1919年5月に録音された音楽

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1919年5月に録音された音楽

1919年5月は、戦後秩序の再編と社会運動、科学観測が同時に進んだ月です。4日には中国で五四運動(May Fourth Movement)が始まり、パリ講和会議(Paris Peace Conference)における山東問題への抗議が各地へ広がりました。7日にはドイツ代表に講和条件が提示され、ヴェルサイユ条約へ向かう交渉が具体化します。15日にはカナダのウィニペグで大規模なゼネラル・ストライキが始まり、同日にはギリシャ軍がスミルナへ上陸して小アジア情勢が緊迫しました。21日にはアメリカ合衆国下院(United States House of Representatives)が女性参政権を認める修正条項案を可決し、27日にはアメリカ合衆国海軍(United States Navy)のカーチスNC-4飛行艇(Curtiss NC-4)が大西洋横断飛行を達成しました。29日の皆既日食では、アルベルト・アインシュタイン(Albert Einstein, 1879–1955)の一般相対性理論の予測を検証するための観測が行われました。

この月の確認されている録音:0曲

1919年5月の録音に関する情報のまとめ

1919年5月の録音関連では、ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Co.)、コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)、トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)、オットー・ハイネマン・フォノグラフ・サプライ社(Otto Heineman Phonograph Supply Co.)のオーケー・レコード(Okeh Records)、パテ・フレール・フォノグラフ社(Pathé Frères Phonograph Company)、エオリアン社(The Aeolian Company)のヴォカリオン(Vocalion)、ブランズウィック=バルク=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Company)の活動が確認できます。月内の具体的録音日まで追える会社と、広告や販売活動として当月の動きを確認できる会社があるため、以下では1919年5月の資料に直接結びつく事実だけを会社別に整理します。

ヴィクター

ヴィクター・トーキング・マシン社(Victor Talking Machine Co.)では、1919年5月8日の《Polka Adaminka》、5月12日の《Oriental fox trot》、5月21日の《Beautiful Ohio》など、5月中の具体的録音日を伴うマトリクスが確認できます。シックス・ブラウン・ブラザーズ(Six Brown Brothers)に代表される器楽録音と流行歌の録音が、この月にも継続して進んでいました。

コロムビア

コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)では、ロシアン・バラライカ・オーケストラ(Russian Balalaika Orchestra)による《Hay harvest》や《Peace and liberty : Waltz》が、約1919年5月の資料として確認できます。コロムビア・グラフォフォン社(Columbia Graphophone Co.)はこの時期、英語圏の流行曲だけでなく、ロシア系の器楽レパートリーも商品化していました。

エジソン

トーマス・A・エジソン社(Thomas A. Edison, Inc.)では、1919年5月21日に《Fiddle and I》と《I know where I’m goin’》の録音が確認できます。1919年5月の同社では、家庭向け通俗歌と声楽レパートリーの録音が継続しており、シリンダーおよびディスクの双方へつながる制作活動が続いていました。

オーケー

オットー・ハイネマン・フォノグラフ・サプライ社(Otto Heineman Phonograph Supply Co.)のオーケー・レコード(Okeh Records)では、カウフマン・ブラザーズ(Kaufman Brothers)の《Daa dee dum》、グリーン・ブラザーズ・ザイロフォン・オーケストラ(Green Brothers’ Xylophone Orchestra)の《One and two and three and four》、ヴァン・エプス・カルテット(Van Eps Quartet)の《Chong (he come form Hong Kong)》などが約1919年5月の資料として確認できます。1919年5月の同レーベルは、流行歌、ノヴェルティー、ダンス音楽を前面に出した品揃えを広げていました。

パテ

パテ・フレール・フォノグラフ社(Pathé Frères Phonograph Company)は、1919年5月9日付広告で当月の新譜を告知していました。また、ジェームズ・リース・ヨーロップ(James Reese Europe, 1881–1919)率いる第369歩兵連隊軍楽隊のパテ録音は1919年春の重要案件として位置づけられており、同社が1919年5月の市場でも軍楽と話題性の高い黒人楽団録音を扱っていたことが確認できます。

ヴォカリオン

エオリアン社(The Aeolian Company)のヴォカリオン(Vocalion)は、1919年5月4日付広告で、他社レコードも再生できる機械として販売されていました。さらに5月22日付の販売広告でも、エオリアン社(The Aeolian Company)のヴォカリオン(Vocalion)は主要機種の一つとして実演販売の対象に挙げられており、1919年5月の時点で機械販売の面でも存在感を示していました。

ブランズウィック

ブランズウィック=バルク=コレンダー社(Brunswick-Balke-Collender Company)は、1919年5月13日付広告で、Ultona によって各種レコードを再生できる点を訴求していました。5月16日付の別広告でも同じ特長が反復されており、1919年5月の同社は、機械の互換性と高級機としての販売訴求を軸に市場拡大を進めていました。