ワックス在庫の処分方針の具体化です。いずれも年末商戦直前の再編として重要です。

ブルー・アンベロール12月発売分の出荷告知

1912年11月号の『エジソン・フォノグラフ・マンスリー』では、1912年12月のブルー・アンベロール新譜が告知され、オレンジ工場からの出荷は1912年11月20日までに各ジョバーへ届くよう努力すると明記されています。さらに、ジョバーは受領後ただちに小売店へ再発送でき、レコード自体も受領しだい販売可能とされていました。つまり1912年11月は、単なる宣伝時期ではなく、セルロイド製ブルー・アンベロール新譜が流通網へ具体的に流れ込む月として確認できます。

サファイア針とダイヤモンド針の併用整理

同じ1912年11月号では、ブルー・アンベロールへの移行にともなう再生機構の使い分けが詳しく説明されています。そこでは、ダイヤモンド針はブルー・アンベロール専用であり、旧ワックス記録には使用できないこと、反対にサファイア針、とくにモデルOはブルー・アンベロールでも良好な結果を出せることが示されています。そのため、ブルー・アンベロール在庫がまだ十分でない段階では、旧ワックス在庫も併売できるサファイア装備機の販売を積極化するよう販売店に促していました。1912年11月は、録音媒体だけでなく再生側の標準も組み替えられていた月です。

2分シリンダー終売処分の具体化

アラン・サットン(Allan Sutton)編のディスコグラフィでは、ゴールド・モールデッド10575番がエジソン最後の商業用2分シリンダーだったこと、1912年8月以降に返品対象の上限が段階的に引き上げられ、1912年11月初頭には10525番まで達していたこと、さらに1912年11月20日には残存する2分シリンダーをジョバーが小売店へ標準盤14セント、グランド・オペラ盤30セントで売却してよいと認可されたことが確認できます。1912年11月は、2分商業用シリンダーの実質的な整理処分が明確な価格政策として実施された月でした。

旧ワックス在庫一掃と年末商戦への切り替え

1912年11月号には旧ワックス在庫を減らす方針が掲げられ、具体的なネット価格も示されています。そこでは標準2分盤14セント、4分アンベロール20セント、アンベロール・コンサート27セントなどの処分価格が明示され、旧在庫の整理を進めながら新しいブルー・アンベロールと新型機へ販売の軸を移す構図がはっきり読み取れます。また同号ではアンベローラIIIの年末向け販売強化も見え、1912年11月が単なる在庫整理月ではなく、年末商戦へ向けた商品構成の再編月だったことも確認できます。