1938年に録音された音楽
1938年は、国境の再編と総力戦体制の整備が進む一方で、ラジオやレコードを軸にした大衆文化がいっそう広域へ浸透した年でした。ヨーロッパでは、ナチス・ドイツ(Nazi Germany)がオーストリアを併合したアンシュルス(Anschluss)が3月11日–13日に進み、アドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler, 1889–1945)の主導で国家の枠組みが力で塗り替えられます。さらに9月30日のミュンヘン協定(Munich Agreement)では、ネヴィル・チェンバレン(Neville Chamberlain, 1869–1940)、エドゥアール・ダラディエ(Édouard Daladier, 1884–1970)、ベニート・ムッソリーニ(Benito Mussolini, 1883–1945)らが合意し、チェコスロバキアのズデーテン地方をめぐる譲歩が国際秩序の動揺を深めました。難民問題も深刻化し、7月6日–15日のエビアン会議(Évian Conference)を経ても受け入れの壁は高いままで、11月9日–10日のクリスタルナハト(Kristallnacht)は迫害の暴力性を可視化して世界に衝撃を与えました。スペイン内戦(Spanish Civil War, 1936–1939)では、7月25日–11月16日のエブロ川の戦い(Battle of the Ebro)が長期の消耗戦となり、政治宣伝と国際世論が戦場と並行して動く構図を強めます。
アジアでも、戦争と統制の回路が拡大します。日中戦争では、台児荘の戦い(Battle of Taierzhuang, 3月22日–4月7日)などを経て、武漢会戦(Battle of Wuhan, 6月11日–10月27日)へと戦域が広がり、長期化の様相が一段と明確になりました。中国では1938年6月、河南省花園口で黄河堤防が破壊されることで人工的な大洪水が生じ、戦争が都市だけでなく河川と農村の生活基盤そのものを破壊しうることを示します。日本では第1次近衛内閣の下、国家総動員法が4月1日に公布され(5月5日施行)、人的・物的資源の統制を制度として組み込み、戦時経済への転換が加速しました。さらに、張鼓峰事件(Battle of Lake Khasan, 7月29日–8月11日)は日ソ国境地帯の軍事衝突として緊張を増幅させ、国際関係の不安定さを極東でも露呈させます。
同時に、制度・科学・メディアは「大衆化」の方向へ進みます。アメリカ合衆国ではフランクリン・D・ルーズベルト(Franklin D. Roosevelt, 1882–1945)が6月25日に公正労働基準法(Fair Labor Standards Act)へ署名し、賃金・労働時間・児童労働をめぐる最低基準が連邦レベルで整えられました。同日には連邦食品・医薬品・化粧品法(Federal Food, Drug, and Cosmetic Act)も成立し、消費財と医薬をめぐる安全規制が強化されます。科学の側では、1938年末に核分裂(nuclear fission)が実験的に確証され、戦後世界の技術観と政治観を変える原子力時代への入口が開きました。また、アルベルト・ホフマン(Albert Hofmann, 1906–2008)がLSDを1938年に合成したことは、後年の文化史へつながる伏線にもなります。
1月16日、ベニー・グッドマン(Benny Goodman, 1909–1986)がカーネギー・ホールで公演し、スウィング/ジャズが大規模ホールの観客文化と結びついていく象徴となりました。10月30日にはオーソン・ウェルズ(Orson Welles, 1915–1985)によるラジオドラマ『宇宙戦争(The War of the Worlds, 1938)』が放送され、放送メディアが現実感と集団心理を左右しうることを示します。さらにコミックでは、スーパーマン(Superman, 1938)が『アクション・コミックス第1号(Action Comics #1, 1938)』で登場し、印刷物から映画・放送・広告へと連鎖する現代的なキャラクター産業の回路が強化されました。1938年は、戦争と統制が迫る暗さの中で、レコードと放送が「共有される娯楽」と「共有される不安」を同じ速度で拡散し、大衆文化の地図を塗り替えていった年として位置づけられます。
